第27話 メモリースキップ(四)

 昼休みが始まり午後はサボることにした。

 鞄を服の中に隠して玄関へ行って外履きに変える。

 校門からは出ずに、先ほど中条たちが出て行った体育館裏から俺も出ていく。

 午後一時の約束。

 バスで移動して、柳都駅内南口の喫茶店モンブランに時間どおりについた。

 中に入ると明るい室内に、客が多いが記憶に新しい二人をすぐ見つける。


 ――彼女来ているよ。

『うん。その隣が小出さんね』

「こんにちは。電話した広瀬です。東京からわざわざすみません」

「こんちは、俺も地元だから」


 あごひげの小出さんが立ち上がり挨拶した。


「安曇野さんもありがとうございます」


 彼女はジーンズスタイルで立って小さくお辞儀をした。

 だが前回会ったときの打ち解けた感じはなかった。

 俺は二人の前に座ると、ウエイトレスがやってきたのでブレンドを注文した。


「ほーっ。彼女から聞いてたが、やっぱり高校生なのか?」


 さっそく小出さんが話し出した。


「ええ、そうですが、ちょっと早退などしちゃいました。今日だけ特別ってことで」

「そっか、学校終わってからでも良かったんだがな」

「いえ。まあ、いろいろ事情があって、昼じゃないと駄目なので」


 小出さん、安曇野さんと不振そうに俺を見る。


「ふーん。まあ、今日だけにしてくれよ。じゃあ、さっそくで悪いんだが、掲示板のネタから。今いろんな憶測が飛び交ってるんだよな」


 匿名掲示板から周りが少しずつ動き出している感じだ。


「掲示板のネタの出所、詳しく聞かせてくれないか?」


 小出さんは手帳を出しテーブルに前のめりになった。


 ――何から話せばいいのかな?

『ねえっ、いっそのことフラメモ使っちゃったら? その辺から信じてもらうしかないと思うよ』

 ――そうだな。その上でのリークネタだからな。フラメモなら任せていいかな?

『そうね。交代しようか』


 俺は身体を麻由姉に委ねて傍観する。


「すみません、ちょっと手を貸して頂けますか」


 麻由姉が代わって話しだした。


「えっ? いいが何が始まるんだ?」

「占い……ですか?」


 隣の安曇野さんがつぶやくように言った。


「ちょっと違いますよ」

「まあ、いいんだけど」


 小出さんはいぶかしげに俺に片手を出してきた。


「それじゃ、少しの間だけ手を触りますね」


 麻由姉がが集中すると、すぐ沢山の映像が見えてきた。

 はっきりした映像を引っぱり出してのぞく。


「これでどうなるんだ?」

「今日の午前中に、小出さんは……傷害致死事件の取材で三人の男性と会って来ましたね」

「えっ?」

「みんな、高校生です。少年犯罪の事件です」


 麻由姉は次々に映像を見て分析して言葉にしていった。


「その取材場所から電車に乗って新幹線で昼に柳都駅に着きました。この店の前では安曇野さんと合流してますね。彼女とは昨日の時点で電話連絡取っていたんですか」


 目を見開いて腕を引っ込める小出さん。

 安曇野さんも胸に手に当てて驚いている。


「どうですか、当たってます?」

「ああっ。だが午前中なら俺をつけていたと取れなくもないが?」

「では……もう少し」

 

