第17話 勝負は時の運…ではないようです。

 俺たち三人はレーシングスーツを着て、F1マシーンのようなレースカーに搭乗した。ヴァーチャルリアリティの世界であるが、質感が本物のように感じられる。

 もちろん、運転そのものはゲームのように簡略化されている。

 そうでなければライピョンさん以外は全然運転できなかっただろう。


 ライバルの運転手たちはきつめの美女、マッチョな大男、眼鏡のオタクぽい感じの男性だ。なんだか某アニメシリーズのキャラクターに似ているような気がする。


 「ようし、みんな頑張ろう!!俺たちの友情で街の人も哪吒子も救い出そう!!」

 ライピョンさんはやる気がスパークしているように見える。

 いつもながら熱い人だ。

 どうでもいいけど、ライピョンさんはヘルメットからうさ耳用の穴が開いている。



 レーシング会場には電脳空間上とは言え、大観衆やレースクイーンまでいて、なんだか本当のレーサーになったような気分がする。


 「では、スタート!!」

 レースクイーンがフラッグを振ると、各車一斉にスタートした。


 「ライピョン!元気だぴょん!!!」

 ライピョンさんがぶっちぎりで気合を入れてスタートダッシュをかける。運転自体はかなり荒っぽいものの、ハンドリングやスピードの出し方が抜群にうまく、あっという間にトップに躍り出る。


 次に明日香は明日香は自分の周りに宙に浮くナビや小型の精霊、盾などを上手に配置し、手堅い運転をしている。無理ない運転ながらものすごくスムーズに進み、いつの間にかライピョンさんに続く二番手に付けている。

 明日香、すげー!

 後で聞いたら周りに風の精霊を配置することで空気抵抗を減らし、無理なくスピードが出るようにしたエンジンがオーバーヒートしないようにもなっていたのだとか。


 三番手は釣り目の金髪美女だ。ライピョンさんほどではないが、テクニック自体はかなりのもののようだ。明日香に少し遅れるくらいになんとかくらいついている。


 四番手はマッチョな大男だ。馬鹿でかいマシンを余裕で乗りこなしているのだが…車がでかすぎる分、イマイチスピードが出ていないようだ。

 キャラクター性を重視するあまり、なにかを間違えているような気がする。


 五番手はゴテゴテした飾りの付いた車に乗った眼鏡のオタクぽいドライバーだ。運転は手堅く、悪くはないのだが、他のメンツが抜けでいるため、かなり遅れを取ってしまっている。

 ん?何か手元のスイッチを押したんだけど?

 ええええ?!!!車からミサイルが射出されて明日香の車の方に飛んでいった!!


 ミサイルは明日香の車に近づくと、急に向きを変えてまっすぐオタクの車の方に戻ってきた。

 「ギョエエエエ!!!」

 オタクは慌ててさらにボタンを押すと自分が撃ったミサイルを何とか迎撃し、汗をだらだら流しながら何とか運転を続けている。

 え?ここで空中に光る文字が浮かんできたんだけど。


 「これ以上武器を使ったら10倍にして返す!(-_-メ)」

 明日香がめちゃめちゃ怒っているよ!!!

 オタクの男だけでなく、僕まで思わず恐縮してしまいます!!


 ……ええと…気が付くと俺が最下位なんだけど?!!!

 現在の順位と差は……。

ライピョン>>明日香>>釣り目>>マッチョ>>>>>オタク>>俺

 ええええええ?!!!

 圧倒的にみんなの足を引っ張っているよ!!!!

 もっと頑張らなくちゃ!!…いやいや、レーシングゲームは力んだり、焦ったりした方がいい結果が出ないのは今まで何度も体験している。

 現時点ではライピョンさん:6点、、明日香:5点、釣り目:4点、マッチョ:3点、オタク:2点:俺:1点という状況だ。

 俺たちが合計12点で、魔神チームが9点。


 つまり、今のままなら三点差で街の人たちも哪吒子も取り戻せるわけだね。

 ということは俺の役目はもっと順位を上げること、最低でもきちんとゴールして0点にならずに三点差をキープすることだろう。

 自分のダメさ加減にへたれそうになるけど、最後まで頑張ろう!!

 ……ダメ兄貴を明日香が見捨てたりしないよね…?



