第13話 過去の断片(一)
ベッドに腰掛けて倒れる。
「はあっ」
疲れもあって、このまま眠れそうだ。
でも、何かやらなきゃいけないことがあったような。
何だっけ?
思い出せない。
まあ、いいや、いろいろあったからな。
しかし、今日は麻衣とデートらしいことになるかと思ったんだが。
彼女と恋愛関係にはうまく踏み込めない。
どうしても、今の関係壊しそうで進めない。
んっ……中学の初々しさが懐かしい。
麻衣……浅間とは中学二年と三年にクラスが同じで、席が隣同士になってから話すようになった。
「おはよーっ。暑くなってきたね」
「おおっ……おはよ。ジメジメ来てるな」
なんの屈託もなく話しかけるセーラー服の彼女は、可愛く魅力的だった。
当時住んでた実家と彼女の家とは割と近くで、学校から帰っても見かけることがあった。
黒のトレーニングウェアを着て彼女が走っている姿を。
十月のマラソン大会に向けて練習だろうか?
最近また見かけるようになっていたので、一回出向いてみた。
「おっ、おっす。何してんだ?」
「はあっ、はあっ。部活の大会があるからね。鍛えてるの」
「やっぱり練習? 部活終わってからも頑張ってるんだな。驚いた」
「私……遅いから」
首に回していたタオルで額の汗を拭う。
この頃の浅間は長髪で肩まで伸ばしていたが、走っているときはポニーテールにしていた。
「そうか?」
「他の学校の生徒みんな早いから、ビリにはなりたくないの」
「ビリにはならんだろ? 去年の学校マラソンの大会で学年一位は誰だよ?」
「あれはまぐれ」
「マラソンランナーとして将来有望だって、先公たちが話題にしてたんだぜ」
「嘘っ。……そうなの?」
「ああっ、信じろ」
「でも、期待されるのも、ちょっとかな」
「贅沢だな」
「へへへっ、そうね。私は自分なりに頑張れていればいいんだけど。……とにかく走るのが好き。苦しいけど、色々なことを忘れられて、自分でいられるから」
「なるほど。じゃあその頑張りに差し入れ」
俺は手に持っているウォータードリンクを投げ渡すと、彼女は慌ててキャッチする。
「えっ、どうして? いいの?」
「ああっ」
「じゃ、いただくね。ありがとう」
初めて練習に気づいたふりをしたが、俺の家の前を夕方から夜にかけてよく走るのを知っていた。
ドリンクの差し入れは、彼女の頑張りに何かしたい気分になったから。
そう、俺の気持ちは彼女に傾いていった。
そして、学校行事の一、二年マラソン大会の後も……。
男子は約四キロ、女子は約三キロのコース 学校の外週付近から海岸方面を回るコースで、女子は男子の後にスタートした。
時間が経ち、中学校の校門へ走りきった生徒が少しづつ戻ってきた。
俺を含めて走り終わった男女の生徒がけっこう戻ってきた後に、浅間が校庭に入ってゴールした。
「今年のマラソン大会は、がっかりだな」
ゴール付近で立っている陸上部の顧問が、自転車に乗って戻ってきた体育教師と話しているのが耳に入った。
「ああっ、浅間か? クラスの生徒と一緒に走ってて、やる気が感じられん」
「結局去年の走りはまぐれだったようだな」
「駄目だ、去年のプライドがもてないなら、もう伸びんだろ」
「そうですね、期待し過ぎてたようです」
まったく大人は、彼女のどこ見てるんだよ。
タイム出ないとすぐ見放すのか。
たぶん浅間も今の話、聞こえたんじゃないか?
嫌なことを聞いたとその場を離れて水飲み場に向かうと、一人校庭裏に行く浅間の姿が見えた。
わざわざ生徒たちが倒れ伏してる校庭を横切って、誰もいない場所に行くのに疑問を感じて後を追った。
近づくと校庭裏に設置してある一つの立水栓の前で、座って運動靴の紐を緩めている。
左足を運動靴から抜くと、ハイソックスの親指部分が赤く染まっているのが見えた。
「浅間?」
彼女は俺を見るが無言でハイソックスを脱ぎ、ポケットから家庭用の救急絆創膏を取り出す。
絆創膏を持ち歩いてたのは、走る前から怪我してたのか?
