第76話 東京出張(四)天羽陽菜
「美濃がネットで銀行振り込みのチェック中のシーンを検出。それで大口の収入があって振り込んでた名がTCJコーポ。これ、スポンサーだと思うんだがどうかな?」
「TCJコーポ、知ってますか?」
城野内は隣に聞くと、そこに立っていた三島さんは両手を挙げてわからないのポーズ。
「さあ、私は存じませんけど、最後のコーポは略されたものでしょうね」
「コーポって、アパート名? 不動産関係?」
「お嬢様は本当に、馬鹿可愛いですね」
「なっ、何が言いたいのかしら」
「それ会社名だと思いますよ。コーポレーションあたりでしょうか」
「みっ、三島。最初からそういいなさいよ。まったく、じゃあ出資者はTCJコーポレーションってことなのね」
「たぶん、ですが、聞かない会社名です」
有名企業ではないようだ。
「お嬢様、調べましょうか?」
「ふん。すぐ調べなさい」
三島さんは懐からタブレットを取り出し、ソフトキーボードを叩き調べだす。
西浦と麻衣は、目をキラキラさせてつぶやいていた。
「あれだけで情報を……マジっすか」
「やっぱ本物のメトラーだわ」
逆に面白くない顔をしている要が、次を催促する。
「天羽さんは?」
「そっちはちょっと重要な映像があった。第三者の記憶で、
「えっ。それは本当ですの!?」
城野内も目を輝かせて、俺の腕に勢いよく触ってきた。
すぐ栞が腕を出して制すると、麻衣が彼女の手を掴んで俺から放した。
「ははっ、情報の閲覧ですわよ。まったく三人とも仲がよろしいことで」
俺を含め三人で赤面したことは置いて、改めて城野内と西浦に
「なんですのこれは?」
「よく視えます」
『忍君。私も視ます』
栞も念話で伝えてきて、誰かの
麻衣だけ恨めしそうに俺たちを見ていた。
それは暗い八畳ほどの室内で、奥に窓があるがカーテンがかかっていて、その下にベッドが見える。
自宅の個人部屋には見えず、どこかのビジネスホテルを思わせるシンプルな部屋。
手前の壁沿いにテーブルが置いてある、その上は物が乱雑に置いてあった。
ノートパソコンとプリンター、紙やマーカー、カップなどが見える。
他に何もない部屋だが、壁に人物の顔写真が数十枚ほど張り出されていて、何枚かの知らない顔には赤くバツ印が引かれたりしている。
その貼られている写真の一枚がクローズアップすると西浦の顔と分かった。
両側には
忍び笑いとともに目線の天羽が、西浦の写真に手を置くと部屋の空間に映像が浮かぶように現れた。
俺たちがよくやる
『今日はこの子。行ってみよー』
天羽の独り言とともに、浮遊している映像が、目線一杯に広がり別空間になった。
「あっ、うあっ、俺の部屋だ!」
西浦が驚いて声を上げるが、すぐ口をつぐみ、喫茶店内の客を見渡す。
天羽目線を追って記憶映像に戻ると、広い十畳ほどのフローリングの部屋の中央に、上半身が裸の灰色肌に鱗が見える大男が立ち現れた。
ファンタジー映画から飛び出してきたようなオークにそっくりの外見。
牙と豚鼻を持つ者は目線の元をにらむと、手にした長剣を持ち上げフローリングを軋ませて近寄ってくる。
目線主は悲鳴を上げて倒れてしまう。
オークもどきは振り上げた長剣を、目線主の足元に叩きつけフローリングに激しい音とともに穴を開けた。
目線主がはいずるように壁まで後退すると、オークもどきも穴も消えていた。
「昨日の出来事だ!」
と西浦が小声で言った。
十畳の部屋の空間が小さくなると、前の暗い室内が現れてた。
天羽の忍び笑いがエコーのように室内に響いていると、部屋のドアが開いて白衣の男性が入ってきたところで画面が黒くなり記憶映像は途切れた。