~~☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆~~



 「明日香さま、不機嫌そうですね。達則様が六位なのは想定内ではないですか…。」

 「理屈でわかっていることと、感情が納得することとは話は別だわ。

 お兄ちゃん、真面目で責任感が強いから絶対に気にしているわ。後でしっかりとケアしてあげなくっちゃ。」


 レーシングゲームのデータを読み取った時、明日香にはこうなることは予想済みだった。

ただ、他の四人だとそもそもレーシングゲームの運転がまともにできるかどうか非常に怪しかったので、他に選択の余地がなかったのだ。

 客観的に見て、達則がレーシングゲームの技術が無いわけではない。

 高校生基準で言えば、中級者よりは上で、もう少しで上級者になれるくらいだろうか?

 明日香は純粋な技術では達則よりやや上くらいだが、魔法で知覚力を上げ、さらに精霊魔法で車の環境を向上させれば、卓越した運動神経と高度な技術があるライピョンに次ぐ現在の位置を充分にキープできるのだ。


 さらに言えば『もう少し魔法のリソースを裂け』ば、フールに気づかれないようにレースの状態をコントロールすることは明日香にとってさほど難しいことではない。

 ただ、今は『もっと優先順位の高いこと』を魔法で行っているため、そこまでしないだけの話だ。


 気持ち的には達則の周りにも精霊魔法をかけて車の状態を良くしたかったのだが、明日香が自分の周り以外にも魔法を自由に使えることを教えるのは『裏で行っている作業』に気付かれる恐れがあるので、なんとか我慢したのだった。



 「明日香さん、敵の攻撃です!!」

 「ええ、わかっているわ。馬鹿じゃないの?!」

 オタクの車から飛んできたミサイルは追尾機能がないことがすぐわかったので、風の精霊魔法で反転させるだけにしておく。

 予想通り、自身のミサイルを何とか撃墜して事なきを得ているようだ。

 そして、オタク…というより、ゲームを操るフールに警告を入れることにして、空中に文字を描く。

 「これ以上武器を使ったら10倍にして返す!(-_-メ)」


 オタクが『プログラム的に反応』して、ガタガタ震えると同時に、明日香の耳元に声がフールの声が聞こえてきた。どうやら通信魔法を使ったようだ。


 「いやだなあ、たかがゲームじゃないですか♪大目にみてくださいよ♪」

 「あなた、哪吒子を人質に取っているからと言って、ずい分いい気になっているわね。

 いざとなったら隷属の首輪の発動が早いか、『あなたを消去』するのが早いか競争してもいいのよ?その辺わかっている?」

 「……ご、御冗談ですよね…?」

 淡々と告げる明日香にかえって真実味を感じるのか、フールの声が震えている。


「勇者たる者、いざとなったらそのくらいの覚悟があるから。その程度の話はみんなで済ませてるんだけど…。できれば『競争するリスク』を私に犯させないでくださるかしら?」

 「…わ…わかりました…。」

 フールが歯をガチガチ言わせながら返事をし、通信が切れる。


 「…あのう…無理に脅さなくてもお二人の車にも『防御魔法』をかけてあるのですよね?」

 「ええ、もちろん。ただ、あいつはそれに気づいていないようだから、わざわざ知らせたくないし、それに………。」

 その後のセリフを聞いて、レインボードラゴンは青くなっていった。

 (……私、この人の守護竜でいつづけて大丈夫なんでしょうか…少し不安になってきました…)



~~☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆~~



 レースはその後大きな動きもなく、いよいよ最後の周回に入った。

 現在の順位と差は……。

ライピョン>明日香>>>釣り目>>マッチョ>>>>>>オタク>>>俺


 ライピョンさんと明日香の差が縮まった以外は差が開いて、俺とオタクが完全に取り残されているんだけど?!!!特に俺!!!


 もう、ワンツー、フィニッシュで決まりだから、俺も無事にゴールすることだけに専念しよう!!


 間もなくライピョンさん、続いて明日香がゴール間近の最後の直線に入る直前のカーブに入った時、ライピョンさんの車のエンジンが急に火を噴いた。そして、エンジンが止まりそうに?! 

 危ない!!ライピョンさんが事故に?!!

 「雷王拳一〇倍パワー!!!」

 ライピョンさんの全身が光ると、車から飛び降り、半分ガタが来た車をそのまま担いじゃったんだけど?!!


