第13話 閑話2 小ネタ集

1 一人だけ戻らない



 「異世界で勇者と認定された横宮君だけ残して、残りの君ら全員が戻ってきた…と。なるほど。」

 クラス委員の速水の説明に三〇くらいの男はメモを取りながらしきりにうなずいている。


 「了解した。君たちが見たもの、気付いたものはそれくらいなんだね。では、もう学校に戻ってもらっていいよ。」

 警察で男が自分たちの突拍子もない話を真剣に聞いてくれた上に、疑ったり、責めたりする気配を全く示さないのにクラスメイト達は安どの表情を見せる。


 「では、僕たちの話を信じてくれるんですね?!」

 「…そうだね…。完全にそのまま受け入れる…とまでは言えないが、嘘をついていないことは間違いないと思う。捜査にご協力ありがとう。」

 速水の言葉を否定せずに大里はにっこりと笑う。




 「大里警部!話がいくらなんでも荒唐無稽過ぎませんか?!やはり彼ら全員が嘘をついていて、横宮君を殺害して隠ぺいしようとしているとか…。」

 「田原君。彼らが数十分間、完全に姿を消していて、横宮君以外が戻ってきた。それも担任の教師の目の前で姿を急に現したのを目撃されているのだよ。

 さらに彼らがもし、横宮君に危害を加えているのであれば、一人残らずあんなに平静ではいられないよ。人間は罪悪感にはすごく弱いものだからね。彼らの説明が正しいと判断するのが心理学的には一番理にかなっているのさ。」


 部下の田原をなだめるように大里が冷静に話をする。

 「…そりゃあ、心理学的にはそうなのかもしれませんが…ここまでとんでもない話を信じろと言われても…。」

 「お前の気持ちはわかるよ。『集団的な白昼夢を見た』とでも解釈するのがいちばん多くの人を納得させられるかもしれない。

 ただ、俺たちは事実を突き止めるのが仕事であり、彼らからはこれ以上の証言は得られそうにない以上、ここで帰すしかないのだよ。

 それと……お前さんはまだ知らないだろうが、こういう超常的な事件というのは意外と多くてね。

 今回の件もなんだかんだ言ってマスメディアには出ないだろうよ。」

 正義感の強い青年であろう、田原はさらになにか言いたげな顔をしていたが、大里のなにかあきらめたような表情を見て、口をつぐんだ。


 「さあ、この件はここまで。俺もお前も次の仕事だ。」

 田原が肩をすくめると、それぞれの持ち場に戻っていった。



 田原はそのまま誰もいない取調室に入ると、スマホを取り出して電話を始めた。

 「ええ、『大魔女』が関わった例の事件ですが、マスメディアや公式には『集団的な白昼夢?』くらいでお茶を濁させましょう。

 問題は大魔女と一緒に『行方不明』になった横宮少年の両親ですが、『警視庁の超常捜査課が横宮青年と明日香嬢の無事は確認しているが、無事に戻ってくるまでは少し時間がかかる』くらいの情報を伝えておきましょう。

 『大魔女がご帰還』の際に『こちらの不手際で』親しい知人が心労で病気になったり、事故とかに遭われたとかで責任を問われる事態なんぞ、勘弁してほしいですからね。」

 田原は難しい顔をしながら話し続けている。


 「それから、そろそろ地上任務からの交代を考えていただけませんか?

 こっちの食べ物はジャンキーですから、腹が出たり、頭髪が寂しくなったりしてるんですよ。

 『大天使ラジエルが地上任務でメタボになった』とか言われたら恥ですよ!恥!!

 え?地上任務をこなすには技能と熟練が必要だから、まだ私の代わりをできる人材はいない…ですか?

 頼みますよ!!細マッチョな体型が自慢だった私が、今や『横綱銀鳳』ですからね…。そろそろお腹周りがまじでヤバイんです!!

 無農薬の食材とかで自炊しろ…ですか?いやいや、そんな時間なんか取れませんし、私料理も苦手ですから…。

 え?家政婦を雇え…ですか?