「これで決まりですわね」
「やっぱり連中かよ。最低だな」
城野内と西浦が一声出すと腕を組んで溜息をはいた。
麻衣が俺のTシャツの裾を引っ張ってきたので、顔を向け小声で
「まあ、そうなんだ。美濃って人達、平気で嘘言うなんて」
「これで、G・天誅への趣旨は決まりでしょうか」
要も溜息混じりに言った。
ここで、一人タブレットを操作していた三島さんが告げる。
「お嬢様、TCJコーポレーションわかりましたよ」
「はい、それでどんなことでしょうか?」
「アメリカのIT企業TCコーポレーションの日本支社ですね。でも最近進出したのか、日本語のサイトはできてないようで、アメリカサイドの情報になります」
「その日本支社が、美濃をのろい依頼のバイトさせているってこと?」
「能力を知っていて、やらせているかどうかだな」
麻衣の当然の疑問に俺が答えると、要が閃いたように三島さんに尋ねる。
「TCJコーポレーションの責任者、あるいは出資者とかわからないかしら」
「日本支社はわからないですね。……えっとTCコーポレーションはロイ・ダルトンが社長。うむ、私より若いイケメン社長ですね」
三島さんのイケメン発言に城野内が見せてと反応すると、タブレットがテーブルに置かれ全員がのぞきこむ。
「悪くないですわ」
「うん」
「そうね」
「ちっ」
「はあっ」
それぞれが反応をしめすと、三島さんがタブレットを持ち上げて情報の続きを話す。
「それでTCコーポレーションは、ダルトン・グループの子会社ですね。ああ、バイアウト・ファンドという金融が出資しているグループでしたか。会社の趣旨はネットでのトラブルコントラクターとのことです」
連続して前に聞いた情報が飛び出してきたので、少し整理が必要と思った。
『忍君、バードを思い出しました?』
――ああ、でも架空の会社だと聞いてたけど、元ネタがあったってことかな。
『谷崎製薬の株主とのつながりも深いですよ』
――要注意だな。
「では、今回ののろい依頼は、会社の趣旨で始めているのでしょうか?」
城野内が誰ともなく疑問を口にすると要が受ける。
「保持者の能力を認識して、実験あるいは育成を始めているのかもしれないです。能力で相手をねじ伏せられる方法とか」
「それだとトラブルコントラクターなる社員をつくっていると?」
「相手をねじ伏せるだけなら……いいんだが」
「きな臭いですわ」
***
俺たち一行は喫茶店を出て、小出さんに教わった自殺現場の歩道橋に足を運んだ。
栞と渋谷さんは、引き続きワゴン車で移動して待機になる。
歩道橋付近につくと、学生らしい数人とカメラマンらしい記者と小出さんが話していた。
すぐ俺たちを見つけると、グループから別れてこちらにやってくる。
「ああ、来たんだね」
「取材でしたか?」
小出さんに麻衣が応対して話した。
「ちょっとね。TVの映像見て、足を運んできた一般のグループだったよ」
「他にも野次馬っぽい人達いますね」
「昼の番組で連鎖自殺の特集やってたそうで、この場所がよく映し出されていたらしい」
「それで人が見に来てるんだ」
「あの歩道橋の中央でいいんですよね?」
俺が場所の確認に小出さんに聞くと、すぐ応える。
「ああ、少しこちら側で、左側の防護柵を乗り越え飛び降りた瞬間、右から来たトラックに引かれたそうだ」
「うっ、やだわ」
麻衣が不安に駆られたのか、俺の腕に両手を巻きつけてきた。
「何をくっ付いてんですか。上りますよ」
要が俺と麻衣に小言を言いながら、小出さんと別れて問題の場所に向かう。
階段を上がって通路部に行くと、麻衣が小声で俺に言う。