「大丈夫か?」
俺は近づき様子を見る。
「……私のゴール見てたでしょ? 最低の走り」
「見てたけど。今日は不運だったんだ。体調が悪いときもあるさ」
「そんなこと……ないよ」
「でも足怪我してんだろ?」
「うん」
彼女のことだから、体育教師に言わずに黙って走り続けたんだ。
体育教師も気づけよ。
その左足の傷口を浅間はゆっくり水道水につけ始めた。
「次の大会があるさ」
「そ、そうね」
「次だよ、次」
マラソン大会の閉会式が終わると、解散となった。
トレーニングウェアのまま駐輪場から通学用
その後ろ姿を見て、思わず
俺は無言で驚く彼女のスポーツバッグを取り上げ、
「――ってことで、うしろ乗れよ」
「えっ?」
「送ってく」
「うしろに? いいよ。恥ずかしい」
そう言って周りを見渡すが、知っている生徒はいず閑散としている。
「あれ、迷惑だった?」
「迷惑じゃないよ。う、うれしい」
「じゃあ」
「でも、私はだいじょう……」
「大丈夫でも乗れ」
「……んっ」と困惑な麻衣。
「乗れ」
「あの……怒ってない?」
半歩下がって、恐々と俺をのぞき見る。
「えっ? ちっ、違うよ。何で?」
驚いて聞き返す。
「なっ、なんとなく」
「そっ、そうか? お、怒ってないから」
「うん、わかった」
ちょっと強引だったかな。
慣れてないことは、するものじゃないな。
でも、ほっとけないし……浅間は左側に両足を出す姿勢でゆっくり乗る。
「よし、落ちないようにな。どこでもいいから、つかまってくれ」
彼女を乗せた
「落ちるなよ」
「きゃっ」
軽石に乗り上げると、彼女の両手が肩にしがみついてきた。
「大丈夫?」
「へへっ、大丈夫」
「ワリー」
「ううん……ははっ」
「んっ?」
「私って、馬鹿だから。前日に足ぶつけて親指割っちゃってさ……馬鹿なの」
「そっか。でも怪我するのが大会の後だったら馬鹿にならなくて良かったのにな」
「うっ……ん」
彼女の両手が腰に絡みつき、背中に柔らかな感触が感じられた。
うつむいて、頭を肩に寄りかけている。
「ごめん、迷惑?」
「いやっ、全然」
近くの柳都空港から、旅客機が音を立てて頭上を飛んでいく。
その影が俺たちを追い越し、自転車の先頭を矢印のようにかけていった。
家に着くまで彼女は、俺の背中に顔を埋めたまま無言だった。
それ以来、信頼関係が保ち何でも話せる間柄になっていく。
たとえば浅間の友達が“麻衣”と呼ぶように、俺も便乗して呼ぶと、彼女も俺を名前で呼ぶようになっていた。
中学三年生になり麻衣は、マラソン大会の雪辱を中距離走で果たした。
四月の地区大会で1500メートル一位。
六月の県大会でも二位に上り詰めた。
「麻衣ーっ、すごいじゃないか」
俺は友達グループと一緒に応援に言って、休み中にほめてやった。
「全国大会は八月に柳都スタジアムでやるんだろ。応援に行くぞ」
「うん、うん。ありがとう」
でも、彼女の足はここまでだった。
今のショートカットの髪も似合ってるが、セミロングの髪の麻衣も可愛いかったな。
横から見ていて思ってたけど、大会で走ってるときのポニーテールの髪が、風で後ろに流れるさまがとても綺麗だった 。
そうなると白咲といい勝負か。
うーん……んっ?
白咲?