 はあ、正体がばれたらどうするつもりですか。

 まったく、私の人生…もとい、天使生始まって以来の最大のピンチですわ。

 …おっと、人が来そうなんで、また連絡します。」


 大里こと、大天使ラジエルはスマホを切ると、そそくさと取調室を出たのだった。


 

2 残った人は…。



 「烈気斬!!」

 胴着を着た宮城咲楽みやぎさくらが気合いを込めて木刀を振り抜くと、舞いながら落ちてきていた木の葉が次々と真っ二つになった。


 「風烈柱!!」

 作務衣を着て、烏帽子をかぶった長谷部恭平はせべきょうへいが呪文を唱えると、二メートルを超える岩が風の柱に切り刻まれてボロボロになっていった。


 「長谷部、やるじゃあないか。」

 恭平より頭一つ高い、咲楽が端正な顔をほころばせて言う。


 「いや、宮城こそ大したもんだ。その調子なら秋季大会は全国優勝間違いなしではないのか?」

 恭平が眼鏡の縁を押さえながら目を細める。


 「秋季大会などどうでもいい。私はあの黒ずくめたちの気配に気圧されて全く動けなかったわが身が情けなくてな。せめて、あいつらに一太刀浴びせてやらねば気が済まんのだ。」

 「なるほど、お前らしいな。俺も、タツのやつにだけ任務を任せて元の世界に戻らざるを得なかった自分が情けなくてね。チャンスがあれば少しでもあいつの役に立てるようになっておきたいのさ。」


 真剣な顔でつぶやく恭平に咲楽はおやっと言う顔をする。


 「あれ、長谷部はずいぶんと横宮を買っているようだね?」

 「当たり前だ。あいつとは中学の時からの腐れ縁だが、タツはお人よしで妙に行動力だけはあってな。幼馴染と一緒というんだったら、絶対に最後まで任務をやり遂げようとするはずだ。あいつにだけ苦労させておいて、俺だけ何もしないとか、俺のゲーマー魂が廃る!」


 「その割には可愛い幼馴染と一緒のことをディスっていたようだが。」

 「当たり前だ!実はあんな可愛らしい幼馴染がいましたという『おいしいシチュエーション』をいじらないで、いついじるというのだ?!

 これは様式美というやつだ。もちろん、陰ながら応援するのも様式美だ。あいつは目立たないやつだから、女の子があいつの良さをわかるまでは時間がかかる。その良さをわかっている幼馴染がいるというのでは応援するしかないではないか!」

 「ふっふっふっふ♪長谷部、お前おもしろい奴だったんだな。」

 「お前も人のことは言えんではないか♪」

 咲楽と恭平は顔を見合わせるとくっくっくと笑った。


 剣道着のショートカットの長身の美女と、やや小柄で小太りの眼鏡の青年は並ぶと不釣り合いなことこの上なかったが、ここ三日間放課後こうして一緒に学校の裏山に来ているのだった。



 「君ら、こんなところで何をやっているんだ?!!特に長谷部、その恰好はなんだ!!」

 校内を見回っていた速水が二人を見つけて、叫ぶ。


 「「特訓だ!!」」

 「何の特訓だ?!何の?!!!」


 「再び化け物と出会った時にクラスメートを守らねばならん。私は自分の技量がまだまだだと悟ったのだ。」

 「宮城の言う通りだ。力を得たものはその責任が生じる。我々は共通の目標を得て、こうして自らを鍛え上げているのだよ。そうそう、この服は『陰陽師の正式衣装』だ。俺が自作しているゲームは東洋風のファンタジーなのだよ。」

 「…あ、いや…。二人とも…。俺たちは普通の世界に帰ってきたんだぞ。この世界で剣や魔法が役に立つとは…。」


 咲楽と恭平は一瞬顔を見合わせた後、同時ににやりと笑った。

 「役に立たなければ、立たないでよい。刀は抜くことが大切なのではない。戦って大切なもの、人達を守れる『備えができていること』が大切なのだよ。それに自らの心身を鍛え上げることは私自身を人間的にもに磨くことにつながる。なんら無駄なことはない。」

 「…宮城、お前カッコいいなあ…。俺なんか、魔法を上達させておけば、日常生活でも役に立つから無駄はない…くらいにしか思っていなかったぞ。」

 「はっはっはっは、長谷部。お前正直だなあ。そういう率直なところは私は嫌いでないぞ♪」

 咲楽は思わず恭平の背中をぱんぱん叩いている。 


 (なんかお二人さん、えらく仲良くなってんですけど…。)