 小出さんの沢山の記憶映像は今だ空間に健在で、回転して麻由姉に見てもらうのを待っているようだ。

 続けて何本かのぞいて証明できるものを探す。


「一週間ほど前に、タバコの火でぼやを起こしかけましたね。場所は自宅の居間でテーブルを少し黒く焦がしちゃった」

「驚いた! それは俺だけしか知らないことだ」

「何を伝えたいか、まだわからないようなら、もっと詳しく情報引き出せますよ」

「いや、わかった。わかったが信じられない」


 小出さんは体を椅子の背もたれにかけて吐息する。


『理屈家さんだ、会話は任せたよ』


 麻由姉はこの手は苦手なのか、身体を俺に手放してきた。


「これって、あれだ。サイコメトリーってやつだ! 恐ろしいものだな」


 小出さんは他人事のように曖昧な発言をする。


「俺から言えるのは、理屈で考えないで、感じたことを信じてもらうしかないです」

「うむ、そうだが理性が跳ねつける。ちょっと失礼」


 煙草を取り出して一本吸い出す。


「……掲示板の書き込みは本当です。浅間麻由さんは自殺ではなく、他殺です」

「そして、T-トレインのメンバーがそれに関与してたと?」


 タバコの煙を吐いてから、小出さんは聞いてきた。


「そうです。また、蛇足ですがその帰りに車で人をはねて怪我させています」

「被害者は?」


 彼はメモ帳の上で手を動かす。


「俺です。今は治ってこのとおりですが、草上と中条が、ある事件が表沙汰になることを恐れて、麻由姉……麻由さんを屋上から突き落として隠蔽したんです」

「すごいネタだが……その情報元がサイコメトリーってことか。うーん、これは参った」

『ちょっと、交代していい? 彼女と話したい』


 すぐ麻由姉に身体を委ねる。


「そうですね、安曇野さん」


 俺の口を使って麻由姉が話す。


「えっ?」


 話を振られた彼女は、少し狼狽気味に下を向く。


「あなたが、一番よく知ってるはずですよね。DVDを渡すはずの屋上に来なかった。かわりにサークルのメンバーが約束の場所に来た」

「えっと……広瀬君、それは彼女には、酷だから」


 小出さんが話に割って入る。


「何でですか? 彼女の裏切りで殺人が起きたんですよ」

「知ってる」


 一言だけ言って、小出さんはタバコを灰皿にもみ消す。


「えっ?」


 麻由姉も俺も驚く。


「昨日の夜だ……彼女自身から電話を受けて聞いてね」

「ご、ごめんなさい………うっ」


 そう言うと安曇野さんは顔を覆った。


「彼女から聞いたことは私が話そう。……草上に乱暴された後、生理が来なくなったことを草上本人に話したらしいんだ」

「ああっ、それは連中に乱暴された証拠の写真データを握られて、相談する選択がなかったんですよね」

「そのとおりだが、安曇野さんに打ち明けられたような言い方だ。それもサイコメトリーかい?」


 と小出さんは聞いてきた。


「ええっ、まあっ」


 安曇野さんがいつの間にか麻由姉の俺を、凝視していた。


「それで、草上が相手にするはずがなく、困ったが家族や警察、病院に言い出すことができなかった彼女にも話せる友達がいた。打ち明けた友人は、弱みになっているデータのDVDを探して 取り戻したということだったね」


 小出さんは話を区切って安曇野さんに聞く。


「そうです。浅間さんって言う同級生でした」


 とかぼそい声で安曇野さんが答えた。


「そして、友人の浅間さんと確認したら処分する予定だった。でも、彼女はあの事件の朝、サークルの部室に草上に呼び出された」

「えっ、あの朝に?」


 麻由姉が意外な話に驚く。


「うむ、草上と中条が待っていて、いきなり暴行されたそうだ」

「何で……あっ」


 麻由姉が俺の口に手を当てる。


「DVDが紛失したのを二人は気づいて、彼女が犯人と断定したんだな」


 ――持ち出したのがばれてた?


「お腹を連打され、倒れても暴行は止まなかった。“流産させてやるよ”ってお腹を蹴り続けられたそうだ」

「ひどい……」


 麻由姉が歯をかみ締めて言葉を漏らす。


「痛みと恐怖で、聞かれるまま彼女はDVDの行き先を話してしまったようだ」


 無言になる麻由姉。痛恨の極みと心が訴えているようだ。


「結局妊娠でなかったんだが、友達の自殺を聞いて、生理が半年間止まっていたらしい」


『交代』


 麻由姉がそう言って、身体を手放す。


『うっ』

 ――麻由姉?

『……ううっ』

 ――泣いてるの?

『ううん……これじゃあ……恨めないじゃないの』

 ――うん、そうだね。


「過食症にもかかって大変だったらしい」

心的外傷後ストレス障害PTSDですね」

「うむ、その後連中からの接触は、彼女がW大に入ってからで、サークルのコンパに出ろと強要され、やむなく参加してたようだ。同じ大学の女性が噂を聞いて寄りつかなくなったから、安曇野さんのような子たちを参加させたんだろう」

「新しい女性会員を安心させて取り込む算段とか?」

「そう」

「安曇野さんの他にも?」

「何人かいるが、真偽はわからない。このサークルはレイプの噂が絶えないから、俺も半年前からちょくちょく取材してたんだ。それで彼女と知り合ってね。……やっと昨日話してもらったわけだ」

