第8話 恐るべき魔術師
明日香がナビを起動し、魔将ライガーたちの避難した先に向かって俺たちは再び精霊馬に乗って、薄暗い森の中の道を進んでいった。
俺と明日香、ライピョンさん、エミリーは精霊の馬に乗り、アリーナ王女は風の精霊が形作るエアカー状の乗り物に、そして哪吒子は自前のエアカーみたいな乗り物に乗って、俺たちの周りを飛び回っている。
両足の下に花のような模様になった車輪状の乗り物で、空中を自在に静止したり、高速移動できる優れもののようだ。
哪吒子は空中を自在に飛び回りながら俺たちや周りの風景を興味深げに眺めていたが、ナビが示す目的地に近づくにしたがって、嬉しそうな笑顔の目の光がだんだん危険な色を帯びだしてきた。
「いやあ、瘴気がどんどん濃くなってきているね♪それと、妙な気配をいろいろと感じるよ。久しぶりに思い切り暴れられそうで楽しみだね♪」
哪吒子が口笛を吹きながらあたりを飛び回り、持っている槍を嬉しそうに振り回している。先に進むにつれて感じる危険よりも、この楽しげに飛び回っている見かけだけはロリ系の可愛い女の子の方がずっと危ない気がするのは俺の気のせいだろうか…。
しばらく進むと視界が開け、森の中にぽっかりと空いた空間に出た。
古びた石造りの遺跡が広場の真ん中にあり、テレビで見たマヤの遺跡のような雰囲気を漂わせている。
ただし、テレビの遺跡と違い、建物から凄まじい瘴気が噴出しており、全高三メートルを超えるライオン、ヒツジ、ドラゴンの合成獣・キメラが百頭以上狂気に彩られた視線で俺たちを睨みつけている。
そして、遺跡の巨大な両開きの扉が開くと、先ほども見た、獣魔将ライガーが姿を現した。ただし、その身長は二〇メートル近くあり、キメラたち同様にその瞳からは完全に正気が失われていた。
「おや?こちらから領都にお伺いしようと思っていたのですが、その手間が省けましたね。そのご人数でなんとかなさるおつもりなのですか?」
遺跡の屋上には黒ローブの男が立っていた。ライガーと同じかそれ以上の瘴気を纏っている。
「貴様!ライガーをどうした?!もはや知性がかけらも感じられないではないか?!!」
最後は敵対したとはいえ、自分の仲間だった男の変貌にエミリーが激高する。
「強くなりたいとおっしゃるから魔神様のお力を少し分け与えて、彼の願いをかなえてあげただけですよ。精神力が弱かったから、ただの破壊の権化に成り下がってしまいましたが♪」
「貴様!…魔神様とか言ったな…。お前は魔神の手先なのか?!」
エミリーが全身から闘気を発散し、黒ローブを睨みつけている。
「ええ。魔族と名乗りながら、実際は単に魔力の多い多種族の集合であるあなたたちと違い、我々のような『異界』の存在を本来は魔族というのです。
せっかくですから、その『自称魔族』達を我が神が支配下に置いて差し上げようというのですよ。」
そう言った男の黒ローブから除いた漆黒の頭には顔も髪の毛も存在しなかった!!
