ハッピーエンドの作り方

秋田健次郎

第1話

ー終わりはいつかやってくるー

そんな事みんな知っている。でもみんな終わりから目を背けて1日でも長く生きようとする。君が今無駄にしたその1分が積み重なって生きたかった1日になる。みんな自分の事しか考えないで、それが当たり前で、だから献身的な人は私にとって…なんだろう?私も私の事しか考えていない。私はただ…ハッピーエンドを迎えたいんだ。周りの誰も悲しませず、苦しませず、みんなが幸せなまま終わりたい。




電車の揺れで目が覚めた。窓から朱色の光が差し込んで幻想的な雰囲気が電車を包んでいる。私の他に乗客は学生が2人とあと老婆が1人で比較的空いている。と言いたいところだが残念ながらここはどちらかと言うと田舎よりな場所なのでこれが平常運転である。

私は吹奏楽部に所属している普通の女子高生だ。ライトノベルなどにおいてこの表現が使われた場合その多くは普通ではないが私は正真正銘の普通だ。そんな普通の私が所属している吹奏楽部はもちろん強豪とかそんなものではなく、体育会系の部活も無理だし、かといって絵心もない中途半端な人が入ってくるようなところなので練習もゆるゆるである。しかし、今日は珍しく練習がキツかったため(当校比)非常に眠い。最寄駅までそこそこ時間があるしもうひと眠りしようかしら、とあくびをした時ほんの一瞬だけ視界が白く光った気がした。まあ、気のせいだろう。こういう事は割とよくある。しかし、私のむかいに座っていた学生、厳密に言うと男子高校生2人が

「今、一瞬光らなかった?」

「だよな!いや〜気のせいかと思ったけどお前も見えたか! 」

などと話し始めたのだから話しは別だ。つまり、気のせいではないという事だ。

「雷かな? 」

「いや、それはねえだろ。だって雲も全くねえし、音も聞こえねえし。 」

「だよなー」

このあとは全くもって関係のない話しを始めたのでここでは割愛するが、こんな時に便利なのがTwitterである。いくら田舎とはいえ4割都会くらいの場所なので、もちろんみんなスマホも持ってるし、電波も通じる。Twitterを覗いて早速「光」「白い光」といった言葉で検索してみる。コメントの内容は概ね先ほどの学生と同じようなものだったので、これまたここでは割愛するが、ともかくあの光は1人の気のせいではなく大多数が体験した謎現象であるという事だ。何も解決しないことを感じながらも光という単語の入ったツイートを漁っていく。そして、気がつくと知らない駅に停車していた。



家の玄関を開けると不快(個人的な感想)な匂いが私の鼻を攻撃する。人から貰った芳香剤らしいが使わないのももったいないとのことで私の反対意見を押し切って玄関に設置してある。2階に上がり、自分の部屋に入る。相変わらず部屋は殺伐としており、とても女子高生の部屋とは思えない。しかし、私は機能美に拘りたい人なのでまるで気にしていない。

「悠美ーご飯よー」

ハッとして目をさます。気づかぬうちに寝てしまっていたようだ。1階に降りて席に着くと既に料理が並べられていた。さて、今日の夕飯はハンバーグに味噌汁…至って普通だ。私の母は基本的に普通の料理しか作らない。ビーフストロガノフとかアクアパッツァ?とかそういうのは作らない。もちろん、母の作るものはどれも美味しいから特に不満はないのだが…たまには変化球を投げてもいいのでは?と思うこともある。弟の翔太は部活が遅くまであるため、同じ食卓で食事をすることはほとんどない。というか、まずない。そもそも、私が一緒に食べたくない。というのも私の弟は少し変わっている奴なのだ。どこがどう変わっているかと言うと

例えば食事はまずサラダから食べるし、毎日野菜ジュースを飲んでるし、最近はチアシードというあのカエルの卵みたいなスーパーフードにも手を出そうとするほどの健康オタクなのだ。その上

「幸せ太りという言葉があるが、もし幸せになると太るというのであれば、俺は幸せなんていらない」などと言うレベルなのでかなり重症だろう。

それだけならまだしもそれを私にも強要してくるのだからたまったものではない。こんなのと一緒に食事をしたい人の方が少ないだろう。食事を終えると

「ごちそうさま」とだけ言い足早に洗面所へ向かい、さっさと入浴と歯磨きを終え、ベッドに直行する。今日は疲れた。ベッドに入ればもう即極楽だろうな。そういえば例の光、母さんと弟にも聞けばよかったなあ。いいや、明日聞こう。私はベッドに入るなり瞬間的に眠りについた。


翌日、学校ではあの光で話題が持ちきりだった。朝のニュースではあの光は全世界で見られ、アメリカではあの光を銃撃と勘違いし、運転を誤って車ごと川に転落したという事故が起きたらしいが他に被害はなかったという。この世界規模で起こった謎現象に対し専門家達はあれやこれやと議論を交わしているが、結局何も分からない。あれは一体なんなのだろうか?色々な想像を巡らせていると突然声をかけられた。

