第55話 零翔訓練
栞から道場で待つように言われて、誰もいない広い空間の畳の上に座って待つこと数分。
目の前に座って俺を見ている白咲要がいた。
「あれ、いつの間に白咲が?」
「白咲も名前の方で言ってもらっていいですよ。忍君」
立ち上がる白咲要は、いつものポニーテールと同じ黒のタートルネックとミニスカート姿である。
「えっと……じゃあ要は、栞の代理ってこと?」
俺も彼女に釣られて立ち上がる。
「栞は高田と帰りましたので、私が来ましたがよろしいでしょうか?」
「全然かまわないけど、日曜日のことで忙しくなって、じゃましてないかな」
「そんなこと、気にしなくていいですから始めましょう」
腰に手を当てて
そのあとは能力を見せてもらい、真似る実技を一時間ほど繰り返した。
「叔父が帰ってきたようです」
要が告げると、廊下が騒がしくなった。
「じゃあ、今日はこれまでかな?」
「おさらいをしましょう。ここに叔父が入ってきたら自らを消して分身を披露してみてください」
「えっ!?」
慌てて道場主をイメージすると、頭が持ち上がる感覚のあと、彼の目線映像が飛び込み
「ほら、はやく」
要が急立てると道場の引き戸が開き、私服の道場主と竹宮女医が入ってきた。
「おっ、広瀬忍君! 来ているね。これから栞をよろしくな」
俺たちからかなり離れた場所で道場主が挨拶を始めた。
竹宮女医はすぐわかったようで、意味ありげに笑っている。
「おっ、そうか、そうだな。がんばってくれ」
道場主が俺の
俺も二言ほど会話を試みてから、『広瀬忍は消えた』とイメージを送ってみた。
「と……なんぞや?」
唖然とする道場主。
「んーっ、半分合格ね」
要から辛い点数をもらった。
「竹宮女医のように複数の他者が来たら、すぐ対応しないと、片方だけだとすぐばれます。それから、忍君本人も消すことを忘れずに」
「わっ、一人はやり易いが、複数になると面倒だな」
「何。どうしたんだ? 今のは何だ?」
道場主が今度は、こちらに歩きながら大声で話しかけてきた。
「忍君の挨拶ですよ」
「今のは
道場主が驚いて言った。
「もう成果を出しちゃったの。これはすごいわ」
竹宮女医が道場主の後ろをついてきた。
「ありがとうございます。でも成績は五十点と言われました」
「いやいや、大したものだ」
「それで叔父さん、明後日は動きますよ」
要が話を切り替えて言った。
「ああっ、竹宮から聞いた。一時からか……じゃあ桜花賞には間に合うよな」
「和夫さん! 先週負けたのに、また競馬やるんですか?」
竹宮女医が道場主をにらむ。
「ちゃんと上限設けている遊興費から、捻り出しているんだからいいだろ。それにG1だぜ。G1。次こそ当てるさ」
のめり込みに悪びれない道場主に、竹宮女医だけじゃなく要も頭を抱える。
その
『彩水たちが来ました。また同じようにやってみてください。ただ、純以外は
――栞は外に目が行ってたのか? えっと、そうじゃなくて、純ちゃん知ってんのか? いやいや、そこでもなくて、他が知らないってってことは、失敗したら気づかれるだろ?