「我は暗黒魔神旗下七柱の一人、『
底冷えするような冷たい声で笑う男は強化されたライガーを上回る底知れなさを感じさせている。
「じゃあ、お前さんを含むあと八人はぶっとばしていいということだな♪
ちょっと物足りなさそうなのっぺらぼーだけど、少しは歯ごたえがありそうだね。」
ニコニコしながら哪吒子が空中を浮遊しつつ、ノワールに近づいていく。
「…み、身の程知らずのガキが!!まずは貴様から血祭りにあげてくれる!」
ノワールが叫ぶと、キメラたちが哪吒子に向けて一斉に飛びかかる。
あるものはライオンの牙をむき、あるものはドラゴンの口から炎を吹く。
「氷雪槍!!」
哪吒子が持っていた槍を一閃すると、槍の射線上にいたキメラたちは氷柱と化して動かなくなっていた。
「
哪吒子が叫ぶと真っ赤な輪っかがいくつも手中に現れ、それを四方八方に飛ばしていった。輪はキメラをきれいに切り裂くと哪吒子の手中に戻って、その姿を消した。
二分と経たないうちに全てのキメラが氷柱と化すか、真っ二つになっていた。
「おじさん。キメラども弱すぎ。準備運動にもなりやしない。」
哪吒子はあくびでもしそうな雰囲気で、腕をくるくる回している。
その様子にノワールも俺たちも絶句している。
身体操作能力はライピョンさんにも引けを取らないうえに、武器の威力が桁違いなのだ。
さらに、まだ全然本気でないことがはっきりわかる。
下手すると魔神より、この
「ふざけるな!!ライガーやれ!!」
「ガオ――――!!」
完全に操り人形と化した巨大ライガーは剣を抜き、哪吒子に向かって突進してくる。
「じゃあ、こっちも剣で。斬妖剣!!」
哪吒子が抜刀してライガーに斬りつけると……馬鹿でかくなった剣があっさりライガーを頭から真っ二つにしてしまったんだけど…。
ライガーだったのもはそのまま左右に倒れると、縮んで小さくなってしまった。
「イマイチ、物足りないな~。じゃあ、最後は本命に…あれ、逃げたか?」
剣を鞘に納めて哪吒子があたりを見回している。
「ん~俺から逃げられると思っていること自体甘すぎるんだけどね♪」
そんなことを言っている哪吒子の頭の上で、一本の髪の毛がひくひくと動いている。
「危険な瘴気を感知するとこの髪の毛が反応するんだ。この距離にいるということは…、あまり遠くには転移できないのだろうね♪」
それって、◎◎◎の鬼太郎だよね?!
「それじゃあ、さっくりと
危険なセリフを言いかけた哪吒子が周りを見回して、首をかしげる。
~~☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆~~
(くそう!くそう!)
ノワールは恐怖におののきながらも怒りと悔しさで頭がいっぱいだった。
(なんだ、あの化け物どもは?!!俺の洗脳魔法を簡単に解除する魔術師に、魔王すら上回る戦闘力の規格外の戦士!
あんなのにどうやって勝てというのだ?!!!)
しばし、怒りを爆発させた後、ノワールはようやくひとごこち就いた。
「あいつら相手なら、生き残れただけでも儲けものというところか…。
魔神様にあいつらの情報を届けなければ!!」
ノワールは移動魔法を唱えようとするが、なぜか発動しない。
「ばかな!どうしてこんな簡単な魔法が発動しないのだ?!!」
「だって、さっきは発動に制限を掛けて、短距離なら発動するようにしていたのよ。今は完全に発動停止させているから、あなたの魔力と技術では無理ですから♪」
いつの間にか自分の近くの空中に明日香が停止している。
「では、貴様、わざと逃がしたとでも言うのか?!どういうことだ!!!」
「だって、今からすることをみんなに見られるわけには行かないし、せっかくの『獲物』を逃がすなんてもったいないじゃない♪」
ノワールは明日香が自分を見る目の冷たさと、底知れぬオーラを改めて感じ、自分がいかに相手を甘く見ていたかを思い知った。
この化け物はやりあって到底勝てる相手ではないのだ。
どんな手を使ってでも逃げ延びなければならない。
そう、油断すれば自分たちの主である魔神ですら…。
ノワールは移動魔法をあきらめ、速やかにその場の影に溶け込んだ。
そして、影を滑るように速く動いていく。
ノワールの姿はあっという間に明日香の眼前から消えていた。
(油断するな!!魔法の気配を少しでも感知したら、ジグザグに逃げろ!!間違っても応戦しようと思うな!!)