 二人の様子を速水が半ば呆然として見ている。



 「そうだ、速水。お前、昨日の全国模試の自己採点。ずい分点数がよかったじゃないか。元々成績が良かったとはいえ、その調子なら旧帝大も含めて選び放題じゃないのか?」

 「いや、長谷部もかなり点数がよかっただろ?チート能力というのはスゴイものだよな。私は勉強の方はさっぱりだよ。」

 「あ、いや、それはそうなんだが…。」

 速水は言いよどむ。

 確かに以前の自分なら有頂天になっていたはずだが、咲楽と恭平が模試の点数のことなどまるで気にしていないことがわかるだけに、逆に自分だけが取り残されたような気分になる。



 「ま、まあ、物を壊したり、無理をしないようにな!」

 「わかった。そこは注意するとしよう。」

 「まかせておけ!間もなく『修復魔法』も習得できそうなのだ。」


 速水が立ち去ると、咲楽と恭平は再び特訓を再開する。



 (へええ。彼ら、やるねえ♪)

 そんな二人の様子を大里警部こと大天使ラジエルが興味深げに見ていたのであった。



3 転生チート


 五歳で転んで頭をぶつけた時、私…いや俺は記憶を取り戻した。

 ぶつけたショックと慌てて従姉エミリーが掛けてくれた回復魔法の効果が絶大だったことの相乗効果だと後でわかった。


 現在の俺・シャリー・リリスは魔族の王族であり、女の子であるが、前世の俺は日本人の大学生の男だったのだ。

 三流大学の文系の学生で、年齢=彼女いない歴 だったが、ある日、車に轢かれそうになった女の子をかばって、昇天していたのだ。


 俺は気付いた。前世でよく読んだライトノベルの異世界チートだ!俺は先代魔王の弟の娘として生まれ、先代魔王の娘で王太子である従姉エミリーの手助けができると!!


 記憶を取り戻した時、俺が五歳で、エミリーは一一歳。俺たち魔族は人間と少し違い、成人するまでの時間は人間とほぼ同じだが、成人してから老けるまでが非常に長いのだ。

 既に一一歳でエミリーはスーパー美少女であるが、将来は超絶美女になること間違いなしで、俺の好みドストライクだった。

 さらに幸いなことに、身近な友人・親戚の少ないエミリーは俺をことのほかかわいがってくれていた。

 エミリーが構ってくれるたびに俺のハートはきゅんきゅん萌えるのだった。



 前世による知識チートになってしばらくして気付いた。

 俺も相当なチート能力があるようだが、エミリーはそのさらに上を行くくらい超絶に優秀だった。

 特に魔法にかけては超天才だった。


 俺も現代日本の科学常識があるから、魔法の習得は他の子どもよりかなり楽ちんができ、習得も非常に早かった。しかし、エミリーはその俺の何倍もの先を行くくらい早く、しかも魔力量も多い上に、非常な努力家だったのだ。しかも、謙虚!かっけえええ!!エミリーたん、素敵!!



 そんなエミリーたんの役に立つには俺は魔法ではなく、『日本の知識』を活用することにした。

魔族領にある技術や作物などに日本での知識を当てはめて、こっそり知識チートしようと思ったら、あっという間にばれました。

 エミリーたんは魔法≒この世界での科学という立場で、さらに政治経済にも精通していたものだから、俺の知識が『明らかにこの世界のものとは違う』と気づいてしまったのだ。


 ごまかそうと思って釈明すればするほどボロが出て、結局俺はエミリーたんに嫌われること覚悟の上で、日本の前世のことを告白せざるを得なかったのだ。


 そんな俺をエミリーたんは……『そうか、そんな誰にも明かせない秘密を抱えて、シャリーは苦しかったんだな…。大丈夫。誰にもばらさないから安心して。』と優しい顔で語りかけてくれた。

 もう、惚れましたよ!!!エミリーたん、まじ女神!!!


 俺が男だったら絶対に求婚していたのにくうう!!!


 そんなわけでエミリーたんの三回の結婚の際には相手をどうやって蹴落とそうかと必死で策謀を凝らしたが、その調査の過程でなんと三回とも結婚後に相手が外道な奴らでエミリーたんを暗殺しようとしていたことが発覚した。

 もちろん、喜んで…もとい、怒りに任せて、全員抹殺ですよ!!



 俺はこのように日々、エミリーたんを守るために奮闘しているのだった。

 今日も変なじじいの魔の手からエミリーたんのお尻を守るために戦っているのである!

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