第20話 見習い冒険者1日目です… (20話)
朝起きると、ヘンリー隊長は昨日の残りのパンとスープで朝食を準備していた。
「今日はどうするんだい」
隊長の問いかけに私は即答する。
「もちろんギルドに行って依頼を受けます」
「そうか、それじゃあギルドまでは通り道だし一緒に行こうか」
そう言ってヘンリー隊長は仕事支度を整えに一旦自室に戻った。
私も、マッドウルフ討伐時に急造した鉄の剣を装備し玄関を出て素振りしながら待つ。
朝の訓練がてらに剣を振り回していると、ヘンリー隊長も衛兵の仕様であらわれた。
「おいおいアリアちゃん。見習い冒険者は討伐依頼を受けられないんだよ」
私が激しく剣を振り回していると、ヘンリー隊長が心配そうに声をかけてきた。
「はい、今日は薬草の採取をしようと思っていますので、万一草原でお肉になりそうなウサギとかが居たら捕ってこようと思っています」
「そうか…、くれぐれも無理はしないようにな。
このあたりの草原にいる動物と魔獣について、ギルドまでの道すがら説明しよう」
「お願いします」
「それにしても勢いのある剣筋だな」
そう言うとヘンリー隊長は大通りへ向けて歩き始める。
力と体力が騎士団長並みなのだから剣に勢いがあると衛兵の隊長が評価してくれるのは当然と言えば当然だのだが…、自重した方が良いのだろうか。
「ありがとうございます」
剣筋を褒められたことに礼を言い、私もヘンリー隊長の後を追う。
隊長が話してくれた情報によると、近辺の草原や森には小型のウサギの他に、魔獣化した大型ウサギのビッグラビットがでるらしい。
森の奥の方へ入らなければマッドウルフとかの危険度が高い魔獣はいないそうだ。
そのほか食用にできるキジやハトのような鳥や大型化した魔鳥もいる。
しかし、相手は空を飛ぶのでこれを捕獲してくるとどうやって捕まえたのか説明に困る。
ちなみに、魔法を使うことができるのが魔獣や魔鳥で、魔法が使えないのが普通の獣や鳥だ。
マッドウルフは金縛りという魔法を使うことがあるそうだが、効果は小さく、完全に動けなくなるような強い金縛りはキングマッドウルフぐらいにならないと発動できないらしい。
ビッグラットは土魔法の石つぶてを使ってくるそうだが、小石程度なので気をつけていれば問題なく躱せるらしい。
ギルド前で隊長と別れ、後ろ姿を見ていると、隊長がお弁当箱を持っていないことに気がついた。
そうか、私が居候したから、隊長のお弁当の分を昨夜と今朝で私が食べてしまったのかも知れない。
私は美味しい食材を狩って隊長にお弁当を届けようという決意を胸にギルドのドアをくぐる。
ギルドは朝から条件のより良い依頼を求めて冒険者がたくさん来ている。
薬草の採集は常時依頼らしいので、依頼票を探す必要は無く、手ぶらで窓口に並び受付を済ませる。
ギルドを後にするとすぐに都市の門へ移動する。
街から出る人の列に並び、チェックを受けて草原へと向かう。
ヘンリー隊長はまだゲートに来ていなかったが、ギルドカードを見せるとすんなり外に出ることができた。
門から十分に離れると私は静かに目をつぶりクレヤボヤンスを発動して上空からの視点で目的のものを探す。
薬草らしき群生地を見つけると、視点を移動して図書館で覚えた薬草の特徴と一致しているか確認した。
10分ほどこの確認作業を続けるとここから南の森までの間に、薬草の群生地3カ所と野生のウサギ4匹が見つかった。
まずは逃げられる前にウサギを狩ることにする。
周囲に人がいないことを確認するとテレポートでウサギの後ろに飛び、頸動脈を切断し、逆さにつるして血抜きする。
これを4回繰り返すと、次は薬草の群生地に行って取り尽くさないように気をつけながら、全体の3分の2ほどを採取する。
適当に間隔を開けて残しているので、そのうちまた繁茂してくれることだろう。
採取した薬草は1本平均100gとして1000本はあるから、100kgほどありそうだ。
100gで大銅貨1枚(50マール)で買い取ってもらえるらしいので採った薬草のうち30本分、3kgほどの量をリュックに詰め、依頼分としてギルドで売却することにする。
およそ1500マール分だ。
この程度なら初心者の見習い冒険者が集めた量としても妥当だろう。
残りの薬草はウサギ3匹と一緒にアブソリュートゼロで瞬間冷凍して保存する。
ウサギの残り1匹はギルドで解体してもらって皮は売り、肉はヘンリー隊長のお弁当にすることにする。
ここまでの作業を終えると私はテレポートで月面コロニーに飛び、保存する分を自室としている高層ビル最上階の部屋の隣部屋に持ち込む。