ノワールは必死で逃げ続け、そして…移動先の空間に不意に空いた穴に飛び込んで、そこにあった巨大な口に飲み込まれ、そのまま咀嚼されてしまった。
「どう?バハムート、おいしい?」
「すごくまずいですね。とは言え…さすがですね。こいつ、いろんな知識を持ってますね。」
「本当だわ!!こそこそ動いて、あなたに食べてもらった甲斐があったわね♪」
明日香は懐の小箱の中にいるレインボードラゴンバハムートに嬉しそうに話しかけている。
「私、テレビゲームとか得意じゃないから、あなたの口とあいつの居場所をつなげるのがものすごく手間だったんだからね。ちゃんと消化してよね。」
「ええ、現在絶賛消化中です。おおっ!!魔法や魔界の知識だけでなく、今回の作戦の知識もいろいろ持っていますね。」
「バハムート、でかしたわ!!あなたが女の子で本当によかったわ。お兄ちゃん以外の男と精神的にでもつながるとか、気持ち悪くて考えられないから。
あなただからこそ、『食べた魔物の知識』を得る力を付与してもいいと思ったんだからね。」
「ありがとうございます。残る六柱は……なるほど、こんなやつらなのですね。肝心の魔神に関してはあまり詳しくないみたいですが、残りも『食べられれば』もっと情報を得られそうですね。」
「頼んだわ…おっと?!」
明日香は何者かが近づく気配に気づき、振り返る。
とはいえ気配の主は少し落胆しているようだが、明日香を『仲間を見る視線』で見ていることに少し安心する。
「あちゃあ。やっぱり間に合わなかったか!明日香さんの力量なら『瞬殺クラス』だと思ったけど、やっぱりか…。」
予想通り、空中を滑るように移動してきた哪吒子が明日香の前で制止した。
「ねえ、明日香さん。その懐の竜と模擬戦してもいい?」
ニコニコしながら哪吒子が明日香の手元を見つめる。
(こいつはヤバイ!)と明日香ははっきり感じた。
おそらく思考回路が『体育会系』の上に『戦闘狂』なところはあるものの、感知力が高く、頭も回るタイプだ。現在のメンバー中、唯一明日香の行動を完全に制止しうる戦闘力を持っていることも厄介だ。
「この子と模擬戦をするのは少し待ってくれるかな。
それより、哪吒子ちゃんと『取引』がしたいんだけど?」
明日香が笑顔を浮かべて哪吒子に語りかける。
「取引て、どんな取引?」
哪吒子も明日香に子供のような笑顔で返す。
「哪吒子ちゃん、できるだけ強い相手と戦いたいんでしょ?だったら、あなたが魔神旗下の七柱と一対一で戦えるように私がなるべく手助けするから、できれば、倒した後の七柱をこの子に食べさせてもらっていいかな?」
(これは賭けだ!下手すると哪吒子が自分を疑うようになる。)
明日香は内心冷や汗をかきながら表面上はニコニコしながら切り出した。
「うん、そんなにありがたい条件でいいの?もちろん、大歓迎だよ。」
哪吒子は表情を変えずに即答で返事をした。
「え?本当にいいの?」
あまりの簡単さに明日香は拍子抜けした。
「だって、竜に食べさせるのって、竜を強くしていざという時タツを守りたいからでしょ?
あの人に何かあったら全員元の世界に強制送還になるうえに、あなたにとってはものすごく大切な幼馴染なんでしょ。
そりゃあ、どんな手を使ってでも守りたいよね。」
「え、わかるの?」
「だって、敵の気配や、その他なにかあるたびに明日香さんはタツの安全とか、状態を気にしてるんだもの。
いいよ、頑張ってタツを守ろうね。」
明日香は一瞬言葉を失った後、哪吒子の手を握りしめた。
「哪吒子ちゃん、ありがとう!!お互いに頑張ろうね!!」
二人は共闘の握手を済ませると、達則たちの場所へ戻るために宙に舞いあがった。
(模擬戦に備えて、あの竜にももっともっと強くなってもらわなくっちゃ♪
それと、明日香は一応タツを守るために竜を強くしたいみたいだけど、万が一『とんでもない目的』だった場合でも『全力で
隣で飛んでいる可愛い女の子が物騒なことを考えているとはつゆ知らない明日香は上機嫌で達則の下へ戻っていった。
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