第30話 後日談
いったん動かせて話せたら、少しずつ身体を自由に動かせるようになり相槌もできた。
「両手足の麻痺、言語障害や記憶障害が見受けられるが、リハビリで復帰は可能」
駆けつけた医師に、診断を下され驚かれた。
俺の詳しい検査をすることで三人娘は安堵して、だが騒がしく帰っていった。
夜になると両親が連絡を受けてやってきた。
「良かった」
親父もお袋も嬉しそうに口にしたが、俺のベッドに近寄ることはない。
まだフラメモの出来事が尾を引いているようだが、自分の諸行ともうあきらめている。
そして両親は、医師から詳しい話をひととおり聞くと帰っていった。
まだ一人で体を動かすことはままならなかったが、右手を震えながら動かして物に触るとフラメモが使えた。
能力は今までと変わりなく行使され記憶抽出でき、時間が飛ぶようなこともなく安心した。
学園祭までの能力が残っていたことで、麻由姉の置き土産と思うことにするが、彼女ほどの能力ではない。
白咲に腕を取られてもフラメモが起きなかったのは、安定はしてないことだろうか?
その白咲に遠距離の
彼女の姿をしっかり思い浮かべて、名前を心で唱えた。
『気分はいいようですね。何か食べましたか?』
すぐ耳の後ろから声があふれ出て、返事が戻ってきたので零感応も問題ないようだ。
頭痛などもしない。
逆に早い交信に違和感を覚えるくらいだ。
――ああ、流動食とかで重湯が出たんだけど、最初味がしなくて焦ったよ。舌がなれたら味がわかってきて元に戻ったけどね。……それで改めて白咲に言いたいんだ。麻衣の救出から今回の生還まで、助けてもらって本当にありがとう。何かお礼ができればいいんだが……。
頭が上がらないとはこのことだな。
『お礼なんていいですよ。……でも、一つだけしていいですか。あっ、広瀬さんが元気になったあとでいいですけど、希教道の家に来てくれますか?』
――希教道の家? あの道場ってことかな。
『はい。延び延びになっている私の行きたい場所につきあう約束もありますし、能力のことも話し合いたいです』
しまった。
水晶の借りたときの約束してたの忘れてた。
『その場所を希教道にします。つきあってください』
――そうだった。ははっ。行くだけなら全然かまわないぞ。勧誘はなしの方向でだけど。
『よかった。約束ですよ』
――ただリハビリで病院を出るのに時間かかりそうな気がするけど……学校がないぶん楽かな。
『あまりリハビリに日数かけると進級に引っ掛かっりませんか?』
進級できない?
出席日数が足りなくなっている?
留年の二文字が頭に浮かぶ。
内の高校はクラス替えがないので留年は目立つ。
――そうだった! もう二ヶ月も休んでいるんだよな? まずい。三年になれずダブルなんて……。
『私と広瀬さんが同学年ってのも良いですね』
――良くない。
よく日から、リハビリに必死になったのは言うまでもない。
出席日数に関しては麻衣から情報をもらったが、正確には椎名が危惧して担任の島田から情報収集してくれてたらしく、訳知り顔で言い放った。
「えーとね。進級条件は出席日数の三分の二以上、六十日がデットラインらしいわ」
「それで今の俺の状態はどうなのよ?」
談話室で座っている麻衣の横を俺は、ぎこちなく歩き回って不安を払拭しつつ質問をする。
「十一月三日から一月三日まで寝続けて六十日、目覚めてから二日たってるし……」
俺から顔を背ける麻衣。
「おい、その悲壮感出すの止めろ」
二ヶ月寝てても学校だって祭日やら休みがあるだろ、と突っ込むと麻衣は答えた。
「瞳から聞いたけど、前の高校では一学期十日ほど休んでたでしょ?」
うっ、そんなこともあったかな……。
「冬休みと二ヶ月間の日曜祭日を抜かしても五十二日よ」
「すぐ退院しないと」
「リハビリは?」
「何とかするさ。三学期の始業式は無理かもしれないけど」
入院時に夢香さんが来たとき、部屋の管理の話を聞いた。
俺の両親と話がついていて家賃の延滞もなく、室内に異常がないか彼女が何度か中に入ってチェックしていてくれたようだ。
追い出されてないと一安心して、夢香さんと親に感謝する。
お見舞いに椎名と雅治が来てくれたが、ダブりの実態を二人から語られて俺は恐怖した。
お陰でリハビリに力が入ったのは、言うまでもない。
また、月刊雑誌【 怒!】の小出さんと、いくぶん明るくなった安曇野さんもやってきてくれた。
異能を話すと約束していたので、少しの未来と麻由の人格になった多重人格のことをやんわりと話してみる。
だが、白咲関係は話さず伏せさせてもらった。
「どうもネタにならないな」
小出さんは、そう言ってぼやいて彼女と帰っていった。
俺も信用されないだろうなと思って話していたが、科学的根拠が見出せなかったようだ。
