第9話 学園祭二日目(三)

 午後も時間が過ぎ去ると、恋の水晶占いにやってくる人もまばらになってきた。

 白咲の占いのとき、日常の風景が多く出てフラメモの調子が悪かったが、他の来客たちにはそれが起らなかったので少し安心。

 疲れがピークだったのだろうと俺は結論を下した。


「どーお、調子は?」


 時間が余りだした頃、麻衣が帰ってきた。


「俺はヘトヘトだ、だからこれで閉店!」

「お疲れさん、でも終りまであと少しだよ。それに今日も評判よかったみたい」


 麻衣はどこかで口コミを聞いてきたようだが、それでは俺が良くない。

 占いは午前から外すべきだったかと、少し悔やむ。


「そうか。あれ、麻衣。そのバッグどうした?」


 彼女の片手には、カーキ色のハンドバッグが携えていた。


「あーっ、ははは、ちょっとクラブでね」

「クラブ行ってたのか?」

「う、うん。それよりファンの女の子までできたようだし、今日は良かったね」

「んっ、ファン?」


 誰のことだ? 

 それになぜか言葉にとげがある。

 機嫌が悪いのか?


「ファンは大事にしないとね、水晶の借りもあるしさーっ。占いの最後まで手を握りしめてるぐらいのサービスは必要だよね、忍クゥン」

「いっ? あっ、いや、その」


 ゲーッ、こいつ、白咲の占い見てたんだ。


「昼の夢香先輩にもセクハラしてたんじゃないの?」

「ば、ばかだな。雰囲気作りって言っただろう」

「ばか? ばか? 誰が?」


 麻衣は、俺の前に立って怒り顔。


「前言撤回」


 そこに外から椎名が入ってきた。


「二人とも、どうしたの?」

「別に」

「な、何も、はははっ」

「そう? もう終わりだから最後に麻衣も占ってもらったら? けっこう面白かったよ」

「私? い、いいよ」

「俺も占ってもらった、面白いぞ」


 裏から雅治が首を出してきた。


「そ、そう?」


 んん。

 見てもらいたいオーラ出し始めたぞ。

 麻衣の恋愛運、俺に占えっていうのか? 

 だが、彼女をのぞけるのはありがたい。

 名誉挽回も兼ねてやるか。


「するか?」

「じ、じゃあ、占ってもらおうかしら。ただしセクハラは嫌よ、終わるまで手を離さないとかね」

「あ、あの、お手を拝見させていただきますか?」


 俺はひやひやしながら、水晶に彼女の手が乗った上へ手を合わせて気持ちを集中する。

 すぐフラメモは起動して映像を視せてくれた。






 ――はまってしまった。


 浴室に。

 湯気で回りは白い。

 そして、床に置くおけの響き音と大きな水の弾く音。 


『る♪ るん♪ る♪』


 白のバスタブの湯に浸かって鼻歌なんて、ご機嫌ですね。

 むふふふっ。

 右足がバス湯から浮上。

 見えるけど、湯気で全部は見えない。

 しかし、湯船で体操ですか?


『ふふん♪ ふん♪ ふふ♪』


 おおっ。

 太ももまで見えた!!


「こ、こら」

「えっ?」


 現実に引き戻されて、嫌な予感が走って、瞬間にうしろに体を引いた。

 目の前に風切りのスィング音。

 彼女の平手が目の前を通り過ぎ、その風圧が肌を刺す……ガクブル。


「ほっ」

「何が、ほっよ」


 顔面に麻衣の握りこぶしが炸裂した。


「ぐえっ。何で?」

「ごめん、あまりに嫌らしい顔してたから、ついね。どうしてかしら、ははっ、ごめん」

「ううっ。あんまりだ」


 やっぱり俺って顔に出るのか? 

 気をつけよう。

 もう遅いが。

 はーっ、顔面パンチ痛かったよ。

 うーっ、みんな野蛮人だ。






 ――次にのぞいたのは、麻衣の部屋だ。


 所々雑然としてるが、机の上が教科書だらけ。

 整理ぐらいすればいいのに、彼女らしくないな。

 うん? 

 掃除か? 

 いや、あちこち本や雑誌を掘り返して、探し物でもしてる感じ。

 ああっ、もしかして、なくしたって言う図書館で借りた本、それを探してるんだ。

 うん。

 音楽雑誌の下に、図書館のシールが張ってあった本が見えるが。

 探した場所なのか、麻衣は調べないな。


 ――うん? 


 シールのついた本は、“霊の不思議な世界”。

 この本借りてたのか? 

 彼女は、ミステリークラブに入ってんだよな。

 その手の物にいつから興味持ったんだ? 

 あっ、あきらめて整理し出した。

 見つけられなかったのか? 

 聞いてみるか。


「えっと、図書館から借りた霊関係の本は見つかったかな?」

「図書館の本? ええっ? 占いの本渡したとき話したっけ?」

「いや、聞いてるんだけど」

「うっ、ううん。なくした。返却日近づいているから、返さないといけないんだけど」

「じゃあ、返すといいよ」

「だから、なくしちゃったの」

「部屋にあるよ。音楽雑誌の下あたりに」

「へっ? な、何言ってるの?」


 麻衣は目をまん丸にして、俺を凝視する。


「占ったから」

「はあっ。けっこう適当なこと言ってない?」

「適当? そんなことはないぞ」

「部屋は調べて見つからなかったんだからね」

「じゃ、もう一度調べるといい。そう、それが占いに出てるんだ」

「ふーん」


 思考しだす麻衣。


「部屋から他の場所に移動してないだろ?」

「学校にちょっと」


 あちゃっ。

 これじゃ、俺の助言は無視されるか。


「とにかくだ、初心に帰って部屋からよーく調べてみろ」

「なんか偉そう。でも、わかった。調べてみる」

「うむうむ、そうしなさい」

「しかしさ、ホントかな。何で?」

「占いだっちゅうの」






 もう少しネタを探して、映像を物色する。

 出てきたシーンは、学園祭だ。

 今日の出来事だな。

 廊下を歩いていると、男に呼びかけられて話し始めた。


 ――このザンバラ茶髪男は誰だ? 


