第17話 思い2

 最近、リィナの様子がおかしい。

 ヴォルフは神殿の修行から帰ってきてからのリィナの様子に、何とも言えぬ違和を覚えていた。

 ラーニャや他の舞の仲間に聞いても「そんな事はない」と返されるのだが納得がいかない。

 確かに一見以前と変わらぬように見える。むしろ前よりほがらかと言ってもいい。それゆえ祭りが近いから浮かれているのだろうというのがだいたいの見解であった。

 けれどヴォルフが感じるのは、そういう楽しげな違和ではなかった。もっと、暗い、悲壮感のような物を感じていた。それは無理に明るく振る舞っているような。

 さりげなく探りを入れてみても、リィナは完全にそれを隠しきっていた。

 隠していると感じるのはヴォルフの勘でしかない。もしかしたら本当に何もないのかもしれない。

 けれどヴォルフは、姫巫女に選ばれた当初の、人の妬みを笑顔で跳ね返していたリィナを見ていた。リィナは辛くても笑顔でそれを隠す。人に頼らずに自分で解決しようとするところがあるのを知っていた。

 一見、本当にのほほんと笑うから、何も感じていないように見えるほどに、リィナの精神力は強い。

 そう思い至ると尚のこと、ヴォルフはどうしてもリィナが何かを隠しているような気がしてならなかった。

「ちびすけ、なんか悩んでることとかないか?」

 あまりにもうまく躱す物だから、ヴォルフはリィナを捕まえ、面と向かって聞いた事もあった。

「悩んでいることですか?」

 リィナはきょとんとしてヴォルフを見て、そして少し考えると、困ったように笑って言った。

「両親が祭りの準備で忙しくて、全然帰ってこられないんです。……実は、ちょっと寂しくて」

 そう言うと、更に申し訳なさそうに続けた。

「ご心配をかけてすみません。最近、寂しくて私がヴォルフ様のお側にいようとしてしまっているせいですよね」

 ごく自然に返された謝罪と礼に、「そんな事か」と納得しそうになった。

 けれどヴォルフは気がついた。背を向けた瞬間、リィナがほっとついたため息に。

 こっそりと振り向いた先で、リィナが自分の身を守るように抱きしめている姿を見てしまったのだ。

 その様子にやはり何かを隠しているのではないかという考えは強まった。とはいえ、これだけ完璧に隠しきっているのを更に追求したところで、リィナが口を割ることはないだろう。

 何かあればすぐに動けるよう、気をつけておくか。

 ヴォルフはすっきりとしない感情を胸に溜息をつく。今はそのくらいしかできそうになかったのである。


 神殿から帰ってきてからのリィナの舞には、奇妙な迫力があった。うまい下手ではなく、なぜか引きつけられるような迫力。剣士に焦がれ、引き裂かれる痛みに苦しむ姫巫女を舞う姿は、共に舞うヴォルフを、そして共に練習をしている奏者達の目を釘付けた。

 半月も神殿にこもったためにみんなに会えなくて寂しかったんだろう、とからかわれていたが、笑うリィナを見ながら、ヴォルフは気付く。普段は隠しきっているリィナの悲壮感が、舞う時だけはあふれてしまっているのだと。共に舞うヴォルフは、リィナの苦しげな所作の一つに、姫巫女を失う剣士の気持ちを味わっているような既視感すら覚えていた。

 剣士の舞では、時の流れをさまよいながら時には引き離され、けれどずっと姫巫女を護り続ける、という剣士を演じる。今のリィナの舞う姫巫女は見るだけで胸を切なく刺し、それは見た者に、特にヴォルフに、剣士の思いもきっとこのような物であったのだろうと彷彿させるのだ。

 けれど当のリィナは、守りたいと思っても何も打ち明けてこないのだから守りようもない。

 何かあると思えてならないのに何も知ることが出来ないまま毎日が過ぎて行く。

 力になりたいと思っても案じることさえさせてもらえないのは、存外寂しい物だと知った。頼ってもこないのは信頼されていないからか、それとも遠慮しているのか。

 否、そもそも頼ることなど考えてもいないのだろう。

 ヴォルフとリィナは出会ってまだひと月半しか経っていない。苦しみや不安を打ち明ける存在としては至らぬのも当然かもしれなかった。だがリィナに何か悩みがあれば手助けの一つもしてやりたいと思うヴォルフには、その程度なのかと思うと、歯痒くもあった。

 こちらの都合も考えずに頼られるのは疲れる物だが、リィナに頼られるのは楽しかった。元気がなければ気になるし、力になりたいとも思える。

 毎日見るリィナの笑顔が相変わらず屈託ないものであることが、どうしても信じられず、痛々しく見えた。


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