「自殺した場所って感じする。凄くやな感じ」
「そうですわね。何かいろいろと今回の自殺に関しての不安の残滓が強くありますわ」
飛び降りた場所付近には、いくつもの花束が防護柵によりかけてあり、線香の束が焚かれたあともあった。
その前に立ち止まった要が手を組んで拝むと、周りも冥福の祈りを捧げる。
拝むのを止めた要は、俺に合図のように小首を傾げて微笑む。
俺は左側の胸まである防護柵に手を置いて、移動しながら
額の前に最近らしい新しい映像がいくつも現れたので、移動させながら閲覧すると早々に飛び降りシーンとぶつかった。
その映像に絞り、前後の動画を引き寄せると状況が解明される。
記録者の最後の映像は、暗くなった歩道に十人ほどのチンピラ風の男たちが現れた。
鉄の棒を振り回して近寄ってきた。
驚いて逃げ出すと、いつの間にか土手に出ており、先にはどんよりとした川が流れているとわかる。
男たちは追いかけてくるので、右側に見えた橋へ向かって駆けると急な斜面が現れた。
その坂は歪でくぼみが多く、何度か足を取られ倒れながらも通路へ出た。
だが、橋の反対側通路からも同じグループの男たち数人やってきて、挟み撃ちに遭う。
輪から抜け出そうと試みるが、鉄の棒を腹に顔面に叩きつけられ倒れる。
輪の中から一人が抜け出てきて、顔をニヤつかせながら懐からリボルバーの銃を取り出し、記録者に突きつけた。
腕を前面に出し後ずさると、男は指でハンマーを上げ地面に向けてトリガーを引いた。
音に驚き反発したように立ち上がった記録者だが、男はニヤついたまま自分の耳の上に銃を突きつけてハンマーを上げた。
記録者映像は、銃声とともに通路の床に顔を背けたが、血と肉片が顔と腕に飛び散ってきた。
頭を打ち抜いた男は倒れると、別の剃りの深い男が出てきて落ちたリボルバーを拾い上げ、シリンダーを片手で滑らせて回転させた。
その銃を記録者に渡そうとしてきたので、驚き片側に避ける。
男は笑って銃を持ち直し、記録者に銃口を向けてきた。
慌てて防護柵の上端までよじ登ると、暗い川がゆっくり流れているのを見る記録者。
周りに居た男たちが、手にしてた鉄の棒を防護柵の上端に一斉に叩きつけだした。
それに驚いた記録者は、手を滑らせて防護柵から川へ転落していくと画面は暗くなる。
この続き映像を視るのは前までありえなかったが、
見たくないが、確認しないといけないので記憶映像を空ける。
そこには暗い水面にはいつくばっている目線映像だったが、次第に水面がコンクリートの路面に変わり、流れる水の音が車の轟音の響きに変わって行く。
目の前に写るまぶしく光った二つのライトが急速に広がると、何かがつぶれる音と目線映像が四散して画面は暗くなった。
俺はショックでしばらく意識が止まってしまったが、ゆっくり歩道橋の上に立つ自分に戻ってこれた。
二度ほど頭を振ったあと、要に向き直り念話で話しかける。
――この自殺は他殺。能力者が噛んでいるぞ。
『やっぱり、そうでしたか』
――
『えっ、
――そうなる。
『私と忍君以外に
不安の声で小さく答える栞。
――厄介なことだ。
「また何をふざけたことを言ってますか」
そこへ、うしろの城野内たちの険のある話声で見返す。
城野内と西浦が誰も居ない通路に話しかけていたので、すぐ二人の
そこには先ほど帰った天羽陽菜が映し出されていた。
「いいじゃないの、ゲームをしましょう」
城野内たちに提案している。
「彼女は
「なんですって?」
俺が声をかけて忠告すると、天羽の前の空間が歪んだ。
唐突に城野内たちの前に、後ろ足をたたんで座っている巨大なトラが現れた。
