第21話 1日目の午後は森の中に突撃です… (21話)
今のところ本日の収入は3100マール、支出は1000マール、現状2100マールの黒字である。
ここはもう少し稼いでおきたいところではあるが森の中がどんな様子かも実際に行って確かめたい。
クレヤボヤンスで視点を切り替えて見たところ、最初はまばらに木が生えているだけだが、奥に行くとかなり鬱蒼としたジャングルになっている。
とりあえず途中に生えている薬草を道すがら引っこ抜きながら進む。
1時間ほど歩くと草原と森の境界に到着した。
今の私は、もともとルフルの森で狩りをしながら祖父と生活していたという設定なので、実際に自分の目で見て、会話中にボロが出ないようにしておきたい。
南のルフルの森は地図で見た限り北海道と同じくらいの面積を持つ広大な森で、奥に行けば行くほど凶暴な獣や魔獣がいるということだった。
ハンターや冒険者以外の人はほとんど立ち入らず、街や村は森の中にはない。
まさに野生の王国状態なのだ。
入り口付近にはそれほど危険な動物はいないはずなのでとりあえず森へと分け入った。
最も、今の私なら、不意打ちさえされない限りどんな相手だろうが超能力でねじ伏せることができるだろうが…。
悪目立ちはしたくないので、できる限り出会った獣は普通の方法で狩っていくことにしている。
1時間ほど散策するとかなりの薬草と5羽のウサギが捕れた。
気配があればクレヤボヤンスで確認し、テレポーテーションで後ろに回り込んでさくっととどめを刺すだけなので簡単だ。
草原のウサギよりも少し大きく、お肉の量も多そうだ。
いい収穫になったのでそろそろ引き上げようかと思ったとき、前方の茂みに今までよりも大きな気配がする。
クレヤボヤンスで確認すると灰色の大きな動物が潜んでいる。
隊長は3メートルほどだろうか、白っぽい灰色をしている。
グレーベアーだろうか?
図書館で覚えた知識と照らし合わせていると、その動物から長い耳がぴょこんと跳びだした。
巨大ウサギだった。
どうやらビッグラビットという魔獣のようだ。
私はテレポートで回り込もうとしたが、ウサギの方が少し早く行動も出た。
ウサギは地面を蹴り飛ばし石つぶてを放った。
無数の石は蹴られたとき以上に加速して私に迫る。
土魔法のようだ。
実際はサイコキネシスで飛ばした石を加速しているのだろう。
私は落ち着いて石の到達前にテレポーテーションを発動し、ウサギの向こう側に回り込む。
すると、石つぶてと同時に180度回頭して全力逃走を始めているウサギの正面に立つことになった。
ビッグラビットがもろに胸部にぶつかってきたのだ。
いくら力が強くても体重差と体格差はどうしようもない。
私はウサギの大きな頭にしがみつく。
しがみつかれたウサギは私が邪魔で視界が悪くなったため、でたらめに跳ねて振り落とそうとする。
このままではいつ木に激突するか分からない。私は腹筋に力を入れ、両肘でウサギの頭頂部を、両膝でウサギのあごをホールドすると、そのまま全力を込めた。
バキッと鈍い音がし、ウサギがヨロヨロと倒れる。
頭蓋骨を粉砕したのだ。
私は大きく乱れた息を整えると剣でウサギにとどめを刺し、血抜きをした。
反省だ。
もしウサギに角があったら、テレポートした瞬間に串刺しだった。
良くて重傷、悪ければ死んでいたかも知れない。
いくら魔力や力が高くてもただの皮膚や筋肉では丈夫さに限界があるし不意を打たれれば取り返しが付かない事態も起こりえるということなのだ。
この世界には治癒魔法や結界魔法はないといわれている。
王立図書館の禁書コーナーにもなかったのだから、まだ発見されていないか本当にないのだろう。
地球で言う超能力で説明が付く現象しか引き起こせない程度には科学的な物理法則に従っている世界なのである。
時間に干渉する魔法もないので時間の巻き戻しなどはできない。おそらく時間に干渉したのは私の空間歪曲による重力魔法が初めてではないだろうか。あの方法で時間の進行を遅らせることはできるが、中に生命体が入れられた場合つぶされてしまい、生命活動は維持できないのではないかと予想される。
何にしても油断は大敵だ。
今後テレポートを戦闘中に取り入れるときは、出現点の状況にも気を配って戦うことを忘れないようにしようと決意した。
さて、この巨大ウサギをどうするかだ。
どうやって仕留めたかの言い分けと、どうやって運搬するかも考えないといけない。