 「電撃走法!!加速三倍!!!」

 車を持ったまま自身のレーシングカーの速度を超えて走り出したんだけど!!!


 「くそう!!オタク!!やってしまえ!!」

 愕然としたフールがオタクに向かって叫ぶと、オタクの車は車ごとそのまま怪物となり、僕の方に向き直る。

 次の瞬間、明日香の車からの雷を受けて、黒こげになって倒れた。


 ライピョンさん、明日香はそれを見て、あっさりワンツーフィニッシュでゴールインし、五位のおたくが黒こげになった今、俺が五位に繰り上がって、勇者チームの勝利が確定した。




 「畜生!!!俺に近寄るな!!」

 フールはもはやこれまでと、哪吒子を抱えると、刃物を突き付けている。

 どうやら哪吒子を人質にして脱出しようとしているみたいだ。


 それを見て明日香が大きなため息をつく。

 「二ついいことを教えてあげるわ。

 一つ目はのんびりレースをしている間にこの町の人たちの洗脳は完全に解きました。

 あなたの支配下にあるのは今はこの建物の中だけだから。」

 明日香の話にただでさえ青くなっていたフールの表情がさらに白くなる。


 「第二に、いやしくも武神である哪吒子をそんなおもちゃで本気で言うことを聞かせられるとでも思っていたのが不思議でならないわ。」

 その話を聞いたフールが傍らの哪吒子を見ると、哪吒子は実に『いい笑顔』をしていた。


 「明日香姉ちゃんはやっぱりわかっていたよね。たまには人質として捕まる可愛い女性の立場も体験したら面白いかなとか思ったんだ♪

 でも、待つのはやっぱり性に合わないから、りあいしようぜ♪」

 ニコニコしている哪吒子からフールが素早く距離を取ろうとするが、哪吒子は笑顔のまま、フールの服の裾を捉えて離さない。


 「ちくしょう!死んじまえ!!」

 フールが叫ぶと、哪吒子の首に付いた首輪がバチバチっと音を立てて光った後、千切れとんだ。


 「ちょっと痛かったけど、兄貴との殴り合いの方がよほど堪えるよな…。そうそう、この程度の代物であればレベル二〇〇を超えると即死しない可能性が出てきて、レベル五〇〇超えでほぼ無視できると思うよ。

 さあ、フール。できれば歯ごたえのある抵抗をしてくれればうれしいな♪」

 哪吒子が双剣に手をやった瞬間、フールは後方へ跳んで逃げようとした。


 「かなり素早いようだけど、俺から逃げられるほどではないね♪」

 フールが移動した時にはすでに眼前に抜刀した哪吒子の姿があった。

 「ああああああ!!!!」

 男の叫びと共にファンタジーランドは姿を消した。




 (ヤバい!ヤバすぎる!!あんな化け物連中まともに相手なんぞしていられるか!!)

 なんとか分離していた予備の肉体を都市から数十キロ離れたところまで逃げ出させることに成功し、フールは一息ついた。


 八割がた力を失い、すでに七柱とも言えなくなっていたが、それでも時間を掛ければ力は戻ってくるはずだとひとりごちた。

 (くそ!ニビルのやつめ!俺たちでは相手にならないことがわかっていて、けしかけやがったな!!何とかニビルとのパスを切ったから、奴からの支援はもう受けられない代わりに奴にこれ以上情報も行かないはずだ。とりあえず、元の世界になんとか逃げ戻ろう。)


 『あら、それで逃げたつもりだったのかしら♪』

 明日香の声が聞こえてきて、フールは愕然となった。

 気が付くと周りに檻のようなものが出来ていて、転移の魔法が発動しなくなっている。


 「待ってくれ!!俺は魔神ニビルに利用されて…」

 「悪事を働く前だったらその言い訳も通じたかもしれないけどね…。」

 明日香の言葉が終わると、檻はそのままフールを挟むように閉じ、ガツガツを食事をするような音を立てはじめた。

 檻はいつの間にかレインボードラゴンの頭にその姿を変えていた。




 ファンタジーランドが姿を消した街では……そのまま新しくファンタジーランドがまた立ち上がった…ええ?!!!


 なんでも明日香の技術支援で『転移門』を設定して、この新しくできたテーマパークに魔王領首都から直結できるようにしたのだとか。

 そして、今日もファンタジーランドでは何人もの勇者たちが魔王を退治しているという。

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