パノラマカー奇譚

楠樹 暖

第1話 シン・ナゴヤ

 出張先の名古屋での仕事が午前中で終わり、地下鉄を降りて新幹線に乗るために名古屋の地下街を歩いていた。

 先月の東海豪雨のときはこの辺りも大変だったと聞く。

 新幹線の乗り場を探すと【新名古屋駅】と書いてある案内を見つけた。名古屋へ来るときに降りた駅は単なる【名古屋】だった気もするが、気のせいだったかもしれない。新大阪や新神戸などと同じで、新名古屋は新幹線の駅なんだろう。

 しかし、着いたところはJRではなかった。【名鉄めいてつ】と書いてある。

 名鉄? 名古屋鉄道?

 どうやら【新名古屋駅】というのは新幹線の駅ではなく、この名鉄の駅の名前のようだ。紛らわしいので【名鉄名古屋駅】とかに改名してもらえないだろうか。

 昼から用事があるわけでもないので、この名鉄の電車にちょっと乗ってみようと思った。

 観光をするなら国宝の犬山城がいいだろうか。御三家のひとつ尾張徳川家の名古屋城に観光しに行ったときは、コンクリート製でエレベーターまであってちょっと拍子抜けをしてしまったものだ。国宝というくらいだから犬山城に期待してもいいだろう。

 犬山方面のホームへ行ったがどこに並べばいいか分からない。しばらく並ばずに観察してみた。どうやら行き先によりドアがある列とない列があるらしい。上を見るとモニターに行き先が書いてある。つまり、行き先の列を探して並べばいいのか。

 犬山方面の列に並んで待っていた。

 前には親子連れの二人。母親と子供だ。

 母親の方は決して美人ではないが、どことなく子供の頃に好きだった初恋の女の子に似ている。彼女が年を重ねるとこの母親のようになるのかもしれない。束ねた髪から垂れる後れ毛が母親の顔を疲れているように見させた。

「どーけーよ、どーけーよ、こーろーすーぞー」

 電車のホーンに合わせて子供が歌を歌っている。物騒な歌だ。

 電車の方を見ると、普通の電車とは違っていた。フロントが平らではなく、ライトの部分が出っ張っていた。車でいうとクラッシクカーや、ボンネットバスみたいな感じだ。

 赤い電車の先頭車両に乗り込む。人が居ないので一番前の席だ。親子連れも一番前の席に座った。

 二人がけのシートに腰を降ろすと違和感を覚えた。

 先頭車両にもかかわらず運転席がないのだ。

「運転席が……ない?」

 思わず声を漏らしてしまった。

「運転席は二階にあるんだよ」

 子供が説明してくれた。

 確かに、電車の上の方に何かあったような気がする。

 運転席が見えないので、景色がよく見える。

 全面に広がるパノラマ。

「この電車はねー、パノラマカーって言うんだよ」

 パノラマカーは暗い地下道を抜け、明るい光に満ちた世界へと飛び出した。

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