「ねえねえ、こないだ貸した本読んだ? 」

話しかけてきたのは私の中学からの友達で同じ吹奏楽部に所属する日向だった。

「ん?あぁ日向か。読んだけどなんか暗い終わり方だったよねー。私ハッピーエンドの方が好きだなぁ。」

「当たり前じゃん。実際にあったことを元に作られた作品なんだから。ハッピーエンドのほとんどはフィクションなんだよ。」

本当にそうだろうか。

「そう?」

「現実はそう甘く無いんだよ。全くこれだから若者は。」

「あんたも若者でしょ。」

そんなたわいのない会話をしているとチャイムが鳴った。授業もそこそこに聞き流しつつあっという間に6時間目が終わった。


その日の帰りの電車で私は声を聞いた。

「あ…ら…」

なんだろう?幻聴かな?辺りを見回すと向かいに座っていた老婆も辺りをキョロキョロと見回している。おばあちゃんも何か聞こえました?なんて聞く勇気はとてもないので結局その後は何もなかったのだがおそらくあのおばあちゃんも聞こえていたのだろう。

玄関を開け、いつも通りに鼻が攻撃される。その恐ろしい玄関から逃げるように2階へ上がろうとした時、1階のリビングから母の声がした。

「おかえりー」

母がおかえりと声をかけるのは珍しかった。決して無愛想とか愛がないとかいうわけではなく、単におかえりと言う習慣がなぜかないだけの事だ

「ただいまー」

と返事をしてみたもののどこかむず痒いような。いずれにしろ特に気にとめることもなく、階段を登り始める。


食事のために1階に降りてきて、食卓につく。

ああ、そういえば

「ねえ、母さん。今日くらいに変な声聞こえなかった?」

例の声についてだ。

「やっぱり!悠美にも聞こえてたんだ。」

「やっぱりあの光と関係するのかな? 」

「どうだろうね。そうだ、テレビで何かやってるかも。 」

我が家では食事中、というか基本的にテレビはあまりつけない。

母がリモコンの左上にある赤いボタンを押すと、テレビの画面が息を吹き返すように明るく光り、どこかのニュース番組を映し出した。すると、まるで待っていたかのようなタイミングであの声に関するニュースが流れてきた。

「続いては今日、夕方ごろに発生した原因不明の幻聴についての続報です。現在、世界情報機関の発表によりますと、今回の幻聴は極めて広範囲の人間に発症しており、中には聴覚障害者も含まれているとのことです。また、この幻聴による被害は現在確認中とのことです。続報が入り次第お届けします。」

「やっぱり、昨日のと関係ありそうだね。」

私がそう言った直後にニュース番組に出ているコメンテーターが

「やはり、今回の幻聴は昨日の光と何らかの関係があると思われます。」

と言ったのであのコメンテーターは私とさほど違いは無いのだろう。強いて違う点を言うとすれば、彼の頭には毛が無いが、私にはある。あとは性別とか色々だ。私もコメンテーターになろうかな。少なくとも彼より見た目はマシだ。ともかく、地球規模で何かが起こっていることは間違い無いだろう。少しの不安を抱きながら、肉じゃがを口に運ぶ。



あの光を見てから3週間が経ったころ。その間にも時折、光や幻聴があり、外国の専門家がミステリーシンドロームなどという何の意味もなさない名前を付けたりもしていたが。アメリカで誰かが発狂し、銃を乱射して数十人が死傷したというニュースが入ってきた。こういう事件はたまに起きるし、日本には特に関係無いと皆んな思っていた。しかし、その後も世界各地で人が発狂し始めた。それも、例の幻聴が聞こえた数分後に集中していたのだ。もちろん、日本も例外ではなく、既にこの発狂関連で数百人は死傷しただろう。これでも日本は銃が無いだけマシで、海外特にアメリカなどでは既に数千人を超える大惨事となっていた。幻聴が聞こえるとすぐに身を隠すというのは瞬く間に常識となり、しかも、いつ自分が発狂するか分からないため幻聴を聞いた直後に自殺する者も現れ始めた。そして、発狂した者は皆

「お前も敵か! 」「化け物が! 」

などと叫びながら健常者を襲うのだ。学校に登校する者は次第に減っていき、教室に私と生徒会長の2人になり、先生が来なくなった次の日から学校に行くのを止めた。幻聴のサイクルは3日に一回のペースで、幻聴が聞こえた当日と次の日は家に篭り、3日目になると発狂した者は大方始末されるため、外に出て、食料などを集める。こんな世の中でも貨幣制度も機能しているため、案外食材は手に入る。しかし、発狂→死を繰り返していけば確実に人口は減り、いつか限界がくるだろう。でも、今は取り敢えず目を背ける。前と同じことでは無いか。発狂した者を始末する方たちには本当に頭が上がらない。しかし、そういう人から死んでいくのだろう。そうなるといつか発狂した者が始末する者を上回り、地獄になる。もう、嫌だ。思っても口にはしない。そんな事皆んな思っているんだから。今思えば、この騒動が本格的に始まる前にあったあの妙に皆んなが優しかった期間、あれは嵐の前ぶれだったのか。あるいは、神様が最後にくれたほんの些細なプレゼントか。