「あーっ」
そうだった。やらなきゃいけないこと、思い出した。
学園祭で白咲から借りてた水晶、返さないといけないんだ。
んっ……夢香さんが落としていった片方のイヤリングもじゃないか!!
うっ。
麻衣のこと考えてる間に、もう八時半だよ。
時間経っちまった。
えっと、どこだ、水晶の箱とイヤリング。
オッケー。
オッケー。
そして。
よし。
早く返さなきゃ。
じゃあ、先に階段を下りて水晶から返そう。
***
マンションから降りて、明るい街灯の歩道に出る。
そういえば、白咲に会いに行くのは初めてだ。
いつも、突然会ってるバターンだから考えると不思議かも。
彼女の住んでる道場“希教道”の前に到着。
さて、いかに呼び出そうかと思っていたら、道場の玄関が開いて中からポニーテールの巫女が出てきて扉を閉めた。
「あっ、白咲」
「……どうも。今晩は。怪我はなかったようですね」
俺を確認して挨拶する白咲。
「えっ? 何のこと」
「そうですか。なければいいんです。私の勘違いでした」
「そうなのか?」
「そうです。それで? 今日はこんな時間に何ですか?」
言葉にとげがある。
機嫌が良くないときに来たようだから、これはすぐ退散しよう。
俺は手に持っていた水晶の箱を、彼女の前に差し出す。
「ワリー、忘れていたんだ。これ返すの。ありがとう」
「水晶ですね。お役に立てたでしょうか?」
「昨日見ただろ? OK、上手く行って助かったよ」
「えっと……その水晶で何か思い出したことはなかったですか?」
「えっ? 別に何も、占いのときはリアルさが出て評判良かったぞ」
「そうですか。良かったですね」
あからさまに残念がっている白咲に見えるが……思い出したこと?
何のことだ?
「まあ、とにかくこの水晶受け取ってくれ」
「中に入ってください。それでまた、元の場所に置いて頂けますか?」
「えっ? 中はヤバくない? 遅いし、白咲に渡して帰るよ」
「女子に重いもの持たせるんですか? それも貸した私が、なぜ運んで戻さなきゃいけないんですか? どうして? 借りたら最後まで責任もってください」
「えっ? ええっ? わっ、わかったよ」
「それじゃ、どーぞ」
白咲は閉じた玄関に、手を差し出して入るようにうながす。
なんか一段と機嫌が悪くなったみたいだな。
広い玄関を入り、中の廊下を渡って右の部屋の奥で良かったか?
そう思いながら靴を脱いで廊下を歩き出したところで、道場の襖が開いて道場当主が出てきた。
「何だね、きみは?」
「えっ?」
おおおーっ!!
やばっ、白咲。
彼女に助言してもらうべきと振り返ると、玄関には誰もいない。
開いた扉から外の暗闇が見えていた。
あれっ?
いない。
あれれっ?
どうして?
いやいや、これって俺が一人で勝手に入ってきたように見えるじゃないか?
白咲!
「いったい何の用だ。んっ? その箱は大切に保管してあるはずの紫水晶の……おっ?」
道場当主が、俺の持っている水晶の箱を見て不審な顔をしだす。
「あーっ、はははっ。これ、お嬢さんからお借りしていた物です」
「んんっ、借りてた? お嬢さんから? ああっ。きみはしお……おっ」
「あっ、あのぉ、用事思い出しましたので、これお返しします」
水晶の箱を道場当主に押しつけて、俺は反転して廊下を駆け出す。
「おいっ、ちょっと待て。待たんか」
「いえ、用が」
そう言って、玄関の扉を閉めて外へ飛び出た。
表の道路に出て一息つく。
ああっ、びっくりした。
いったい白咲はどうしちまったんだ?
なんか怒らしたかな?
