第68話 久しぶりの全力勝負について……


 剣術の授業では、初日から生徒の実力をみたいと言うことで、経験があるものは申し出るように指導教官を務めるクリント先生がいう。

 自己紹介によるとクリント先生は現役の騎士で、城の護衛騎士団副団長を務め、かなりの腕前らしい。

 男子のほとんどと、私とカスミちゃんが手を上げた。

 女子はあまり剣術はたしなまないらしい。


 二人一組になって木剣で模擬戦をするように指示が出る。

 次々と手合わせをしていくクラスメイトたちの腕前は、まあ、12歳の子供ということで、それなりではある。

 そんな中、男子の最後に、キャスバル殿下と私の前の席のアーサー君が手合わせをはじめた。


 カンッ コンッ カンッ


 今までより大きく鋭い音が練習場に響き、周囲からどよめきが起こる。

 明らかにこの2人は他よりも上手い。


 王子がここまで戦えるのは英才教育のたまものだろうが、それと互角以上に打ち合っているアーサー君もたいしたものだ。

 クリント教官は3分ほど二人の戦いを見守ったところで止めの合図を出す。

「そこまでだ、二人とも。

 キャスバル王子もアーサーもさすがだ。

 王子としては異例の訓練好きという噂は本当だな。

 アーサーもさすがは騎士団長の次男だ。

 よく鍛えている。

 みんなも二人を見習うようにな!

 それでは最後にヘイゼンベルク君、ワットマン君女子は君たち二人だけだから、二人で手合わせするように」


 カスミちゃんとなら遠慮はいらないだろう。

 パワーなら私だろうが、スピードならカスミちゃんだ。

 私たちは並んで練習場の中央へ向かう。

「カスミちゃん、あれから1年ちょっとの間に腕は鈍っていない?」

「うーん、どうだろう。

 練習はしていたけど、アイネちゃんみたいに全力出せる相手がいなかったから…

 そういうアイネちゃんはどうなの?」

「何度かトラブルがあって剣は抜いたけど、やはり全力では練習できていないわね……」

「それじゃあ今日は久しぶりに思いっきりやれるね」

「そうだね。

 寸止めルールで全力勝負よ!」


 そこまで、話したところで練習場の中央に着いたので、二人は距離を少し取り、木剣を中段に構えて対峙する。

「はじめ!」

 クリント教官の合図で私とカスミちゃんは一瞬で距離を詰め剣を打ち合わせた。


 パキッ


 その瞬間、大きな音がして打ち合わせた二人の木剣が砕けた。

 どうやら、私たちの全力に剣の強度がついて行かなかったようである。


 周りは水を打ったように静まりかえり、みんな呆然と私たちを見つめている。

「お前たち、そのスピードはいったい何だ。

 この私が見えなかったぞ。

 それにしても、剣が砕けるとは…

 古くなっていたのか?

 とりあえず代わりの剣を用意しよう」


 クリント教官ですら追い切れなかったと言うことは、他の生徒も見えていなかったのだろうか。

 それでみんなあの表情なのだ。


「あの、もしよかったら鉄の剣をお願いできませんか?

 私たち二人とも冒険者をしていましたので…」


 カスミちゃんがクリント教官にお願いしている。

 たしかに、木剣ではまた砕けてしまうかも知れない。


「わかった」

 クリント教官はすぐに鉄の剣を用意して渡してくれた。

「女の子には少し重いと思うが、これが一番軽い鉄の剣だ」

「「ありがとうございます」」

 私たちはハモりながらお礼を言うと、鉄剣を受け取り試し振りしてみる。

 なるほど軽い。

 普段私たちが使っていた鉄剣の半分程度だろうか。

「アイネちゃん、これ少し軽すぎない?」

 カスミちゃんも同じことを考えているようだ。

「そうだね…、今度は壊さないように気をつけないとね…」


 私たちの素振りを見て、周囲がざわついている。

「あれホントに鉄の剣か?」

「なんであんなに軽々と振れるんだ?」


「刃は潰してあるが怪我しないようにな。

 それでははじめ!」

 クリント教官のかけ声で私たちは試合を開始した。


 キンッ! カンッ


 金属の打ち合う鋭い音が試合場に響く。

 周囲は私たちの剣技に固唾をのんでいる。


 二十合ほど打ち合ったところで、私の剣がカスミちゃんの左首筋に、カスミちゃんの剣が私の左脇腹に接した位置で寸止めされた。


「やっやめ!」

 クリント教官が慌てて止める。

「引き分けね、カスミちゃん」

「そうね、さすがだわアイネちゃん。

 スピードでは分があると思っていたけど、ほとんど差がないわね」

「それはカスミちゃんもよ。

 パワーでは分があると思っていたけど、差がないみたいだったわ」

「「フフッ」」

 私たちはお互い笑いが漏れた。


「驚いた!

 二人ともすぐに騎士団に入れるぞ!

 俺から推薦しようか!!」

 クリント教官がやたらと興奮している。

「あの、私たちまだ入学したばかりなんですが…」

 私の抗議を受けてクリント教官が少し考えたが、何か思いついたのかニヤリと笑うと口を開いた。

「大丈夫だ。俺の推薦で飛び級させる。」

「アイネちゃん、飛び級ってできるの?」

「そんな制度があったけど、成績がとても優秀な生徒だけが2年に上がるとき1級とんで3年生に編入になるはずだけど…

 教官、入学後すぐに飛び級で卒業できるんですか?」

 私が指摘すると、クリント教官はこめかみに汗を垂らす。

「うっ、そうだったか?

 今から、学園長に確認してくるからしばらく自習だ。

 各自練習しておけ!」

 そう言うとクリント教官は脱兎のごとく学園長室へ向けて駆けだした。

 ビッグラビットの逃げ足を彷彿とさせる見事なスピードである。


 教官がいなくなると目をきらきらさせて王子とアーサー君が近寄ってきた。

「すごいな、二人とも。

 さすがに4年も冒険者をやっているだけのことはある。

 俺も7歳のときアイネリアにあって以来、剣と魔法は鍛えたつもりだったが、明らかに君たちの方が上だ。」

「王子から聞いていましたが、正直これほどとは思いませんでした。

 今度是非お手合わせしてください」


「あの、私たち女の子なんですが…」

「強さに男女は関係ない!

 俺も君たちと剣を交えてみたい」

 私は抗議の声を上げたがキャスバル王子に一蹴された。


 そんな私たちの様子を、他のクラスメートたちはきらきらした目で見ている。

 2人の例外を除いて…


 そう、ナターシャさんとイリアさんだけは、殿下たちと話している私たちを、まるで呪い殺さんばかりの視線で見つめてきていた。


 授業終了間際になってクリント教官はがっくりと肩を落とし練習場に帰ってきた。

「すまない、二人とも。

 やはり飛び級でいきなり卒業は無理だそうだ。

 しかし私は待っているぞ!

 是非とも飛び級して2年後には我が護衛騎士団に入隊してくれ。

 それでは今日の授業は以上だ」


 授業からの帰り際、キャスバル殿下から明日の魔法実技も楽しみだと告げられ、明日は自重しようとカスミちゃんと相談した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る