全力で持ち上げれば運べないことはないが、7歳の私がこんな重たいウサギを担いで帰れば大騒動になることは予想できる。
ウサギを見ながらしばし思考が停滞する。
ボーッとしながらひっくり返ったウサギを眺めていると、前世の私の記憶がある童謡を思い出し、思わず「待ちぼうけ」の歌を口ずさんでいた。
ウサギが切り株で自爆するあの童謡である。
はっこれだっ! ひらめいた。
ウサギの死因は頭蓋骨粉砕骨折。
驚いたウサギが木にぶつかって死んだことにすればいい。
私は血抜き中のウサギの血を土魔法で作ったバケツに集め、血抜きが終わると森の外れまでウサギを担いで移動する。
大きな木の幹に死んだウサギの頭を再び激突させ、木の幹に衝突痕を作る。
その後、ウサギの血抜きしたときの傷口の下に、バケツで集めたウサギの血をぶちまけ、この森の外れで木にぶつかって失神したウサギにとどめを刺したと説明しても矛盾しない状況を作る。
準備が終わると街の城門へと急いだ。
城門で検問している衛兵のお兄さんに、たまたまビッグラビットを討伐したから荷車を貸して欲しいというとびっくりされた。
報告は当然隊長であるヘンリーさんに伝わる。
慌てて出てきたヘンリー隊長は報告の主が私であることに気がつくとびっくりしたようなあきれたような表情をし、事情聴取のための部屋に私を案内する。
「アリアちゃん、どういう経緯か説明してもらえるかな?」
記録兵と一緒に対面に座ったヘンリー隊長が聞いてくる。
「あの、私、薬草を探してどんどん歩いていたら森の入り口まで着いてしまったんです。そしたら、私に驚いたのか茂みに潜んでいた大きなウサギが突然跳びだして逃げ出し、大きな木に衝突してひっくり返ったんです。まだ生きてぴくぴくしていたんで、これ取って帰ったらお肉たくさん取れるかなって思って、首を剣で切りつけてとどめを刺しました。運ぼうとしたんですけど重くて一人じゃ担げそうになくて、荷車があれば運べるかなって思って一旦帰ってきたんです」
私は用意していた言い分けを流ちょうに口にする。
大半は私の本当のステータスや能力がばれないための保身目当ての嘘であるが、誰にも迷惑かけるわけじゃないからいいよね?!
「そうか、それは運が良かったな。肉食獣に見つかっていなければ今から取りに行ってもあるかも知れない。よし、私が一緒に行こう。それにしても怪我がなくて良かった。ジョン、ちょっとビッグラビットを引き取ってくるから荷車を出してくれ!」
「はい、隊長」
記録を取っていた衛兵のジョンさんが素早く退室して倉庫に向かった。
結局ヘンリー隊長には迷惑をかけることになってしまった。すいません…。
私と隊長は荷車を引いて、現場へ向かう。
荷車を私が引こうとするとヘンリー隊長から力仕事はおとなに任せるように諭された。
道すがら私はヘンリー隊長に質問する。
「ねえヘンリー隊長。ビッグラビットを一人で捕るにはどれくらいのステータスがいるんですか?」
「そうだな、普通のおとなのステータスがあれば狩れないこともないが、あいつらは素早い上にすぐ逃げるからな。力と素早さがかなりないと無理だろうな」
「そうですか…」
そうつぶやくと私は考え込んでしまった。
またビッグラビットと出会ったら、もうこの『待ちぼうけ作戦』は使えない。
そう何度もウサギが木にぶつかるのは不自然だからだ。
実際に昔聞いた童謡でも、味を占めた男が切り株にウサギがぶつかるのを待ち続けて没落するというストーリーの2番以降が存在した。
ということは私が倒してもおかしくないほどステータスが高いことにしないといけない。
実際には軽くウサギを狩れるステータスはあるのだが…。
しかし私は7歳児だ。
力や素早さを100以上あることにしても疑われないのだろうか。
とにかくこの壊れたステータスがばれたら一般庶民として暮らしにくくなり、良くて幽閉、悪ければ実験動物コースだろう。
やはり、もうしばらくは慎重に行くしかない。
次にビッグラビットが捕れたときは、月面コロニーの冷凍保存室でお蔵入りしかないかな。
そんなことを考えていると森の入り口に到着した。
オオカミのような肉食獣には嗅ぎつけられていなかったようだ。
私はウサギが転がっている大木の根元へヘンリー隊長を案内する。
ヘンリー隊長の目はウサギを見ると二倍くらいの大きさに見開かれ、硬直した。
「でかいな…」
「そうなんですか?」と私。