はあっ。
とにかく、返却もお礼もしたし今日はいいか。
……で、次は。
「ありがとう、見つけてくれて」
「いえいえ」
マンションの三階、俺の部屋のお隣さんの夢香さん。
片方のイヤリングを渡すと、お礼を言われた。
こちらは普段通りのようだ。
「帰って耳から外すまで、気がつかなかったのよね」
「やはり夢香さんですね」
「何それ? そそっかしいって言いたいの」
「まさか、そんなことありませんよ」
「ふーん、そぉーっ。じゃあイケないこと、聞いちゃおうかしら」
「えっ? な、何?」
「今日、デートしてたでしょう?」
「デ、デート? い、いいえ」
「何隠すのよ。見たんだよ、私服のあなたたち。歩道を歩いてたとき、信号待ちのバスに二人がつり革をもって立っているところ。あの子、麻衣ちゃんでしょ?」
「あはははは、見てたんですか? ……えっ、何時?」
「んー、四時頃だったかしら。どこへ行ってきたのかしらね。ふふっ」
夕方……もう記憶にない空白の時間帯だ。
俺はそのとき、何を思っていたんだろう。
「二ヶ月で同級生を彼女に? 手が早いって言うか、ちゃっかりしてるね」
「いえ今日は……あの、デートというか、コンパに誘われたって言うか」
「コンパ?」
「あの、麻衣の知り合いの招待で、H大サークルのコンパに行ってきたんですよ。早目に退散しましたけど」
「H大のコンパ? 主催は?」
「T-トレインだったかな」
「ああっ、旅行サークルね」
「知ってるんですか?」
「うん。H大の学祭だからって、そこから誘われたことあるのよ」
夢香さんは人差し指を額に当てて、考えるように言った。
「……でも、知り合いから変な噂も聞いてて、参加はしなかったんだ」
知り合い?
カレシの金田先輩かな?
変な噂?
麻衣は何も言ってなかったな。
「何ですか?」
「ああっ、ごめん。気にしないで、大したことじゃないから。別に何もなかったでしょ?」
「えっと……そうですね」
「なら、いいのよ」
何もないというか、メモリースキップがあったから……口ごもってしまう。
「ところでさ、彼女とどうなのよ?」
「ああ、その……ち、中学のときからの知り合いで」
「へえっ、そう。じゃ、中学から好きだったの?」
「えっと、ははっ」
「ふーん、そうなんだ」
夢香さんは、少し白けた感じの表情を作る。
外でカップルがイチャついているのを、俺が見たときの感覚になっているかも。
「あーっ、夢香さん、いいじゃないですか。そんなこと」
「もう、何恥ずかしがってるのよ。お姉さん応援してあげる」
そう言って俺の背中を二度、三度と叩いてきた。
「痛い、夢香さん痛いです」
「あっ、ごめんなさい。ちょーっと、力が入っちゃったみたいね」
「本当です!」
「なんだか……うーんとね。姉として、弟を盗られた感じ。でも、上手く行かなかったら、手伝ってあげる。ふふふっ」
麻衣は恋人に昇格したわけではないから……。
辛い。
夢香さんと別れて部屋に戻ると、水晶とイヤリングを返して気が抜けたのか睡魔が襲ってきた。
最近寝るのが早くなっている気がしたが、眠気に勝てずベッドに横になり毛布に丸まり寝てしまった。
十月二十八日 火曜日
「イテーッ」
また机の下で目覚めて、頭をぶつけてしまった。
そして机から出て立ち上がると部屋の本やノート、衣服などが散乱していた。
ひどい散らかりようだ……泥棒に入られたか?
いや、何か夢を見たんだ。
漠然とした不安が残っている。
その不安を追い払うように、近くのモノを投げたような気がする。
それに合わせるような散乱状態だ。
玄関のドアに向かって、物を投げ散らかしたように見える。
何か、恐怖する何かがドアの向こうに来ていた?
鍵を外し、ゆっくり玄関ドアを開けて外を見るが何もない。
いつも通る廊下で別に変化はない。
街も平穏、車の通り過ぎる音が聞こえるだけ。
ドアをゆっくり閉めて中に戻る。
これは、何とかしないと。
手がかりは?