「ごめんなさい」

「勇気のいることですよ」


 安曇野さんが頭を下げると、小出さんが彼女の肩を軽く叩く。


「安曇野さんは、何で今になって打ち明けたんですか?」


 俺は静かに聞いてみた。


「それは、これじゃいけないと思って……同じことの繰り返しになってしまうし。……勇気ができたから」

「小出さんですね」

「はい」


 即答する安曇野さん。


「じゃあ、警察には?」

「そ、それは、まだ……ごめんなさい」


 彼女はまたうつむいて謝った。


「いえ。そうですよね」


『許せないのは、草上』

 ――勿論だよ。






「四,五年周期でこの手の事件は表に出るのが通例になってるが、今回、殺人が絡んでるのなら慎重に行動しないと」


 そんな発言をした小出さんは、二本目のタバコに火をつける。


「ええ、もちろん。それで、頼みたいことがあります。小出さんに手伝ってほしいんです。理解に苦しむと思いますが、そこを何とかお願いしたいのです」

「何だろう?」

「今度の日曜日に、俺と麻衣……麻由姉の妹の浅間にT-トレインの情報を話して欲しいんです」

「はっ?」


 小出さんは声を出したあと、咳き込む。


「その時の俺らには情報が知らなさ過ぎるので……あっ、安曇野さんの話は今聞いたからカットしていいです」

「はあっ……」


 首をひねる安曇野さん。


「また、君に俺たちが教えるってことかい?」

「ええっ、その日の俺は知らないので」


 俺は両手を首を横に振り横に広げるジェスチャーをした。


「知らないとは? 女性的な話し方も時折するが……まさか、多重人格ってわけじゃないだろ?」

「それで納得するなら、そう思ってもらって構いません」

「んん……こりゃ二度参ったな」


 腕を組みタバコの煙を吐きながらため息をする。


「麻由の妹さんにもですか?」


 安曇野さんは俺に真剣なまなざしを向けて聞いてきた。


「ええっ」

「事件被害者の妹さんだよね」

「そうです」

「それ、私にやらしてください」


 彼女が今日初めて前向きな発言をした。


「私の義務だと思うんです。……彼女の妹さんに話すことは」

「そうですね」


 俺は嬉しくなりうなずく。


「ぜひ、話してやってくれ」


 小出さんが言った。


「はい」

「その時、バッグの話をしてみてください。彼女のバッグが草上、その後輩の松野と渡って今は麻衣……妹さんのところにあるんです。麻由姉の……姉のバッグだと彼女はまだ知らないんです」

「そうですか。わかりました。それも話してみます」


 安曇野さんの承諾のあと、小出さんは一煙吐いて短くなったタバコを灰皿で消した。


「しかし、三日後ってのもわからないな。どうしてだ?」


 そこは大いに疑問が残るところだよな。


「今は話せません。話しても理解されずに、協力を断ると思うからです」

「断るつもりはないが、今も十分半信半疑だぞ」

「だからです。その後でなら小出さんに打ち明けられるはずです。それが、日曜日の最低限の予定です」

「わかったよ。日曜日に予定を入れておこう」

「そうだ。試しに、明日か明後日でもいいですが誘ってみてください。結局断られて日曜日になると思います」

「それを今、本人に言われてもな……」


 肩をすくめる小出さん。


「私が連絡してみます」

「はい。安曇野さん。お願いします」


 ――後は、話さなくてもいいだろう。

『いいんじゃない?』

 ――日曜日までは、ただただ混乱してたからな。……いっそのこと、麻衣が捕まったときに警察がその場に待機してくれればと思うが、それは無理。警察は事件が起こらなきゃ動かないから。ましてフラメモだ。二重人格だってなれば動いてくれるどころか精神を疑われるだけ。