「大丈夫だった?」

缶詰やパンなどを持って弟と母が帰ってきた。

「うん。何もなかったよ。」

私は家に発狂者が入ってきたときのために留守番をしていた。相手が体が大きくても負けないように軽いバリケードを作った。あとは、竹竿の先に包丁を括り付けたお手製の槍で距離をとった状態で攻撃出来るという訳だ。

2人の後ろに眼鏡をかけ、細身で真面目そうな青年が立っている。知らない顔だ。誰だろうか?

「そうそう、この子翔太の友達らしいんだけど、親がいなくなっちゃって、家に一人で居たんだけど、心配でしょ?それで、あの物置部屋が空いてるじゃない?だから、そこに住んでもらおうかと思って。」

「はあ…」

母がお人好しなのは昔からだが、やはり見ず知らずの人を家に住まわせるというのは少し抵抗がある。それでもこういう事態だ。一人でも多くの労働力が必要と考えると仕方ないのかもしれない。

「あ…あの…おじゃまします。」

「どうぞ、どうぞ」

私はまだ許可を出した訳ではないのだが、私に拒否権はないのだろうか。芳香剤の件にしろこの家における私の地位はどうなっているのか。それから、新入り眼鏡は母に連れられて2階にある物置部屋に案内された。しばらくして部屋の下見が終わったのか、母と新入り眼鏡が2階に降りてきた。4人がテーブルを囲んで座っている。3人は血が繋がっており、1人は赤の他人だ。私が幼い頃に離婚したため本来父が座るはずだった4つ目の椅子は長い間欠番となっていたが、今はそこに新入り眼鏡が座っている。すると突然母が手を叩き

「さて、じゃあ、自己紹介でもしてもらおうかな」

と能天気に言った。こんな世紀末でも母のお人好しと能天気さは変わらないというのはある意味で救いかもしれない。母が急に暗い雰囲気をまとい出したらそれこそ本当の世紀末だ。

「ええと、名前は水谷宇宙と言います。学校ではオカルト研究会に所属していました。えぇ…よろしくお願いします。」

まさかのキラキラネームである。しかもオカ研である。弟も大概変人だと思っていたが、この男も中々に濃いキャラだ。

「へえ、宇宙っていうの?変わった名前ね。それで、翔太とはなんで友達になったの?」

相変わらず母はその天然っぷりを発揮し、キラキラネームを何の躊躇もなく変わった名前と言ってしまうあたり世紀末はまだ先になりそうだ。

「友達になるのに理由なんていらないですよ。」

そのセリフを真顔で言える人も中々稀有な存在だろう。やはり、変人には変人が集まるものなのだろうか。

「あら、なんだか、かっこいいわね。」

このセリフを聞いて純粋にその感想が出てくる人もこれまた稀有な存在だ。この家には変わったのが多すぎて逆に普通な私が目立つというのは一体どうしたものか。



リビングに4人集まり、その時を待つ。時計が14時頃をさした時、それが聞こえてきた。

「ピー、あら…たな…」

4人は顔を合わせる。良かった今回も大丈夫だった。しかし、安心してはいけない。数分間後には発狂した者が家を襲うかもしれない。弟がお手製の槍を構える。無論、今この家で最も強いのは弟だ。警戒を続け気づくと時計は21時を示している。今日も襲われることはなさそうだ。明日は駆除組の人たちが本格的に発狂者を駆逐して、そしてその翌日は外に出て食料を補給するのだ。そんな日々が2週間ほど続いた。

3サイクル目、つまり最も安全とされる日に街宣車のような車が家の前を通った。

「本日、原田市役所にて炊き出しを行います。」

このご時世にも炊き出しとは献身的な人もいるものだ。ともかく、缶詰のストックを消費せずにタダで食事が出来るのなら行かない理由がない。母が手を叩き

「炊き出しですって、皆んなで行きましょう! 」

「悠美、宇宙くん呼んできてくれる? 」

と言うので渋々2階の物置へ行く。そもそも友達である弟に行かせたらいいだろうに。

コンコン

一応ノックはしてみたが自分の家でノックというのも少し違和感がある。

「どうぞ。」

と中から声が聞こえた。別に中に入る予定はないのだが、扉を開けるとちょうど向かいに大きな本棚が、右側には今は使っていないストーブなどが置いてあり、床には乱雑に布団が一枚敷かれていた。オカ研眼鏡は左側の何もない壁にもたれかかり、やたらと分厚い何かを読んでいた。