……何かあるはず。
学校のチャイムが鳴り出したので、廊下を急いで走り出し、その勢いで教室の後ろの出入り口へ飛び込む。
クラスの生徒は席に着席していたが教師はいない。
「はあっ、はあっ……間に合った」
後列の自分の席に座り、息を整える。
「忍。遅いよ」
「ショートホームルームに間に合ってないし」
「そうよ、遅刻だよ」
俺の二つ横の席に座っていた麻衣が先頭に、窓際席の椎名と雅治が俺の周りに集まってきた。
「夜遊びが過ぎるのよ」
「いけないんだ」
「そうだ、不良」
「お前ら、あのなぁ」
「遅刻の原因は、ズバリ悪夢」
俺は体を一瞬止めて、今の発言者の雅治に目をやる。
「……のような学園祭が終わって気が緩んだってところだな」
そう言ったので俺は呆けた。
「当たっただろ?」
「ホームズの称号を与えようと一瞬だけ思ったがあげない」
「な、何だよそれは?」
「悪夢のような学園祭だって? みんなで一つのことやり遂げたのにひどい」
麻衣がすねるように問いかけると、雅治が焦って俺になすりつけてきた。
「それはだね、準備中の忍のやる気のなさをだね」
「なんだよ、俺のせいかよ」
「確かに忍は嫌々やってたわ」
「おおい、それは占い師を演じることになればだな」
「やっぱり悪夢だった?」
椎名が胸を持ち上げるように手を組んで言った。
「そ、それは……」
「その代わり、恋の水晶占いは適任でがんばってくれたね。面目躍如だったわよ」
「うん、占い当って評判良かったものね」
「見てもらって驚いちゃったわよ」
「当るものね」
学園祭で隣だった星占いのグループの生徒たちも立ち上がって混り、恋の水晶占いをほめちぎり始めた。
「どうやったら当てられるの?」
「そう、そう、方法論あるの?」
星占い女子も俺の占いに興味津々に聞かれて、背中から冷たい汗が流れてきた。
そこへ雅治がここぞとばかりに、バーナム効果の話を持ちだして興味をそらしてくれたのはありがたかった。
クラス全体が騒がしくなってきた頃、出入り口の扉が開いて一時限目の教師が入ってきた。
立っていた生徒たちが一斉に座り静かになる。
席に着いた麻衣を横から眺めながら、メモリースキップを思いだす。
今日の麻衣は普通どおり。
昨日どうやって別れたか、なんて聞けないしな。
悪夢といい、時間の喪失の上、あげくに狙われるだとか。
相談するとフラメモの説明も必要になるから、うかつに話せない。
不安を煽るし、このことは麻衣には伏せておこう。
異能に対しては慎重にしなければ、学園祭の占いは占い以上でも以下でもない。
ただの占いだと周りには言い続けていれば、自然と鎮火するだろう。
そうしなければ、前の学校のようになってしまう。
***
人の心というか、記憶をのぞけるフラメモ。
はっきりとその能力を自覚し始めたのは、高校に入ってしばらくした頃だった。
始めは自ら疑ってありえないと慎重だったが、何度も視ている内に操作がわかっていったことで使い始めた。
その能力の情報を集めたり、試すように使っていたが、半年ぐらい経つとフラメモを自由に使いこなせるようになっていった。
家族や学校の同級生をフラメモで
最初は見られた本人以外のクラスメートも、一緒に大いに楽しんでいた。
「な、なぜ知ってる」
「おおっ、すげえーっ」
当てられた相手はひどく驚き、タネを教えろと騒ぐ。
個人の持ち物の種類やどこに行ってたなど、次々に当てられると、喜んでた周りも次第に気味悪く思うようになり笑いが消えた。
人によっては暴かれて不愉快をまき散らす者も出てきていたのに、そんな周りの様子に気にも留めなく一人有頂天になっていた。
ゴールデンウイーク前日、引っ越しと学校を変える原因の出来事があった。
教室で昼食が終わった頃に、それはやってきた。
「先輩が話しがあるんだけど、いいかな」
数日前にフラメモをしてから、会話がなくなった野々村からの声。