この隣部屋を保存室に改造する予定だ。
残念ながら時間停止の能力やアイテムボックスの能力は私に無いので長期保存する手法を何とか考えたいところである。
アブソリュートゼロで冷凍しても時間が経つと自然に常温に戻るから、しょっちゅう冷凍し直さないといけなくなる。
うっかり忘れて解凍してしまい腐らせたら目も当てられない。
何とか絶対零度状態を保つ方法はないのか必死で考えた。
結果、今ある能力でできそうなのは真空化による熱の伝播の遮断と重力制御による時間経過の遅延である。
月面コロニーの広大な範囲を惑星と同じ重力になるまで空間歪曲率を変更できたのだから、この部屋の一部を超重力化に置いてしまい、時間経過を遅くできるのではないだろうか。
前世の物理学者はアインシュタインが相対性理論で予測した重力が大きいほど時間経過が遅くなるという現象を、実験で実証していたので、この世界でもできるはずだ。
私は部屋から出ると部屋の壁を強化し、サイコキネシスで部屋の中の気体分子を全て外に出し、冷凍物の温度変化を観察する。
どうやら上手く行ったようだ。薬草や冷凍ウサギの構成分子の熱運動は、先ほどより明らかに低温状態を維持できている。
次は空間の歪みの調整による重力制御だ。
時間がゆっくりになるほど高重力にする必要がある。
どれほど高重力にすれば良いのか手探りだ。
私は実験的に1本だけ薬草を採りだし、サイコキネシスで部屋の真空空間に浮かべると空間の歪曲率を大きくし重力をかけていく。
周りの空間はひずまないように気をつけてどんどん魔力を込める。かなり高重力になったところで薬草は従来の10分の1ほどに小さくなって見える。
緑だった薬草の色はかなり赤みを帯びてきた。
重力が光に干渉し赤色変移が起きているらしい。
もう一息だろうか?
魔力をぐっと込めるとその瞬間、薬草は真っ黒い点となりあっという間に空間から無くなった。
これはもしや?
悪い予感がする。
赤色変移したところでやめておくべきだろう。
私は残りの薬草と冷凍ウサギ3匹分を赤色変移する程度の歪曲空間に置き、再びテレポーテーションで草原へと戻った。
ちなみに薬草を飲み込んだあの真っ黒い点がミニブラックホールであり、すぐに消えてしまったのは、ブラックホールをこの空間自体が支えきれなくなり、別次元へと落ちてしまう現象、『ブラックホールの蒸発』だと言う予想は、この日の就寝時に聞こえてきた久しぶりの脳内アナウンスで空間魔法クリエイトブラックホールを習得したことが通知されたために、確信へと変わった。
それにしてもミニサイズとはいえブラックホールを作っても枯渇しなくなっている私の魔力はいったいどのくらいまで伸びているのだろう。
最近は怖くて詳しく見ていないのである。
草原から街に戻り、ギルドに依頼達成報告し、ウサギ1匹分の解体、ウサギの皮の買取を依頼する。
薬草は1600マール、ウサギの皮は解体手数料を差し引いて1500マールで売れ、私は大銀貨3枚と小銀貨1枚、それにウサギ肉1匹分を手に入れた。
ずいぶん早く薬草を採取してきたことに驚かれたが、たまたま群生地を見つけたことにしてごまかした。
私は大銀貨1枚でパンと野菜を購入し、ヘンリー隊長の自宅に戻るとキッチンを借り、スライスしたパンに火魔法(パイロキネシス)で焼いたウサギ肉の薄切りを野菜と一緒に挟んでいく。
味は塩しかないためシンプルだが、試食してみたところなかなかいいできだ。
時刻は11時半、バスケットに入れたサンドイッチを持って街の出口へ走る。
するとちょうど門にはヘンリー隊長の姿も見受けられた。
私は外に出る人の列に並ぶと、ヘンリー隊長の受付が空くまで順番を後ろの人に譲り、ヘンリー隊長にバスケットを渡して午後の採集に向かう旨を伝えた。
「ありがとう。このサンドイッチはどうしたんだ?」
ヘンリー隊長はバスケットを受取ながら聞いてくる。
「午前中の採集でたまたまウサギが捕れたので、パンを買ってきてサンドイッチにしました。お昼代わりに食べてくださいね」
ニコッと笑ってみせるとヘンリー隊長は少し困ったような表情を浮かべる。
「そうか、あまり危険なことはしないようにな」
「分かりました。行ってきます」
「アリアちゃん、暗くなる前に帰ってくるんだぞ!」
ヘンリー隊長の心配げな声に一旦振り返って手を振ると私は草原へとかけだした。
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