「わわわっ、何いきなり」
「この子から逃げ切ったら、助けてあげる。でも駄目だったら強制的にG天に加入。それが嫌なら死の激痛を味わうよ。今までみたいに寸止めしないから、早めに加入って言ってね」
「一方的に好き勝手を」
天羽の言うとおり幻痛という
俺は
「ほら、行ってみんなの喉首を噛んじゃいなさい」
天羽の指示で大トラは立ち上がり、こちらを鋭くにらむとひと吠えして歩き出した。
「わっ、逃げるしかないんじゃ?」
『止めましょう』
そこへ栞から念話が入る。
『忍君はその場のみんなに
――わかった。
すぐ要が俺たちの前から体を消失させる。
西浦が恐れて後ろへ走り出そうとすると、背後の通路に大トラと同じ体型の大狼が現れて、キバをむきながら彼の行く手を阻んだ。
俺は前面の大トラを消去するイメージをみんなに送ると、近づいてた野獣は上手く消え去った。
すぐ天羽の消失イメージをして、振り返りうしろの大狼を意識した。
天羽は居なくなるが、前面に大トラがまた現れて城野内たちを狙ってくる。
「わっ、わわ」
城野内は自ら
「お嬢様、素晴らしい。素手で猛獣を追い払うとは」
「素手のわけないでしょ。私自信の
「それで上手くいったのですね。では、もっと何か武器を出してみては」
「いくつも出せないわよ」
城野内とそのうしろに隠れる三島さんの会話に、大トラは遠慮なくキバをむいて飛び掛ってきた。
「ヤバイ」
焦って足をもつれさせて、転んでしまう城野内たち。
その盾の上に乗り上げた野獣は大口を開けて、盾からはみ出た城野内の顔を噛み砕こうとした。
城野内たちに向かって、もう一度消去イメージをかけると、噛み付く途中で消え去る。
「あっ、助かった」
「よかったです。でも、お嬢様も盾を出すんじゃなく、消すことはできないのですか?」
「とっくに試してます」
だが、うしろから来た大狼で余裕はなくなる。
「狼。狼。気をつけて」
消した大狼もまた現れて、西浦を追ってきた。
焦って集中のイメージが乱れてくると、大狼がグループの中を割り、メンバーは左右に逃げ散る。
倒れたままの城野内たちの盾に、また乗り上げた大狼が噛み付こうとする。
「わわっ」
城野内の混乱の声と一緒に、大狼が霧散した。
「き、消え……また広瀬ね? ありがとう」
「まだ来る。気をつけてくれ」
前には天羽が現れて、消した大トラを引き連れてこっちの様子を見ている。
「まったく、遊んでいやがる」
「ゲーム感覚なのよ、嫌な女」
俺と麻衣が感想を述べると、大トラの矛先がこちらに向いた。
背中の麻衣をかばいながら、大トラが襲い掛かる前に再度消し去るイメージを送る。
俺と麻衣へ、飛び掛った大トラは目の前で消失した。
「うしろです!」
西浦の声で俺と麻衣が振り向くと、大狼が突進してきた。
「わわわっ、し、忍」
麻衣の胴体に食いつこうとした大狼は、イメージと一緒に片腕を振ると瞬時に消え去った。
残った天羽は震えて怒ってる。
「なんですぐ消しちゃうの! 面白くないじゃない」
証拠にもなく、彼女は通路に大トラと大狼を再度呼び出した。
「ちっ、しつこい」
消してもイメージの上書きを送ってきて終わらない。
二頭が通路を歩き出すと、俺たちは後ずさりながら構える。
だが、唐突に天羽ともども大トラと大狼は消失した。
「あれ?」
しばらく通路を見ていても、現れることはなかった。
栞が止めたようだ。
「さすがに止まったのかしら」
城野内が不審そうに言いながらも、俺たちは身構えを緩めた。
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