「今から、炊き出しに行くんだけど…何読んでるの? 」

「え?ああこれはこの家のアルバムだよ。」

しかしよくもまあ、人の家のアルバムを何の躊躇もなく読めるものだ。

「よく読めるね。」

「何が?それより、翔太の赤ちゃんの頃の写真はないんだな。」

当たり前だがこいつは私より年下だ。それでこの言葉使いだ。まあ、気にしてないが。

「そうそう、何でだろうね?母さんが撮り忘れたとかかなぁ。」

あの母ならありえる。

「にしても懐かしいなぁ。」

私は少し、昔を思い出しながら本棚に歩み寄る。すると見覚えのない1冊の黒い本を見つけた。取り出してみると



"あらたなる支配者の命令書

4年 2組 ささ木 しょう太


野はしっこくのごう火に焼きはらわれ

田はやみのけんぞく達の手に落ち

勇かんなる者はわれわれにひれふし

人びとはおそれおののくだろう"



ここまで読んで本を閉じた。人には知るべき過去と知るべきでない過去がある。これは後者だ。まあ、人間生きていたら消したい過去の一つや二つあるものだ。気にするな。そういえば弟が急に健康に気を使い始め少し距離ができ始めたのも弟が小4の頃だっただろうか。ともかく今は炊き出しの話だ。

炊き出しをする市役所は駆除組の活動拠点にもなっていて、噂では拳銃なども持っていたりするらしい。例の芳香剤はいつに間にか匂いを発しなくなっておりただのオブジェと化していた。玄関を開けると心地の良い風が吹いていた。外に出るのはいつぶりだろうか。きっとこうして4人が並んで歩いている姿は端から見れば家族にしか見えないだろう。

「炊き出しってなんだろうね。」

何も話さないというのも気まずいのでとりあえず適当に話題を振る。

「さあ…なんだろうね〜まあ、缶詰よりは美味しいだろうね。」

母が特に興味のなさそうな返事をする。結局そこで会話は途切れ、また、数分間の沈黙が訪れた。すると、今度は母が

「そういえば、宇宙くんオカ研なんでしょ?何かこの件に関して情報とかないの? 」

確かにこの幻聴騒ぎは完全にオカルトの域に達しているだろう。しかし、オカルト研究会というは名ばかりで本気で研究してることは少ないのではないだろうか。

「そうですね。僕の見解としては旧人類説が有力なんじゃないかと。」

「「なにそれ」」

思わず口に出てしまった言葉がまさか母とかぶるとは。

「簡単に説明すると、かつての人類つまり旧人類が宇宙から現れた新人類によって僻地に追いやられた。それから、新人類は発展するも、生き残った旧人類は新人類の社会に溶け込み、そして、この発狂する電波を使い、新人類に復讐をしている。という説です。」

「もっと簡単に説明してよ。」

私も母に同感だ。弟は少し怪訝そうな顔をして私たちの事を見ている。

「かなり、簡単に説明したのですが…」

「やっぱりオカルトって難しいわね。」

難しいというかそもそもオカルトというのがトンデモ空想なのだから何の知識もない一般人に言っても理解できないのは当然だろう。

「そうはいっても、パンダもゴリラも昔はオカルトだったんですよ?」

「どうして?」

「パンダもゴリラも昔は未確認生物だったんだよ。」

私はなけなしの雑学を母に披露する。

「へー、じゃあ、チアシードは?」

「え?」

突然のチアシードに私は困惑する。

「チアシードってなんだか変な見た目じゃない?」

すると今度はオカ研がここぞとばかりに口を挟む。

「チアシードもオカルトですよ。あれは宇宙人の食べ物だ。」

「おい」

ここまで一言も発していなかった弟が突然口を開いた。

「チアシードを馬鹿にするな。」

君はチアシードの友達か?



炊き出しはカレーライスだった。最近ほとんど缶詰生活だったせいか、これほどにカレーライスを美味しいと思ったことはない。炊き出しをしているのは駆除組と呼ばれる人達でいかにも強そうな人ばかりだった。炊き出しに集まってきた人は案外少なく、人口の減少を感じざるを得なかった。みんな用心して家から出てきてないだけだとそう思いたい。何より少なくなった人たちを見るといつ私たちの身に発狂が襲いかかるかという不安に駆られるのだ。私たちも主人公でなければただの一般市民で特別というわけではない。


帰り道、オカ研がいつも持ち歩いているデジカメでそこらの町の風景を撮っていた。この世界がなんとか日常を保っている間の景色をカメラに押さえておきたいということだろうか。なぜ、彼がいつもデジカメを持ち歩いてるかは謎だ。そこで私は聞いてみた。