「普通のビッグラビットは体長2メートルくらいで150kg位だ。こいつは3メートルはあるんじゃないか。よく仕留めたもんだ」
「木にぶつかって気絶していたから簡単でしたよ」
「そうか…」
私の脳天気な返答にヘンリー隊長は言葉が続かなかったようだ。
長さが1.5倍なら体積は3.4倍くらいになる。ということは150×3.4で体重500kgオーバーだ。
私は取れるお肉の量に期待して少し浮き浮きした。
いざ、荷車に乗せようとして問題が発覚する。ウサギが重すぎてヘンリー隊長だけでは持ち上がらないのだ。
こんなことならジョンも連れてくるんだったとぼやくヘンリー隊長に、私も手伝いますと声をかけ、傾けた荷台に、隊長と一緒になってウサギを引きずりあげる。
すると驚いたようにヘンリー隊長が声を上げた。
「なんだ?急に軽くなったぞ!」
私が一緒にビッグラビットを引っ張っているのを確認すると更に驚いたようだ。
「まさかと思ったが、アリアちゃんかなり力持ちみたいだな…」
「はい、毎日鍛えていますから、7歳にしては力持ちみたいです。祖父からもよく言われていました」
これでごまかせただろうか…。
ヘンリー隊長は視線をウサギに戻すと作業を再開することを選択したようだ。
無事にウサギを荷車に乗せ、ギルドまで隊長と一緒に持ち込んだ。
冷蔵庫のないこの世界では食品の保存はあまり利かない。
生肉で食べきれない場合は干し肉にしたりする。
ギルドにウサギの解体を依頼し、2~3日で消費しきれる程度の一部の肉だけ引き取り、残りの肉と毛皮は買い取ってもらうことにした。
隊長は一旦営舎に戻って帰り支度をしに行った。
一時間後、隊長が帰宅の準備を済ませて営舎からギルドに戻ってきた3分後に、解体と代金の計算が終わり受付へ呼ばれた。
今日対応してくれた受付の人は若いお姉さんである。
「アリアちゃん。今から買取金額の説明するけどいい?」
「ハイ、お願いします」
いったいいくらになるのだろう?普通のウサギが体長40センチくらいで、毛皮が1500マールだった。
今回は3メートルオーバーでお肉も大半は買い取ってもらう予定だ。
長さが7.5倍なら表面積は約56倍だから毛皮だけで1500×56で8万マールオーバーも夢じゃない。
お肉も含めると10万マールオーバーも夢じゃないかも知れない。
私はわくわくしながらお姉さんの言葉を待つ。
「まず毛皮だけど、これだけ大きくて傷もないものは貴重なので40万マールの査定が出ているわ。骨は素材として売れる部分があって大きくて丈夫だったから5万マールね」
なんと、骨と皮だけで当初の買取見込み額を軽くオーバーした。
「そしてビッグラビットのお肉。ウサギの仲間は大きいほどやわらかくて脂ものっているから美味しいの。今回はさばく前の体重が600kg超えてて、お肉だけでも355kg取れたのよ。お持ち帰りの5kgを差し引いて350kg分を100g150マールで買い取ると52万5000マールね。合計97万5千マール。大金貨1枚、中金貨4枚、小金貨7枚、極小金貨1枚。確認お願いします」
いい意味で予想を裏切られた。
昨日の宝石に続いて思わぬ大金が懐に転がり込んだ。
ウサギ様々だ。
それにしてもお肉の買取金額が高いような気がするがいいのだろうか。
「あの…お肉100gで150マールもいただいていいんですか?」
私がおそるおそる聞くと受付のお姉さんは笑って教えてくれた。
「大丈夫よ。これだけの上質なお肉なら100g300マールで売ることも可能だわ。街のお肉屋さんに卸してあげるときでも100g200マールはするはずだから、ギルドもかなり儲かると思うわ」
「説明ありがとうございます。安心しました」
「それにしてもアリアちゃん。俺より高給取りだな」
ヘンリー隊長が冗談ぽく言う。
「これで下宿代も払えますね!ウサギ運ぶの手伝ってもらったし、お礼も兼ねて、ご飯も今日は私のおごりにしますよ隊長!」
「そうか…、小さい子に金を出させるのは気が引けるが、ウサギの運び賃としてありがたくおごってもらうことにするかな」
ヘンリー隊長は少し戸惑った様子だったが私が今日の食費を出すことに同意してくれた。
このとき、大金貨を含む大金の入った小袋をリュックにしまう私の様子をじっと見つめている目つきの悪い3人組がいたことに私は気づいていなかった。
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