胎児転生 輪廻の先は侯爵令嬢!?

安井上雄

第1話 転生したら胎児でした… (第1話)

「東京都古武術柔術大会成人女子の部決勝戦を始めます。東都大学4年 宮川藍音(みやがわあいね)、豊日自動車 相川蒼羅(あいかわそら)」


 私は、呼び出しに応じて開始線に立った。


 決勝の相手の相川選手は全日本古武術柔術ランキング1位、向かうところ敵なしの199連勝中29歳だ。


 私はというと、高校で全国優勝して注目を集めたのは遙か5年前、国立大学受験と入学後の大学生活があまりに忙しく、ここ2、3年は道場に通うのも週1回まで減っていた。


 大学4年になって卒業研究が順調に進み実験データが予定より早く集まったため、ようやく古武術柔術の大会に向けて練習でき、卒業間近の2月の都大会に参加できたという次第だ。


 ブランクが心配されたが、体が覚えていたのか、ここ3ヶ月のトレーニングで体力も戻り、何とか決勝まで生き残ったという状況である。



 しかし、決勝の相手である相川さんは私の道場の先輩でも有り、私の全盛期であった高校の頃でも10回に1回くらいしか勝てなかった実力者だ。


 勝ち目は薄いと認識しつつも気合いだけは負けたくないと相川さんの目を見て視線をずらさないように心がける。



 「はじめ!」


 審判の合図でゆっくりと前に移動し始めた相川さんに対し、奇襲以外に勝ち目はないと感じた私は、古武術柔術では無謀とも言える開始早々のダッシュに打って出た。


 少し意外そうな目をした相川さんだがすぐに冷静な光が眼に宿り、駆け寄る私に対して投げ技を準備する。


 私もこの動きは想定済みだ。

 相手の勢いを利用して投げようとする相川さんの技を更に利用するため相川さんの目前で低く沈んだ姿勢を取り、私の腕をつかもうと伸ばされた相川さんの袖を下から逆につかみ力の方向をずらしながら自身は反転して投げを打つ。


 やったと思った瞬間、私の投げの勢いを相川さんはそのまま自身の回転の力に変換し、その回転に巻き込まれる形で私は畳へと投げつけられた。


 受け身を取ったが一瞬遅れ、どうやら後頭部を強打してしまったようだ。

 痛みはないがなんだかくらくらする。

 脳をかなり強く揺さぶられたようだ。



 勝者である相川さんの勝ち名乗りを聞くために立ち上がった私だが、すぐにへなへなとへたりこみ、視界が暗転する。

 私は意識を失った。






 次に私が意識を取り戻したのはどこか分からない真っ暗な場所だった。

 体を動かそうとするが上手く動けない。

 目を開けようとしてもまぶたがいうことを聞かない。

 認識できる五感は音と感覚だけである。


 トクントクンというゆっくりした心音と、トクトクトクという早い心音、何かの液体が流れているようなザーという音、そしてぬるま湯につかっているかのような心地よい温度だけが今の私に分かる全てだ。


 ここはいったいどこなのか。

 自分はどんな状況にあるのか。


 私は猛烈に周りが見たいと願い眼に力を入れる。


 するとぼんやりと薄暗い天井が見えた。


 なんだか天蓋のように見える装飾を施された小さな天井だ。

 薄暗い天井を照らしているのは少し離れたテーブルに置かれたランプのようだ。


 もっと詳しく見ようと意識を集中したときに違和感に襲われた。


 私はまぶたを開けていない。


 なのに天井が見えている。


 なぜ?そう思っていると視界は徐々に暗転し、また元の暗闇に戻っていく。

 同時にものすごい眠気が私を襲う。


 ダメだ。

 眠い。


 私が睡魔に負けて眠りの世界に落ちようとしたとき、その音は聞こえた。

『ピンポンパンポン クレヤボヤンス(透視)を習得しました』

 チャイムに続いて女性の声が頭の中に響き、意味不明な知らない単語が頭に響く。


 理解できない状況が更に混迷を深める中で、私は意識を手放した。






 次に私が意識を取り戻したとき、なんだか周りが少し騒がしいように感じた。


 私は再び意識を眼に集中し周りを見ようとする。


 私の目の前にはテーブルクロスがあり、その向こうにテーブルの天板の下が見える。

 どういう理屈か分からないが、目は開かないのに周囲の様子が認識できている。


 更にその向こうを見ようとすると、なぜかテーブルが透けて見え、テーブルの上の食物が下から見えた。


 その向こうには金髪碧眼の美青年と青髪碧眼の小さな男の子が座って食事をしている。


 自分の上を見ると下から仰ぐ形で女性の顔が見えた。

 髪は男の子と同じ青髪だが、眼の色は分からない。

 というか顔そのものが見えない。


 この位置からではあごしか見えないのだ。


 何とか顔が見えないものかと、更に眼に気合いを入れると、なぜか視点が移動し、女性を正面から見ることができた。


 青髪黒眼の美女である。

 年の頃は20台半ばだろうか。

 透き通るような白い肌。

 東洋的な顔立ちに優しい笑みを浮かべて男の子に話しかけながら食事をしている。


 ここまで見るとまた視野がブラックアウトしてきた。

 同時に眠気も襲ってくる。


 前回よりはかなり長い時間意識を保てたがせいぜい1~2分だったろうか。


 そう感じながら私が眠りの世界に旅立とうとすると、再びあの音が聞こえた。


『ピンポンパンポン クレヤボヤンス(視点切り替え)を習得しました』

 再び意味不明の言葉が脳内にアナウンスされる。

 どうやら、私が女性を正面から見たことが関係あるのだろうとぼんやり考えながら、私は意識を手放した。




 次に意識が戻ったとき、女性の声が聞こえた。

 耳から聞こえるというより体全体を伝わって聞こえるような不思議な感覚だ。

 しかし、なんといっているのかは全く分からない。

 日本語でも英語でもドイツ語でもない。


 私はとりあえず眼に集中して周りを見た。


 私の目の前には絵本があった。

 女性はどうやらこの本を読んでいるようだ。


 ここまでの情報を総合するとある推論が成り立つ。


 どうやら私こと宮川藍音は古武術柔術都大会で22歳の人生に幕を閉じ、全く別の人間に輪廻転生を果たしてしまったのではなかろうか。

 そして今の私は性別不明、まだ人として存在する前の胎児なのではなかろうか。

 そしてなぜか胎児な私は透視能力という超能力を身につけ、母親のおなかの中から外の世界を見ているのではなかろうか。


 この推論が正しければ、今、この女性が読んでいる絵本は、私に対する胎教の一種であると結論づけられる。


 そうか、私死んじゃったんだ…。


 そう考えるとなんだかとても悲しくなると同時に、22歳まで育ててくれた前世の両親に対するすまない気持ちがあふれてきた。


「父さん、母さん、ゴメン」


 胎児な私は涙も流せず泣き声もあげられずただ悲しみに包まれぼんやりと絵本を見ていうるうちに再び眠りに落ちたのだった。

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