「水谷くん、いつもカメラ持ち歩いてるよね?なんで? 」

すると、オカ研はカメラから私に視線を移して言った。

「まあ、なんというか…形見みたいなものだからな。」

想像以上に重い理由が飛び出してきた。それでも、怯まずに聞いてみた。

「誰の? 」

オカ研は少し困った顔をしながら言った。

「誰のというか、色んな人の思いが詰まった大切なものなんだ。」

結局、具体的な内容については不明なままだった。私にそれ以上聞く義理もないのでこれ以上質問するのはやめた。


「ねえ、みんな、もし私が発狂したらちゃんと始末してね。」

唐突に母が私たちに言った。母がネガティブなことを言うのは珍しい。その珍しさがより非日常を感じさせる。

「母さんは天然だから狂ったりしないよ。」

私は強がって何の根拠もないことを口に出す。

「え?天然って何? 」

「知らなくていいよ。」

「えーなんでー教えてよ〜」

私はその方が母さんらしいよ。と心の中で呟いた。


この騒ぎが起きる前より今の方が楽しい気がする。そんな不謹慎な感情が胸をよぎる。しかし、楽しい時間は長く続かないというのがこの残酷な世の定理だ。災害は忘れた頃にやってくるというのならきっと日常の瓦解はもっと突然やってくる。どんなに高性能な機械を使っても予言することは出来ない。


4人はテーブルを囲んで座っている。

「ねえ、母さんチンするお米ってまだあったっけ?」

「どうだったかしら…まあ足りなかったらまた買い足してくるわね。」

「というかお金大丈夫なの?」

「それが国からの特別補助金とか言って気づくと預金が増えてるのよ。」

「まだこの国にそんな余裕があるんだね。」

「銀行もまるで襲われないし、普通に新商品なんかも発売されてるからねえ。」

「そういえば、この間死体袋とかいうすごい不気味なのが売ってたんだけど。」

「ああ、あれも新商品らしいわね。たしかパッケージに人類最後にして最大のヒット商品!なんて書かれてたかしら。」

「随分と不謹慎ね。」

「おかしい。」

突然口を挟むのがこのオカ研だ。

「なに?急に。」

私は面倒くさそうに返事をする。まず、こいつとまともに話せるのが私しかいないというのが現状だ。母は天然だし、弟は本当に友達なのかと疑いたくなるほど会話をしない。本人曰く

信じる友と書いて信友だ。本当の友というのは会話をせずとも繋がっているものなんだよ。

などと言っていたが私はそう思わない。

「普通こんな事態ならもっと世界は混乱するはずだ。今のこの状況はあまりにも秩序立ちすぎている。」

「だから? 」

「きっと何か陰謀があるんだ。」

オカルト好き御用達の陰謀論である。

「それもオカルト? 」

「陰謀にはロマンがあるからな。ロマンのあるものはみんなオカルトだ。」

支離滅裂だ。オカルトにのめり込みすぎて少しおかしくなったのではないか。

「あぁそう、じゃあ宝くじもオカルトだね。」

もはやこの言葉には何の意思も宿っていない。

「宝くじは違う。あいつにロマンはない。」

「えぇ…なんで。」

正直返事をするのも面倒臭い。

「あいつは当たらないように出来てる。可能性が無いものにロマンは無い。」

「じゃあ、宝くじ買ったことあるの? 」

「ああ。」

「それが当たらなかっただけでしょ。」

「いや、1000円当たった。」

それは十分運がいい方だよとは面倒臭いので言わなかった。それにしても今回は幻聴の時間が遅い。いつもは昼の12時から3時くらいにくるのだが今、時計の針は夕方の6時を指している。このまま、幻聴の頻度が減っていき、そのまま何事もなかったようにまた日常が戻ってきてはくれないだろうか。そんな事を考えていた矢先例の幻聴がやってきた。

「ピー…あら…たな…」

4人顔を見合わせる。今回も大丈夫そうだ。そう思った瞬間母の異変に気がつく。顔が青ざめており、髪が汗で濡れている。

「ちょっと、母さん大丈夫?」

母に慌てて駆け寄る。

「ねえ、何かいつものと違うの!すごい鮮明に聞こえて、何か新しい世界をとか言って…あ…ねえ、今洗脳って聞こえた!ねえ!どうしよう!」

母が私の肩を揺らしながらこれまで見た事のないような顔で私に助けを求めてきた。

「あ、えと…ねえ!」

私は焦って男子2人衆の方を向く。オカ研は焦った様子で

「と、とりあえずお、落ち着いて、そうだ。ラマーズ法だ。ヒーヒーフーだよ。」

と私よりパニックになっており、弟は落ち着いているように見えるが、目が泳いでおり気が動転しているのが分かる。すると弟は

「くそっ…」

と小さく呟いた。

頼りになるのは一人もいない。気づくと母は机に伏せて気を失っていた。

「ねえ!母さん! 」

私は母の体を必死揺らす。それでも母が起きる気配は無い。数分くらいそのようにしていただろうか。

「うるさい! 」

私は何かに突き飛ばされた。私が目線を上げるとそこには母が立っていた。母は私の方を向くなり、何か恐ろしいものを見るような目で私を見つめてきた。

「あぁ…ば、化け物だ!あぁ、誰か早く始末をあぁ」

優しい母は違う何かになり、そして私に飛びかかってきた。首に手がかかる。視界が段々と赤黒くなっていき、意識が朦朧としてくる。その時、これまで聞いた事のない鈍い音がした。


