私のCV

あまね

第1話

 

 自分の声が嫌いだった。


 ダミ声でもないし、特段高い声でもない、特殊な声ではない。


 ただ、気持ちがこもっていない様に、何かを再生したように頭や心に響いてくるようで、自分の声が嫌いだった。


 小学校の時は嫌いすぎて、黙って、黙って、反射ですら喋らないようにしてきて、日々を過ごす程になった。


 成長すればする程に、どうしようもないなと親も、医者も匙をなげざるを得ない程に、頑なに喋らないことに、徹底して声変わりが女子にあれば、親も一縷の望みを得ただろうが、それすらも叶わなかった。


 学生という事も、状況に拍車をかけ、両親がお金持ちに属する事も多少影響があったのだろう。


 学生であれば、大抵頷くか首をふる、音読を求められた場合は、ひたすら、ひたすら首をふる。


 話しかけられぬ様に、休み時間は読書か寝たフリをする。


 暗く重く話掛けづらい印象を植え付けるために、髪を伸ばし原稿用紙にシャーペンを走らせ、作家の真似事すらした。


 授業中は、勤勉に勤勉を重ね、それさえ、のぞけば至って何処にだっている真面目で通していく。


 高校受験も面接が重要視されぬ、いや面接もない、お金はかかるが私立高校を選んだ。


 私は自分の半生を紙に書きながら、ロクな半生を送っていない事を、暗く黒い目を覆う寸前の前髪が視界とともに隠してくれないだろうか。


 私は、目の前の自分とは正反対の人生を歩んできただろう男の人に、説明するために、紙に書いたのだが、

 あまりにもあまりに過ぎて、恥じてしまう。


 しかし、それでも、こんな恥じなど、今から行う事に比べたら、恥じでもなんでもない。


 いや、そもそも恥じてしまうことも無いのかもしれない。


 残された方法が、これぐらいだったというだけの話である。


 恋した相手に、自分の気持ちを伝える方法が、これぐらいだったと思えば、正当化出来るのだ。


 かの人魚姫の様といったら、失礼かもしれない。


 声を失って恋に生きた彼女に比べたら、大変に失礼だ。


 声を自ら失ってから気付いたのだ。


 想いを伝える方法がたくさんあれど、伝わる方法なんて、そんなに無いと言う事に。


 始めは、文字で伝えた。


 上手くいったのは最初だけで、後は

 伝えて、伝えて、それでもやっぱり、最後は声を求められた。



 首を横にふり、髪があとを追う様に揺れるまで横にふる。


 気持ち悪いと一方的な拒絶の言葉が、私には伝わるのに、相手には、何も伝わらない。


 こんな時にさえ声も漏らさず、音もなく、ただ涙だけ流せるまでに、私は自分の声を拒絶し無くしたのだと実感した。


 あれからも、何度か恋をして、声を求められて、拒絶し、振られていった。


 声が届かないだけで、想いが届かない。


 ならば、代わりに声を届けてくれる誰かが欲しかった。


 その誰かは私の目の前にいる佐々木タイガという、私とは正反対そうな生き方をしてきたのだろう男の人だ。


 あって数十分前の第一声


「声優の佐々木タイガです、ひゃほー」


 お年玉とか幸運にも作家の真似事で得たお金を使い、求人誌を使って応募してきたのが、この人しかいなくても、この第一声は、佐々木タイガを丸めた紙でパシッと叩きたい衝動にかられた。


 こちらが大人の対応で、その衝動を我慢し、私の半生の説明を書いた紙を手渡すだけにとどめたのは、此方が依頼主とはいえ、弱い立場だから。


 馬鹿にされるなら、声を失う代償はそれほどのものだということ。


「よーしまぁ告白して君の気持ちを伝えればいいんだね」


 軽い口調で言われたので、馬鹿にされているのかと勘ぐったが、第一声のノリが軽かっただけに、これもやる気が溢れてるだけなのだ。


「あぁでも、君の声ってこんな感じで良いのかな」


 声優という肩書きを疑った私を驚愕させる様に、女性の声にも聞こえる明るい声で、尋ねてきた所悪いのだが、私の声はそんなにキラキラとしていない。


 そんな声ならば、きっと私は。


 余計な感情と、正反対の方が上手く行くのかもしれないという打算から頷く。


 その打算通り数日の練習で、ノリの良い所に目を瞑れば、成果は上々でトントン拍子に違和感無く、私の声を担当してくれたのだ。


 私の動きに合わせて声をだすという荒業をここまで成し遂げられるとは思わなかった。


 告白当日に、向かう途中で何度も口パクの練習をして、落ち着くようにした。


 相手が来た。


 同じクラスの好きになってからは、見続けて、思い続けた男の子。


 私の真後ろの佐々木タイガに手を握って合図をだす。


 真正面の男の子に、告白をする。


 ありきたりな、ありったけ思いを込めて貰って、私は口をうごかして、佐々木タイガの握った手を通じて、思いを震わせてだす楽器のように告白をした。


「お前の口から聞きたかったよ」


 伝えたのに、伝わらない。



「私は私の声で伝えたのに」


 そう呟いた佐々木タイガの声は、ダミ声でもないし、特段高い声でもない、特殊な声ではない。


 ただ、気持ちがこもっていない様に、何かを再生したように頭や心に響いてくる自分の声に酷く似ているのに、自分よりも優しかった。


 不覚にも涙を流す時に、掠れた声がでて、それは佐々木タイガの声に少しだけ近いような気がした。


 また恋をしたら、私はこの声を誰かに届けよう。


 私の後ろの私の理想の私の声を。

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