第46話 カスミちゃんの受難… (46話)
上空に浮かぶ複数の巨大スクリーンは全てホログラムのようだ。
そこに写っている人物は、昨日ステーキハウスで不審な動きをしていた二人組とよく似ている。
ただし、ニット帽はかぶっていない。
面長吊り目の特徴的な顔立ちであり、特に耳がとんがっているところが人間離れして見える。
スクリーンの人物が続ける。
「繰り返す。
我々はローミラール星間帝国第56宇宙師団である。
ただちに降伏せよ。
……………
お前たちの文明と言語は潜入捜査で把握した。
抵抗は無意味だ。
指示に従わないものは消去する。
猶予はただいまから10日後だ。
10日後に各国の代表者へ我々の使者が確認に訪れる。
降伏しない場合はこの星系で最も進んだ文明を持っていると思わしきこの街と同じ運命となるだろう。
諸君らの賢明な判断を期待する。
以上」
そう言い終わると画面が切り替わり、整然と並んだ美しい町並みが映し出された。
高層建築物や彫刻が施された立派な建物が多数林立している。
「「あっ」」
その街を見て私とカスミちゃんは思わず声を上げそうになる。
間違いない。
スクリーンに映し出されたのはカスミちゃんがこの3年間、魔法の練習を兼ねて創り続けている赤い月の裏の月面コロニーだ。
隊長たちは見たこともないような美しい町並みに呆然となっている。
しかしながら、造形こそ美しいが、その実、全部粘土細工の建物であることは、私とカスミちゃんだけの秘密である。
おそらく、繊細な建築様式を見事に再現した建造物群に、ローミラール人たちも勘違いして、赤い月のコロニーが最も進んだ文明だと思ったのだろう。
なにせカスミちゃんのサイコキネシス制御は、造形に関してだけなら私よりも上手なのだ。
前世で大学の夏休みを利用して世界各地を観光し、実物を見てきたと言うだけあって、写真などでは再現できないであろう細かい部分までこだわって造られている。
建築物一つ一つにカスミちゃんの愛を感じる完成度なのである。
画面の中のコロニーの街のようすを見ていると、その街へ向かって、無数のミサイルと思わしき物体が多数降り注ぐ。
赤い月のコロニーは、実は今クリスタルのドームに覆われていない。
一度は、クリスタルドームで覆い、中に酸素を満たしたのだが、建築物が粘土製ともろかったため、空気を入れると2、3週間後には風化が進行し、建築物に被害が出たからだ。
苦心の作であるピサの斜塔が崩壊したときには、カスミちゃんは絶叫していた。
そこで風化を遅らせるために、クリスタルのドームを取り外したのである。
真空状態では空気分子による風化は起こらないからである。
その後は、巨大なクリスタルグラスの中空玉を私が創り、玉の中に空気を満たして簡易宇宙服とし、この中空玉の中に私とカスミちゃんが入って赤い月コロニー内を散策したりした。
クリスタルグラスの中空玉内で私たちが歩くと、玉が転がって移動できる。
なれないうちはコントロールが甘く、何度か粘土の建物に衝突して破損させることもあった。
再建したばかりの粘土製ピサの斜塔に衝突し、根元からぽっきり折れたピサの斜塔を見たときは、カスミちゃんの二度目の絶叫がコロニーにこだました。
実際は真空なので街に音は伝わらず、中空玉の中でこだましたのだが…
そして今、私たちの3年間の思い出とカスミちゃんの努力の結晶へとミサイルが撃ち込まれているのだ。
真空状態で、全く音がない世界は限りなく静かだ。
画面の中で巻き起こる爆発も、無酸素の元では火薬のもつエネルギー以上の破壊はもたらさない。
建物に延焼することもない。
延焼しようにも粘土はそもそも燃えない。
次々と崩壊していく粘土の建物たち…
現代風高層ビルはもちろん、コロッセオもスフィンクスもピラミッドも…
三度の再建を経て先月完成したばかりのピサの斜塔も土塊(つちくれ)へと戻っていく。
「いやーーーっ」
カスミちゃんは自らの心血を注いだ傑作が見る影もなく破壊される様を見たくないのか激しく首を振りながら大粒の涙を流している。
無音のスクリーンはあくまでも無情だ。
おそらくこの光景は、この星のあらゆる国や都市の上空に投影されているのだろう。
この、圧倒的なテクノロジーを持つ外来者に対して、この星の文明はあまりにも無力である。
おそらく前世の地球のテクノロジーより、軽く1000年は進んでいると思われる。
最後に特大のミサイルによって最も巨大なマチュピチュ遺跡を再現した古代風都市が瓦礫へ変えられると同時にカスミちゃんは気絶した。
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