第77話 予行練習してみた件について……


 私はクレヤボヤンスで5歳のときに案内された王宮内のステータス測定室を透視してみる。


 他に用途の無いこの部屋は、ひっそりと静まりかえり、鎧戸に閉ざされた窓から星明かりが入ることもなく、漆黒の暗闇に包まれている。

 暗視で確認したが、人っ子一人いない。いけそうだ。


「大丈夫みたい…、誰もいないよ」

「それじゃあテレポーテーションで侵入できる?」

「やってみる。つかまって」


 カスミちゃんは私の腰にしがみつき、それを確認した私はテレポーテーションを発動する。

 一瞬で月面の明るい部屋から、真っ暗なステータス測定室に到着する。

「本当に真っ暗だね」暗視ができないカスミちゃんは本当に何も見えていないようだ。

「あそこの壁にわずかに光っている金属球があるのは分かる?」

「ホントだ。何かボーッと青く光っている」


 燐光にも似た青白いが弱々しい光を発している金属球の上にはステータス表示用の石版がある。金属球以外は暗視を使わなければ確認できないレベルだ。


 途中の床には障害となるような家具や机は存在していない。

「とりあえず行って見よう」

 私はカスミちゃんの手を引き、ステータス測定板の金属球に触れる。

「ステータス」

 私が金属球に触れてステータスを表示させると、石版自体が青く光り、そこに明るい水色の文字で私のステータスが映し出された。

 

 体力 9999+

 魔力 9999+

 力  9999+

 素早さ9999+


「ホントだ。石版にステータスが表示されてる…」

 カスミちゃんが不思議そうに見つめながら、表示された文字に触れる。


「んっ?」

 何か違和感がある。


 カスミちゃんの手に文字が映り、石版はカスミちゃんの手の形に影が映っている。

「これは………」

 カスミちゃんも予想外の事態にちょっと驚いている。

「日本でよく見た、プロジェクターの映像みたいね。

 カスミちゃん、調べてみたいから少し変わって」


「分かったわ」

 私が金属球から手を話すと、部屋はまた暗闇に包まれる。


「ステータス」

 今度はカスミちゃんが金属球に触れてステータスを発動した。


 体力 9999+

 魔力 9999+

 力  9999+

 素早さ9999+


 もちろんカスミちゃんの数値も振り切れている。


 私はカスミちゃんがしたように文字を手に映す。私の手の形に影が石版に映る。


 手を動かして文字を写したまま光の来る方向を探る。

 どうやら斜め上から来ている。


 背が届かなくなったのでレビテーションで浮遊しながら光路をたどって行くと、天井の小さな穴に行き着いた。


 斜めに穿(うが)たれた穴は天井の模様でカモフラージュされて巧妙に隠されている。

「ありがとう、カスミちゃんもういいわ」


 私は床におりるとクレヤボヤンスで見つけた穴の奥を透視する。

 間違いない。プロジェクターだ。

 剣と魔法の世界だと思っていたが、レンズを組み込んだ光学機器に液晶盤、電気配線、コンピュータチップのようにも見える部品など、今世と言うより前世でなじみが深かった装置に思える。

 今の科学技術水準を考えると明らかにオーバーテクノロジーだ。

 いったい何故……


 私は考え込んでしまった。


「アイネちゃん、大丈夫?

 何か分かったの?」

 再び真っ暗になった部屋の中で置いてきぼりにされたカスミちゃんが心配になって声をかけてくる。


「ええ、間違いなくプロジェクターだと思う。しかも液晶プロジェクターのような感じなの」

「えっ、今の世界にそんな技術があるの?」

「聞いたことがなかったけど、ここにあると言うことはどこか他にもあるのかも知れないわね」

「いったい誰が、何のために?」

「全く分からないわ。

 何故この技術だけがあるのか。

 何故王家の秘宝扱いなのか。

 疑問点をあげれば切りが無い。

 けど、今一番大切なことは、これを使ってどうにか3日後のステータス測定を乗り切れないかと言うことだわ」

「そうね。正確にはさっき0時をまわったから2日後になったみたいだけど……

 何か策は思いついた?」

「一つ可能性があるわ。

 液晶プロジェクターなら液晶分子の配列で文字を作り、光で拡大投影しているはずなのよ。もしかしたらできるかも……」

「どうやるの?」

「日本の液晶画面は電気を流したところだけ液晶分子のクリスタル構造とアモルファス構造が変化して映像を映し出すのよ。

 カラー液晶ならR(赤)G(緑)B(青)三色の液晶パネルを重ねてフルカラー表示の画面を構成するするの」

「???」

 どうやらカスミちゃんには液晶画面の発色原理は理解できないようだ……。


「説明するよりやってみるわ。

 カスミちゃん、もう一度ステータスを表示させてみて」

 私は理論ではなく実践で説明することにする。


「分かった。

 ステータス」

 カスミちゃんは私の言葉に頷きながら、ステータス表示の金属球に触れる。


 体力 9999+

 魔力 9999+

 力  9999+

 素早さ9999+


 再び壁にカスミちゃんのステータスが表示される。


 私はクレヤボヤンスでプロジェクターの液晶部分を解析し、小さく文字が表示されていることを確認する。

 次に文字を構成している液晶分子にサイコキネシスで働きかける。少し分子の配列を乱してクリスタル構造をアモルファス構造にすると、その部分の表示が消えた。

 体力の最初の9が5に見えるようになる。

「すごい!

 どうやったの?」


 私はカスミちゃんにクレヤボヤンスとサイコキネシスの併用で文字を変えたことを伝えた。


「私にはできないわ……

 サイコキネシスはできてもクレヤボヤンスは相変わらず無理だもの……」

 カスミちゃんが悲しそうにつぶやく。

「大丈夫よ。

 カスミちゃんの測定のときも私が文字を変えるから。

 それよりもう少し練習させて」


 それからしばらく私はカスミちゃんが表示したステータスを書き換えることで練習し、次に自分で表示した自分のステータスを書き換える練習もした。


 結論から言うと何とか上手く行った。

 表示がないところに正確に液晶分子をクリスタライズして文字を作るのは難しいが、表示されているクリスタル部分を乱してアモルファス構造にすることはたやすい。

 つまり、書けないけど消せるのだ。


 デジタル表示の9から線を消すだけでできる数字は、9、7、5、4、3、1の6種類、0、2、6、8の4種類はできない。十分だ。

 私たちは一旦月面都市に引き上げて、どのくらいの数値を表示させるか話し合った。


 既に剣術や魔法の授業でかなりやらかしているので、あまりにも低い数値は矛盾するだろう。

 騎士団長や魔術師長など数値が各1000を超えている人もいると言うことなので、そのくらいまでなら冒険者をしていたということでごり押しできそうだ。

 結果、私の数値は

 体力1451 魔力1715 力1343 素早さ1134

 カスミちゃんは

 体力1371 魔力1711 力1194 素早さ1437

 で行くことにした。


 これで枕を高くして眠ることができる。


 私たちは月面都市で熟睡し、次の日の朝のつじつま合わせが大変だったことはご愛敬である。





【ネタバレ】

 本話で登場した作品の設定に大きく関係している「プロジェクター」に関する真実は最終章で明らかになります。






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