日常はいとも簡単に崩れ去り、そして、二度と元には戻らない。世界は無情にも覆水盆に返らずを体現する。赤く黒ずんだ視界が徐々に目の前の見たく無い状況を映し出す。頭から血を流す母が私に上にのしかかっている。血の付いたバットを持った弟が立っている。私は重い母の体を押しのけ立ち上がった。少しめまいがするがすぐに治るだろう。母は私が幼い頃に離婚して、女手一つで私を育ててくれた。母の人生は幸せと言えただろうか。最後、弟を、私を憎んで死んでいったのだろうか。そうでない事を祈りたい。私は私を救ってくれた弟にありがとうとは言えなかった。私は取り敢えず

「ねぇ…どうしよう…」と意味もなく言った。

これが夢ならどれだけ良かったか。


「実は内緒にしてたけど、母さんに言われてこれ買ってたんだ…」

弟は例の死体袋というものを取り出してきた。

"万全の臭い対策!体液漏れも安心!人類最後にして最大の大ヒット商品!"

という謳い文句がひどく不謹慎に見える。いや、もともと不謹慎か。私はしばらく放心状態だった。どれくらいの間そうしていただろうか。ふと時計を見ると深夜の1時になっていた。母だったモノは死体袋とともにどこかに消えていた。男子2人衆はリビングで足を投げ出し座っている。2人ともどこを見ているのか何を考えているのか分からない。時計の針の音が物凄く大きな音に聞こえる。窓から光が差し込んできた。夜が明けたのだ。静止画のようになっていたこの空間で一番早く動き出したのはオカ研だった。しばらく一緒にいたとはいえ結局は赤の他人なのだから立ち直りが早くて当然だ。オカ研は台所へ行き、コップに水道水をいっぱいに入れるとそれを一気に飲み干して、2階へ上がっていった。リビングには弟と姉の2人が以前として座っている。今度は弟が立ち上がり、台所へ向かうと棚から缶詰を2つとお箸2膳を持ってきて、1セットを私の前に置いた。

「とりあえず何か食べよう。」

随分久しぶりに弟から声をかけてきた気がする。

「…うん。」

缶詰はなぜか鯖の味噌煮だった。普段ならご飯無しでは濃くて食べられたものではないが、今日の鯖の味噌煮はまるで味を感じなかった。何も気力が起きないまま1日が過ぎた。母がいなくなったこの家はあまりにも静かで母が元の日常を繋ぎ止める唯一の鎖だったという事を実感する。少し楽しげな非日常はあっという間に本来あるべき姿に形を変え、幻聴が聞こえる時間帯に皆んなでリビングに集まるという習慣もいつしか無くなっていた。

「このままじゃいけない。」

ある時、オカ研が唐突に口を開いた。これに返事をする者は誰もいない。

「可能性が僅かでもある限り諦めてはダメだ。いつかこの幻聴が止むかもしれないだろ。だから、そうなった時の為に、その時の為に日常を保たないと。」

部屋には沈黙が訪れる。

「だから、買い出しに行こう。ちょうど食料も無くなるかけてただろ。」

「うっさいなぁ…」

私は思わず口に出してしまった。でも、君には分からないだろう。実の母がいなくなったんだ。唯一のただ一人の親を失ったんだ。お前は他人じゃないか。

「そうか…」

水谷宇宙は少し伏し目がちにそう言った。そして、手提げバッグを持って家を後にした。水谷が家を出て、少し経ってから弟はおもむろに呟いた。

「何か…変わらないとな…」

私は少し弟に目を向け、そしてすぐに目線を床に戻した。しばらくしてから水谷が帰ってきた。水谷は買ってきた缶詰を棚に入れると

「買っておいたから。」

とだけ言い2階へ戻っていった。ずっとリビングにいると何もしていなくても疲れる。私は重い腰を上げ、2階の自室へ向かった。私の部屋は母がいなくなる前と何も変わっていないのに少し暗くなったような気がした。私はベットに倒れこみ、布団を全身に覆う。何もしたくない。このままずっとここで一人でいたい。私は皆んながいなくなった後のことを考えた。このまま幻聴が続いて、人口が減っていき、最後の1人が消えた時、そこには結果として誰も悲しまないような、そんな世界が広がっているのではないだろうか。ずっと憧れていたハッピーエンドが広がっているのではないだろうか。一つ一つは悲しいバッドエンドでも、それを集めて、固めて、練って、それで焼いたりみたりして、それこそがハッピーエンドの作り方ではないだろうか?