『気のせいだと押し通しますが、そうならないように私も補助します』
――それならやってみる。
栞とのやり取りをしていると廊下から人の声。
来たようなので阿賀彩水をイメージする。
頭に痺れて持ち上がる感覚が起きると、すぐ廊下が目の前に広がる。
引き戸を開けると俺が立っていることと、本物の俺は見えないと思ったことをイメージアップする。
前に有田純子、隣に佐々岡直人がいたので、二人をイメージしてそれぞれに同じことを繰り返した。
ちょっとしんどい。
引き戸を開ける純子、続いて二人が入る。
「あら来てたの?」
「出迎えは玄関でするのがいいぞ」
「こんばんは、広瀬先輩」
それぞれが
『三人で登場とは仲良いんだな』
心で話すと連結してるように、
イメージしているときの気持ちが、そのまま映像の態度にも現れている。
ここで改めて
まさに、もう一人の俺が顕現してようだ。
「玄関で一緒になったのよ。後ろの二人はいつものことだけど」
純子が言いながら、奥にいる道場主たちの方へ歩いていく。
「今日から参加するのか?」
彩水が聞いてきた。
『そうだよ。彩水先輩。よろしくな。いやっ、教祖だから、彩水様なのか?』
「ボケッ。普通でいいわ。ただし、私の手と足となって働いてもらうからね」
「忍さん、期待しときます」
軽口叩いた彩水たちも、道場主の方へ歩いていく。
問題なくすんだようなので、
『そこで解いちゃ駄目』
念話で栞の声が入った。
周りの注目を浴びる彼女の横に俺が立っていたので、あとから来た三人は違和感をおぼえる。
「あれっ?」
純子が声を上げ、彩水と直人は後ろを振り返って驚き、不審な目を向けた。
「あれれっ? いつの間に。動くの早いじゃないか後輩」
「いきなり後輩かよ!」
って、ここは突っ込むところじゃなかった。
「し、忍君……ああっ、私が急いで呼んだの。今日から仲間に加わることになったから紹介しようとね」
「えっ、そうなん? 呼んでたのか?」
彩水が直人に聞く。
「て、手招きしたんです」
慌てだす栞。
あれれ、彼女、フォローとか意外と使えない?
いやいや、それは俺だろ。
周りに配慮が足りなかった。
反省。
「そっ、そう。だから俺はすぐ走ってきて……足速いんだぜ、これでも、ははっ」
俺の説明に眉をよせる彩水と純子。
「そうなの、忍君って足早いの。もうっ、ビックリだよ。凄いんだよ」
彩水がますます眉を寄せて、三白眼になる。
「何焦ってるの? 彼の紹介がそんなに焦ることだったの? あれーっ? あやしーっ」
純子が話をおかしな方向に脱線させ始めた。
いやっ、それでいい。
「そっ、そうじゃなくて、明日の教義を教えて欲しくて……」
「忍がいると、要って面白くなるな」
彩水が何かに納得して顔をほころばせる。
「何言ってんですか。私は普通です」
「えーっ?」
彩水と純子が同時に冷めた声を出した。
「だから、彼に日曜の午前の教義の進行など、教えるようにお願いします」
その声で二人はやっと従うが、腕を組んで苦笑いしている道場主と女医がいた。
俺は要から離され彩水グループに加わり、教義内容を教わることになる。
だが、教団幹部の勉強は面倒でつまらなく帰りたくなった。
そこへ、栞から
しかし、これは直接心で話せるので携帯電話より便利だ。
『教義内容はわかりましたか?』
――ああっ、もうばっちりだから帰っていいかな?