 気さくに話している。


『そんな、いただくわけにはいかないです』


 麻衣の声。


「何でよ? そんなに嫌? たまには先輩の顔立ててくれよ」

『はあっ……じゃあ、いただきます」

「よっしゃあ」

『あ、ありがとうございます』


 ――先輩だぁ? 


 すると、彼女が入ってるミステリークラブの? 

 妙に麻衣の肩辺りに、ベタベタさわっている気がする。

 むかつくぞ。

 もらっていたカーキ色のバッグは、今持ってるやつだな。

 これは麻衣に気があるぞ。

 不安になってきた。

 ん? 

 先輩のうしろのロン毛男は仲間か? 

 お陰で麻衣は、威圧されてる感じだな。

 ああっ、麻衣の横に回って肩に手を! 

 何てハレンチな! 

 許せん。

 麻衣も何やってる、振りほどけよ。

 こんなセクハラ男は止めた方がいいと忠告だ。

 嫉妬はきっと入ってないぞ。

 うん。


「その持ち込んだバックは、先輩からのプレゼント?」


 麻衣は片手を口に当てる。

 驚いてる? 

 ストレート過ぎたかな。


「そうですね?」

「う、うん」


 あれ『見てたな』って突っ込むかと思ったが、ずいぶん控え目じゃん。

 それじゃ言わせてもらおうか。


「その人との恋愛は難しいかと思います」

「うん、そうでしょ。忍もそう占ってくれるのね、よかった」

「えっ?」

「私も困っているの。先輩だしクラブでお世話になってて、ひどいこと言えないし。このバッグだって誕生日でもないからもらえないって、さすがに断ったんだけど」

「押しつけられた?」

「まあ、近いかな。ねえっ、どうしたらいいと思う?」

「えっ?」


 おいおい、悩み相談になってきたぞ。


「断りづらいんなら、理由つけて会わないようにするしかないだろ?」

「そうよね」


 いっけね、地で喋っちまった。


「でも、なんで忍が知ってんの?」

「えっ? だから占いだって。それが当たっただけ」

「うん。でも私、先輩のこと教えたっけ?」

「あっ、ああ、聞いたことあるぞ。うん」

「そっか、そうよね。でなきゃ異能者よね」


 やば。

 痛いところ突かれた。

 ちょっと饒舌になっていたかも。


「も、持ってない。持ってないぞ、そんなスゴイ能力」

「ふふっ、当たり前じゃない」


 はーっ。

 この力は、やっぱりこれっきりにしよう。


「でも、そんな能力あったら、困っている人を助けられていいのにね」

「人助けか」


 そっか、そうだよな。

 善意のために使うのでなら、良くはないか? 

 俺、自分を守る事だけ考えてた気がする。

 人のためになら。


「何か、お姉ちゃん思い出す」

「お姉ちゃん?」

「あっ、何でもない、へへへっ、気にしないで」


 麻衣のお姉ちゃんって、亡くなったって聞いてるが。

 俺が気にしても仕方ないことだよな。

 そこに終礼のチャイムが鳴った。


「イエーイ。これにて恋の水晶占いコーナーは閉店!」

「ちょっと喜び過ぎよ」


 たしなめる麻衣を尻目に、俺は立ち上がり裏をのぞくが誰もいない。


「なんだ、雅治たちどこいった?」

「さあっ、外じゃない。って、えっ。何? 何で」


 俺が裏に置いてた制服を取り出して、コスプレの衣装のボタンを外すと麻衣が騒ぎ出した。


「脱ぐんだよ、この服、着替え」

「キャッ。何もここで脱がなくても」

「何だよ、さっきまで手を握ってたのに」

「あ、あによ。そんなの関係ないわよ。じゃなくて、脱ぐの駄目」

「何で? 終わりだぞ」

「まだ、いいじゃない。グランドフィナーレまで」

「フォークダンスまでなんて、よしてくれよ」

「もう少しくらいいいじゃない」


 校内放送が流れ出して、俺たちは耳を傾ける。


 “これより、学園祭のフィナーレを飾るフォークダンスを行います。全校生徒はグランドへ集まってください”


「ふふっ。じゃあ、このままグランド出よ」

「いやいや、着替える時間はあるだろ」

「駄目よ。みんなが踊っているところへ出て、激目立ちすることになるよ」

「無理しなくても大丈夫だ」


 麻衣は恨めしそうな目をして、俺を見上げる。


「ケチ」


 アヒルぐちで言い放つと、肩を落として出て行った。

 なんだよ。

 この格好で踊りたいのかよ。

 あっ! 

 一緒に踊りたかったのか? 

 コスプレキャラのイメージがダブっていそうだが、それでもこの服は麻衣本人が作ったんだよな。

 その努力は称えていいか。

 お陰で恥ずかしい思いをしたが、一部の女子たちに服だけだがほめられて……白咲も夢香さんも評価してくれていた。

 舐めた目を向ける後輩もいたが、おおむね楽しかったよな。

 コスプレは、人に見られる恥ずかしさのことしか考えてなかった。

 ちょっと反省。

 じゃあどうすればいいかと思うと、足が自然と前に出て、そのコスプレ姿のまま麻衣の後を追った。

 服のお礼を言うためと、それから約束をほごにされないために。

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