コンコン

「おーい、大丈夫かー?」

外から水谷の声がする。私はベットから起き上がり、ドアを開ける。

「なに? 」

「いや、ずっと部屋にいたからさ。大丈夫かなと思って。」

「それだけ? 」

「いや、翔太がいないんだ。」

それを先に言うべきだろう。

「それにメモなんかも残してて。」

水谷はそのメモとやらを私に渡してきた。そのメモの内容はこのようなものだった。


"俺は強い者が行くべき場所に行く。宇宙、姉を頼んだぞ。"


本当に皆んな自分勝手だ。



「水谷、市役所に行ってくる。」

私は数日ぶりに着替え、靴を履きながら、オカ研に話しかける。

「え?なんで? 」

「強い者が行くべき場所なんて駆除組のいるとこしかありえないでしょ。」

「弟に会いに行くのか? 」

「当たり前でしょ。」

私はオカ研に返事を待たずに玄関を飛び出した。あの文面を見るに弟は未だに中二病を引きずっているのかもしれない。市役所が見えてきた。炊き出しの時以来だ。あまり思い出すとまた泣きそうになってくるので、なるべく思い出さないように意識する。受付と書いてある張り紙の横に小さめの窓口がある。しかし、そこには人影が見当たらない。

「すいませーん。誰か居ますか? 」

私は少し大きめの声で窓口の奥の方に向けて声をかける。するとすぐに

「あーはいはい。」という返事と共に細身のおじさんが出てきた。この人も駆除組なのだろうか。

「入団希望かな? 」

とおじさんは聞いてきたので

「いえ、違います。人を探しているんですが、今日ここに入団した人っていますか? 」

と私は答える。そもそもこんな子供の女が入団などするはずないだろうに。

「ええと、結構入団する人は多いからね。今日だけでも4人くらいいたかな。ちょっと名簿探してくるから。まあ中でも見てってよ。もしかしたらいるかもしれないからね? 」

とすすめられたので断る訳にもいかず少し、中を見学する事にした。中は思いの外普通でサラリーマンのような格好をした人がパソコンと睨めっこしている。その隣の部屋には第一会議室と書かれた札が付いているものの扉は開けっぱなしにされており、中では筋肉隆々な男たちが筋トレをしている光景はとてもシュールだった。ますます、駆除組の正体がつかめなくなったぞ。それより、一番気になったのがまるでウォーターサーバーのごとくチアシードが置いてあるのだ。そんなにチアシードは流行っているのだろうか?その後も少しずつ中を散策し、ふと、時計を見ると15分ほど経ったので受付に戻ると、おじさんが名簿を見せてくれた。

・新田琴美

・野田勇太

・新海希

・二階堂りほ

…いない?という事はここではないという事だろうか。だとすると一体どこへ行ったのか?

「どうだい?いたかい? 」

おじさんは私に尋ねてくる。

「あ…いませんでした。すいません。お手数をかけてしまって。」

「そうかい、残念だね。見つかるといいけど。」

「はい…ありがとうございました。」

そう言って市役所を後にした。


「翔太は…いなかったのか…。」

私が帰ってくるなりオカ研はそう話しかけてきた。私の暗い表情と弟を連れてきていないということからその事実を読み取るのは容易だっただろう。

「どこに行ったんだろうね…。もう分からないよ。」

私の本心だった。あまり本心を人にさらけ出さない私がほとんど他人であるオカ研に漏らしてしまう事が私の心が弱っている何よりの証拠だ。私はオカ研の返事を聞くことなくそのまま自室へと向かった。数時間が経った後、食事のためにリビングに降りていく。その途中ピンポンというチャイムが鳴った。チャイムが鳴るなど本当に久しぶりだったので少し焦り気味にインターホンを確認しに行った。インターホンの前でオカ研が困惑した表情で

「誰だ?」

と聞いてきた。インターホンの画面をのぞいて見るとそこには2人の男子学生がいた。そして、私はその顔に見覚えがあった。同じクラスの佐藤と北谷だ。彼らは一応中学から知り合い、というより中学時代にあった調べ学習の時同じ班になり、親しくない訳ではないくらいの間柄だ。そんな2人がいったい何のようだろうか。玄関を開けるといつもと大して変わらない微妙に生意気さを感じる顔があった。

「どしたの? 」

私が尋ねると2人は悪い笑みを浮かべ

「一緒に面白いことしねぇか?」

と答えた。この時点で嫌な予感しかしないが一応聞いておく

「なにそれ? 」

「銀行強盗だよ。」

案の定、ろくでもない答えが返ってきた。2人は不真面目とはいえ犯罪を犯すような奴らではなかったはずだが。

「なんでまたそんなこと。」

「どうせ狂って死ぬなら好き勝手してから死んだ方がいいだろ? 」

随分思い切りがいいが、あながち間違いではないかもしれない。ただ、最後に好き勝手やることが銀行強盗というのは少々幼稚な気がするがそこは奴らのことだから仕方ない。

「あっそう、勝手にやってて、私は生に執着するから。」

「なに言ってんのかわかんねぇけどつまんねーな。」

「つまんなくて結構。」

「真面目に生きてるやつが損するんだよ。全く。」

などという捨て台詞を吐いてどこかへ消えていった。真面目なやつが損する…か。もう少し不真面目な方が人生楽しかったのかな。今更思い直しても何も変わらないけど。それにしてもあいつらは本当に銀行強盗なんてするのかな?少し気になり近所の銀行の近くまで行って見ることにした。そのには衝撃的か或いは当然なのか、いや衝撃的であろう光景が広がっていた。2人は胸から血を流し倒れていたのだ。そこに強面な男が3人ほど集まり、死体を例の死体袋に入れている。私は怖くなりその場から逃げ出した。実のところ私はこの世紀末に人の死体を見るのは母の時と合わせて2回のみで耐性などまるでないのだ。家に駆け込みとにかく恐怖を紛らわせるためにこの事をオカ研に話した。