『あっ、ごめんなさい。疲れましたか?』
――いやっ、お腹空いたもので。
『叔父に明後日のことを話し終えましたから、そろそろお開きにします』
――そう……それでさっきの
『もうーっ、同じ失敗繰り返すなんて』
――いやいや、補助はどうしたの? 声まで上げて、びっくりしたぞ。
『忍君意地悪です。私は万能じゃないんですから、あんな簡単に
――ああっ、それは俺の気配りがなかった。……それでもっと細かく教えてくれ。次はミスをなくすよう努力するから。
『はい』
にこやかな声を返す栞は、道場を退出した俺に要としてついてきた。
牛丼屋で夕食にしたあと、ショッピングモールのゲームセンターに俺を連れ出して、店内の人々を相手にみっちり
部屋に戻ると疲れが睡魔を呼び込み、『シャワーは朝に』と頭に浮かべながら服を着たままベッドに寝入ってしまった。
土曜日は課外授業で、午前中は学校で過ごした。
麻衣は登校したが、講堂での一件で緊張してるのか元気はなかった。
クラスの生徒は遠巻きに彼女を見るだけで、椎名、雅治以外は誰も話しかけなかった。
その原因を作った俺は、休み時間に彼女の席に駆けつけ笑い話を提供するが、もの憂げに微笑むだけだった。
放課後になり麻衣は椎名からノートを借りて、休んだ分の勉強をすると言って一人で教室を出て帰っていった。
俺も雅治たちと別れ一人で玄関に向かうと、彩水と鉢合わせした。
後ろにいつもの直人がいたが、一緒に額に絆創膏を貼った今村陽太が立っていた。
「おう、忍ちゃん。今日もマンションへ寄るからな」
「来なくていい。道場行くから居ないし」
三白眼で彩水をにらむが、お構いなしに会話を続ける。
「道場? 要と逢引か?」
「わっ、わからないことを聞きに行くだけだ」
「怪しい」
「ところで、後ろの絆創膏君が気になるんだが」
「ああっ、陽太か。信者になったぞ」
俺は眉を吊り上げて驚く。
「あの、広瀬先輩もお帰りですか?」
さらに今村に敬語で声をかけられ面食らう。
「えっ? ああっ、怪我は大丈夫か?」
「はい。その節は失礼しました」
今村は話しながら、二度も頭を下げてきた。
いや、それとも……。
彩水に顔を向けると笑顔で親指を立ててきた。
「こいつのことで、知りたいことがあったら聞いてくれ。教えてやるから」
その台詞で、今村が彩水の前に出て頭を下げ始める。
「それは止めてくれよ」
「あれれ? 言葉に誠意がなってないな」
「あっ、彩水様。それだけはどうか、お止めください」
これは彩水に何か握られたな。
でも、
彩水たちと校門で別れてから、マンションの自室で昼飯を食べた。
午後は
向かった道場には、幹部たちはまだ来ていなかったが要がすぐに現れた。
操作訓練の前、
「俺から栞にアクセスすると、あの大蛇が出てきて追い返されるんだけど。俺からは無理なのかな?」
「私のセキュリティしてくれてる大蛇、
「俺が栞をうっかりのぞいたら蛇に食われるのか。
「一昨日、忍君が私を追ってくるから、驚いて設置したんですけど、弊害になってますか」
「
「解除するには、相手が来るのを意識していればいいだけですが、それでも不意だと作動しちゃいますね」
「ああっ、不意は駄目と覚えとくよ。ってことは、やはり最初の連絡はケータイになるのか。便利なのに使えないのは宝の持ち腐れだろ」
「今度、自己暗示を変更して忍君がスムーズにアクセスできるようにしておきますね」
「そうしてもらえればいいな。それでセキュリティに普段用もあるのか?」
「超知覚異能者対策です。とくに
「谷崎さんとか?」
うなずく彼女は彩水の名前も付け足した。
「彩水が忍君に悪さしながら
覚えている。
初めて彩水に会って抱きつかれたときだ。
俺から離れて驚いてたときがあったあれだ。
幹部たちが来るまで、要から能力説明を聞いて、上手く行ってない3Dホログラフィーの規模を操作したり、
そして、リハビリセンターにいる栞の
鏡やガラスの映り込みがないと、栞が念話で駄目出ししてくる。
「失敗です、忍君。草上を人質にしたときは車内のバックミラーで見せてたのに」
道場に監視している要が、直立で右手に一本鞭を取り出して俺の背を本格的に打ってくる。
「愛の鞭です」
「いやいや、暴力反対」
そう言いながら、耐えながら繰り返し操作訓練を続けた。
彼女は意外にスバルタだった。
おかげで『シャワーは朝に』と思考しながら、寝入ってしまうことが二日連続した。
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