その後ろから、野太い声がかかる。
「お前、わかるんだって?」
前に立つのは相撲取りのようにでかく、威嚇的な男だった。
「俺は二年の長井。失くした物を見つけて欲しいんだよ。今朝確かにポケットに入れてたんだが、昼のパンを買おうとしたらもうなくなっててな」
初めての者は注意するべきなのだが、その当時は、自分の力が上級生まで知れ渡ってると過信して周りが見えてなかった。
「財布ですか?」
「そーよぉ、財布にはけっこう入れててな。届出も来てないってことで、マジに困ってんだよ。その霊能力で、ちょっちょいと場所を当ててくれ」
無理やり腕をつかまれ、催促される。
「はあっ」
上級生に圧倒されるが、フラメモを評価されたので片手間風にやってみた。
長井に触り、浮き出た映像を見渡して探してみる。
視えたものを推理することばかりで、この手の何かを特定する見方は得意ではなかったので、不安を覚えつつ探ってみた。
手のひらを動かしている映像が視え、拳に金属を装着してロッカーに軽く当てている。
ナックルダスターだ。
学校に持ってきているのか、嫌なものを見た。
次は恐喝のように生徒の胸ぐらを捕まえたり、小突くシーンを何人もの生徒に見てしまい緊張しだす。
まずい相手だ。早急に探し出してお帰り願おう。
「どうだ? わかるかな?」
「財布の中身くらい当てられますよ。俺のときは、ジャージのポケットに入れたままロッカーにしまって忘れていたケータイ当てましたからね」
野々村が不快そうに話した。
そう、彼にはその携帯電話を見つけるために、フラメモを使用した。
本人は盗まれたとグループ中で騒ぎ立てたが、俺のフラメモで特定し本人たちが鍵のかかった生徒用ロッカーへ見に行き確認したことで、恥をかかせてしまった。
うわの空になりかけたとき、財布を見ている映像を見つける。
はっきりしているので、最近の記憶で何回か思い出したシーンらしい。
夕日の入る窓を見て教室だとわかった。
手には二つ折りの黒い艶のある財布。
「財布の中身なんかもわかるのか?」
長井が不思議なことを聞いてきた。
映像も中に入っていたお札を数枚取り出しているところだったので、すぐ確認して自慢げに話した。
「ああっ、一万円が三枚かと」
「ほー、すげーな。当たってる」
長井が野々村に顔を向けて目を丸めてみせる。
映像はその三枚を取り出してポケットにいれ、中身が空になった財布をドアに落書きがしてある掃除用具スチールロッカーの上に突然投げ上げた。
どこかで見かけた落書きだと思って、つい振り返って掃除用具ロッカーを見るとドアに同じ落書きがしてあるのを確認してしまった。
「どうした? ロッカーなんか見て。まさか、そこにあるわけなのか?」
「えっと、そう言うわけじゃなくて……」
そう言ってる先から、野々村が近くにいる同級生に声をかけた。
「そのロッカーに財布とかないか?」
「ここにか?」
近くの生徒が扉を空けて、軽くモップやほうきをよけて奥を見る。
「別にないが、なくしたのか?」
「先輩がな。じゃあ、上はどうだ?」
「マジでか?」
言われるとおりにロッカーの上に手を当てる。
長井は顔をにやつかせ、成り行きを楽しんでいる風にみえた。
「あれ、なんだこれ? 財布じゃん」
「おおっ、これのこと?」
取り出した生徒が持ってくる。
「それだ。それ。失くしてたんだ」
長井が受け取り、相手に挨拶しながら中を見る。
「あれっ、中に何も入ってないぞ」
「俺は持ってきただけですよ」
同級生が困惑して苦笑いする。
「誰かが抜き取って隠したんだよ」
すかさず野々村が続ける。
「ええっ、このクラスで?」
「中は空だぜ。なあっ」
「中身を知ってたの、広瀬だぜ」
野々村の一言で、周りにいた同級生たちが口を閉じるとクラス中が静かになった。
「いや、まってよ。違うよ」
「拾って抜いたのか?」