「その男たちは多分駆除組なんだろうけど発狂してない人も殺してしまうのか…」

オカ研は独り言のように呟く。


それから数日経ったある日、私は母と仲が良かったのかそうで無いのか分からない男2人衆の亡骸を相次いで見てしまった影響ですっかり意気消沈していた。オカ研は私のそんな様子を見かねてか

「今日は俺が買い出しに行ってくるよ。」

とそう言いだした。私は気の篭っていない声で

「あぁ、よろしく。」

とだけ答えた。オカ研はバックを持ちそのまま玄関へ向かうのかと思いきやなぜか私の方を振り返って言った。

「全部分かったんだ。」

「は? 」

私は思わず聞き返す。

「だから、この件についてだよ。未だ機能し続ける政府、襲われない銀行、謎の新商品。全てこの考えで説明がつく。」

どうせまたいつものオカルトだろう。

「ふぅん。で、なんなの? 」

今の私にはお前のオカルト話を聞く元気なんて無いんだよ!とはさすがに言えなかった。

「帰ってきてからな。楽しみはとっておくものだ。」

「はぁ?」

自分から言っておいてなんだこいつは。

「それもオカルトって言いたいの?」

私は少しバカにするような口調で言った。

「何言ってるんだ。人生の基本だよ。」

もう相手にするのが面倒なので返事はしなかった。


おかしい。帰ってこない。少し離れたショッピングモールへ行ったとしても3時間もあれば帰ってくるはずだ。私は心配になり、家の周りから近くのスーパーまでくまなく探したが見つからなかった。彼もまた自分勝手にいなくなったのか。誰かに襲われたのか。或いは、。一晩中眠ることなく帰宅を待っていたがいよいよ世が明けてしまった。弟もオカ研もどこに行ったのかすら分からない。もう何もない。一人になった家の中は随分と静かになった。4人でこのテーブルに集まっていたのがつい最近のことのように感じる。いや、実際最近のはずだ。この最近の間に急速に壊れそして、消えてしまった何か。ふと、いつかに借りた本のことを思い出した。そう言えば、あの本まだ返してなかったような。私は自室の小さな本棚からあの時日向から借りた本を取り出してきた。「蟻戦争」それがこの本の題名。主人公は蟻で外からやってくる虫達と戦うというのがこの本のストーリーだ。これだけだと大変幼稚なストーリーに思えるが、昆虫界そのものが擬人化されており、虫達が巣の中に侵入してきた時の内政の混乱などが妙にリアルに書かれていた。こういう話は大抵なんだかんだで主人公サイドが勝つのだがこの話では主人公サイドが負けて終わるのだ。日向は現実にあったことを元にしていると言っていたはずだ。一体何を元にしたんだろうか?原住民と白人の戦争?経済的な何かの比喩?だめだ。分からない。なんとかヒントを見つけるため、あの時ぶりに本を開ける。すると、

"我々は敗北した。"

という最後の一節の次のページに何かが書かれていることに気がつく。

"しかし我々は諦めないこの今にも反撃の瞬間を待っている。"

という一節がページのちょうど真ん中に書いてあった。

前に読んだ時はこのページに気づかなかった。そもそもこんなページあったか?何かが分かりそうでそれでもあと少しのところで理解を本能的に拒否する。それはきっと最後にオカ研が言おうとしていたことのはずだ。いや、もっと前に…

「ピー…新たな世界の支配者より愚かなる者へ」

ん?なんだこれは。幻聴か?でも明らかに今までと違う。

「こちら、電波塔より洗脳電波の発信準備中です。これより安定した洗脳のために気絶電波を発信します。ピー」

その音を聞いた瞬間急速に意識が消えていく。目がさめると世界が赤く染められまともに思考すら出来ない。耳鳴りが次第に大きくなり始め、次第に鼓膜が吹き飛ぶような爆音になっていった。そこからの記憶はほとんどない。ただ無意識の中、本能的に死を悟り、僅かに体の感覚を取り戻した時、弟に体を抱きかかえてもらっているような感覚に陥った。弟が私に謝っている。私を置いてどこかに消えたことをだろうか。私達がいなくなったあとにも存在し続ける"何か"に幸せが訪れてほしい。命果てる瞬間のくだらない偽善なんてなんの意味もなさない。それでも、せめて私や母やもっと多くの人たちの悲しいバッドエンドが集まって"何か"にとってのハッピーエンドになるはずだと私は信じている。

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