同時期に警察の私服警官も来て、草上たちとの事件の動向を聞かれた。
異能関係や白咲のことは伏せて、目が覚めて麻衣を助けるまでの状況を話したら、簡単に帰っていった。
事件も落ち着いて月日も立ってたので、軽い事情徴収で済んだようだ。
目が覚めてから三日目の夕方、病室に白咲が差し入れのりんごを持って見舞いに来てくれた。
「まだ、首の部分や腕が肩から上げられないとか、問題はあるけど、他は順調だよ」
俺はベッドでテレビを見ながら白咲に言った。
「そう。よかった」
指に絆創膏を巻いた手でりんごの皮をむき皿にのせた彼女は、テレビにくぎづけになっていた。
テレビのニュース番組は海外の話題から特集コーナーに変わっていて、記憶アップの薬が販売される話だ。
記憶が良くなると聞いて俺も興味が湧いて一緒に見入る。
内容は“IIM”という一般用医薬品が市販の許可が下りたことで、頭の良くなる薬に対しての街頭インタビューのあと、重宝されること間違いなしと番組のキャスターが話していた。
それが本当なら俺も試してみたいと思うが、サプリメントのようなもので結果は推測できる。
効いたような気が何となくする程度なのだろう。
「この手のは、一回は試したい気はするかな」
「そっ、そうですか……。あっ、用があること失念してました」
俺の言葉に上の空の白咲だったが、一切れのりんごを俺の口に頬張らせて、帰っていった。
忙しい子だ。
リハビリの成果が出たのか体が普通に戻った四日目で、すぐ医師に泣きつき通院を条件で退院の運びとなった。
ようやく退院して両親と実家にいったん戻るが、外は大雪で積もった路上を歩くのは大変だった。
夜にはマンションの自室に帰って元の生活を始める。
そしてよく日から休めない登校が始まった。
「三学期は休めないよ」
教室に入った俺と目が合った麻衣が近づき、挨拶代わりに言ってきた。
椅子に座った俺の前に雅治と椎名も加わり話し出す。
「思った以上に早く退院できてよかったわね」
「そりゃあ、お前らに脅されたからな。リハビリに必死になるさ」
「勉強もめっちゃ遅れてるから、これからも必死さ続くな」
雅治が俺の肩を叩いてきたが、ため息しかでない。
「それでね、補講や補習が待っているって島田が言ってたわよ」
「補講は覚悟してたが、二つに分けて補習があるって何だ?」
「体育の授業よ。グランドを走り回ることだって」
麻衣が前の席に座って笑顔で言ってのけた。
「げっ」
「ギリギリなんだから、補講や補習は広瀬への救済策よ。島田たち教師に足向けて寝れないわね」
「ははっ、左様で」
「補講もテストがあるから覚悟しときなさい」
「進級テストか?」
「そうね。ただ、実質は期末テストだと思うわ。それで試されるね」
椎名が腕を組んだ片手をあごに当てながら言った。
「うおーっ、地獄の三学期だ」
「大丈夫。私も手伝うから」
麻衣が俺の手を握りやさしく言った。
「おおっ?」
「お勉強会をみっちりとね」
「うおーっ」
嬉しくねー。
麻衣は言ったとおりに実行した。
昼の休み時間、放課後の補講後に合流して、図書館で俺に付き添って勉強三昧が始まった。
彼女との色気のない日々である。
生徒が見えなくなった図書館で、恋人なんだからキスの一つや二つをと迫ってみた。
「留年したら許さないから」
麻衣は、剣のある半眼の目を繰り出されて撃沈される。
雪の降る休日も、午前は勉強会と言って俺のマンションにやってきた。
椎名という監視員付きでだか。
二人で一緒になってから気になるのが、目覚めてから事件の詳しい話を彼女から聞いてこないことだ。
話題を避けているのだろうか?
それとも俺から話すのを待っているのだろうか?
だが俺も、麻由姉の話はしづらい。
麻由姉はもういなくなってしまったから、信用してもらえないだろう。
もし聞かれたら【 怒!】の小出さんのように簡単な説明に終始しよう。
そして麻由姉の供養もしたい。
今は雪で大変だが、春頃に麻衣に話して墓参りに行こうと決心する。
もちろん今年のバレンタインデーは、麻衣の何気ない俺のポケットへチョコ入れ行動に、雪日での白咲の待ち伏せチョコとあって、縁遠かった宝物を二個ゲットできた幸せ者である。
夢香さんからはチョコなしで残念。
受験中なので、もらうこと自体おこがましいことである。
もちろんホワイトデーには感謝を込めて、二人にブルーの包装紙に入ったクッキーをお返しした。
だが、学校前のコンビニでよく見てたブルーの包装紙だと麻衣から冷めた意見をもらうが、出来合いを買ってきたのはお互い様。
コンビニ物でも、量が少ないうえにメチャクチャ高けーっから不満を漏らすなっての。
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