長井が邪悪な力士のように、俺に凄んでくる。
「俺じゃなく、本人が……」
これは一方的にはめられた。
「拾った本人じゃなければ、財布の中身なんかわかるはずないだろ!」
周りに話しかけるように野々村は話す。
「いや、だから、俺じゃ」
「なーあ、おい。あとで返してくれれば、チャラにしてやっていいぜ」
長井は野々村を制して、クラス中に聞こえるように優しくふるまうと緊張した教室の空気が緩む。
「その代わり利子はつけろよ」
俺の耳元にささやいたあと、周りをいちべつして手にした財布を、ボトムスの後部ポケットに入れて教室から出て行った。
「先輩に感謝しな」
野々村は一言いって長井の後をついていく。
一人椅子に座る俺には誰も声をかけてくる者はいなく、女子のグループが遠巻きで声を潜めて今のことを話していた。
『拾った財布の中身パクったのよ』
『広瀬って犯罪者だったの? あの見えるってのも怪しいわね』
『見えるはずないじゃん、どこかで見ていたことをネタに話してたんだよ』
女子たちの話に連動するかのように、後ろにいた生徒がつぶやいた。
「結局見えてたってのはポーズで、詐欺だったってわけか」
友達だと思ってた同級生の言葉だった。
フラメモも俺も信用されてなかったことを、やっとここで気がついた。
そのことで携帯のフリー掲示板のコミュニティサイトに、俺の実名入りで罵詈雑言を書かれ一気にクラスに広まった。
書き込んだのは野々村と断定して問いただすと、知らぬ存ぜぬでなめた態度を取る。
だが俺は長井に呼び出され、野々村に濡れ衣をかけた制裁だと殴られてしまった。
その日を境にクラス全員から無視されて、ペテン師のレッテルまで貼られ一人浮いてしまう。
またフラメモのお陰で、怪物を見るように避けるのも出てきた。
そして、野々村のグループからいじめを受けるようになり孤立。
廊下に設置してある専用の俺の荷物入れロッカーは足蹴りで大きくゆがみ、通勤用の軽快車(シティサイクル)も何かに叩きつけられてフレームや車輪が曲がり廃車と化していた。
そのときは、仕方なく軽快車を引きずって帰ることになった。
そのさいポニーテールの女子中学生が、通りがかりに自転車を見て声を上げた。
「やりすぎ」
俺が遊んで壊したとでも思ったのか、非難するように言われて、いたたまれない気分になった。
「触れられただけで、人の個人情報を盗み見るなんてサイテー」
「いつも他人の情報を集めていたのよ。それ以外あんなに当てられるはずないよ」
「それだったらキモーイ」
「キモ個人情報収集家」
「まったくキメーな」
「フフフッ」
「キメー、キメー」
侮蔑の声が耳に入ってくると、噛み終わったガムを包んだ銀紙や消しゴムの欠片などが投げつけられる。
「ウゼー」
「死んじまえ」
クラス中が、これ見よがしに俺を叩く側に変わった。
ひどく落ち込み、鬱状態はひどく……学校へ登校するのも辛くなり、サボるようになった。
他者との交流もなくなり、その問題のフラメモ能力も使わなくなっていた。
「兄貴おかしいよ……何でも知っていて。お袋も感じてるんだろ?」
「……どういうことか、わかっているのよね」
「俺、怖えーっ」
「そうね。気味が悪いね」
「何とかしろよ」
「お父さんと相談するわ」
能力を使ったため、周りから疎んじられ、家族からも避けられることになった。
俺は孤立して、自らの行為に後悔しながら、この状況を抜け出すことに全てを費やした。
そう……父親と相談のうえ、学校を変えて家を離れることにした。
そして高二の二学期から、転校して一人でマンション生活を始めて今にいたる。
苦痛な出来事を繰り返すことはしちゃいけないし、フラメモのことを話すなどもっての外なのだったが……。
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