『うん、何にしても事件後の行動になってしまうよね。わかってても大した予防線を張れないのがもどかしいね』


「で、他は?」

「あっ、すみません。その後は小出さんたちの裁量で動いてください。あと、能力のことは内密に」

「んっ。そのことは、近いうちに話を聞かせてもらいたいな」

「ええっ、時期がきたら」

「必ずだぞ」


 小出さんは二年前の俺が交通事故にあった話の調査をしてから、東京に戻り日曜日にまた来ると言って、安曇野さんと出ていった。

 俺と麻由姉は時間を潰してから、放課後の時間に間に合うようにバスで学校へ戻った。

 次のメモリースキップには、校門前にいないといけないから。

 麻衣との約束だ。告白する前の俺と入れ替わるためにも。

 時間をつぶしてから、校門前に行くと玄関口から帰りの生徒が歩いて出ていた。

 それを見送りながら、門の横で鞄を握って立って待つ。


『小出さん信じたかな?』

 ――半信半疑かな。でも、日曜日にはちゃんと来てくれたから、信用はできるな。

 話しながら、女子生徒が玄関口から出てくるたびに確認してしまう。

『彼女に会いたい?』

 ――うっ。それは、なあ……。

『あっ、噂をすればってやつね。ゆっくり、こっちに向かってきてる子は?』

 玄関口をもう一度確認するとショートヘアの女子が目に入る。

 ――そうだ。麻衣だ」

『会えたわね』

 少し眺めてから俺は校門の方に体を向ける。

 ――今は、あの過去の彼女でなく……一緒に時間を共にした彼女、助けが必要な彼女に会いたい。

『うん、そうだね。助けないとね』



 ***



 十月三十一日 金曜日 午後 夜自室


 場面が切り替わるように周りが白く静かになるとマンションの自室にいた。

 手にはいつの間にか麻衣の、いや麻由姉のバッグを持っていた。

 五回目の移動! 

 最後のメモリースキップだ。


『部屋に来たのなら、オレンジティー飲みたいな』

 ――じゃあ交代だ。一息入れよう。


 身体を麻由姉に預けると、お湯を沸かしレモンティーを作り、注いだカップを口に含み味わう。


 『ふふっ、美味しい』


 彼女はいたくご満悦。


『ねーっ。回帰の世界に行くと前の私たちと会うことにならない?』

 ――白咲とか会ってはいないから、場所の概念もないと思う。彼女は呼べば来るようなこと言ってたけどね。難しい。それと時間だよな。あそこはいつでもデフォルト状態だと思う。零時間とか時間がないというか……。

『だから、過去にも未来にも行けちゃう? んっ……理解不能』

 ――到底、俺にも理解できない場所だよ。人の考えられる思考の外の概念……そんなところなのかもしれない」

『わからずにいろいろ使っているし、ある意味では私たちも似たような物かもね』

 ――そうだな。……さて、この後、事件をどうやって連中に自供させるかだよな?

『何かのイミテーションで脅しちゃって、吐かせるのよくない?』

 ――手っ取り早いが吐くかな? あっ、その前に麻衣の救出だよな。

『連中をイミテーションで追っ払って、生きたまま救い出すしかないわ』

 ――そう。救い出さなきゃいけない。やる、やれる、必ず麻衣を救い出す。

『うん、その意気よ』

 ――そうだ。麻衣に教えておきたいことがあったんだ。体の交代だ」

『教えるって何?』

 俺は携帯電話を取り出してメールに文字を打っていく。

『何のメール?』

 ――麻由姉は読まないこと。

『けちっ』


 メール文字は“麻衣に何かあったら、俺を思ってくれ。

 怖がらず、俺のことを思い描いてくれ。

 必ず助けに行くから”と打ち込んだ。

 こうすれば、捕まったときに麻衣も少しは気が紛れるかもしれない。

 実際に彼女の前に幽霊さんとして現れてるからな。


『うわっ、クサッ。よく打てるわね』

 ――あーっ、読んだな、ひでえ。

『恥ずかし。ああ、恥ずかしい』

 ――そんなの、いいだろ。

 彼女を無視して麻衣にメールを送信。

 ――無視。無視。

『……忍?』

 ――無視。無視。

『今ので拗ねないでよ』

 ――拗ねてないよ。無視。無視。

『あからさまに言葉で無視しないでよ。もーっ、……ホントはね。ちょっと良かった、最後の一行。それで妬けちゃったの』

 ――麻由姉、本当?

『妹を……麻衣ッチをよろしくね』

 ――んっ……もちろん。


 パソコンつけてネットのH大のサークル“T-トレイン”のホームページを開けておく。

 また、メモで“日曜日は外に出るな注意しろ”と走り書きする。


 ――これで、過去の俺が気づいて、行動を変更するとも思えない……過去だし。明日だけど、今の俺にとって過去なんだよな。

『だから、過去でメモを読んだのに、今メモを書かなかったら、自分の過去を改変することになるんじゃない。それこそ私たち消えちゃう問題よ』

 ――それもそうだ。気休めっだったが、書かないことの方がヤバくなるな。

『この最後の時間は短かったよね』

 ――ああっ、もうすぐ変わる。いよいよ最後だ。ようやく止まった時間の先に行ける。

『連中に天誅を』

 ――天誅を。

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