第8話 学園祭二日目(二)

 午後の客引きは、椎名で裏方は雅治が受け持ったハズだった。

 食事から戻ってみると、恋の水晶占いの入り口に“ただいま休憩中”の立て札が出ていて、隣の星占いのテントに客の出入りが多くなっていた。

 中に入ると雅治が客の座る椅子に腰掛けて、携帯電話をいじっていた。


「あれ、他は?」

「二人食事に出て行った」

「結局、俺の代わりはしないのかよ」


あいつらも遊びたいんじゃないか。


「お前がいなくなってから暇になったんだよ。こげ茶色のコスプレ占い師、いないのなら隣にいくとかでな」

「それで隣は盛況なのか」

「ところで、その格好で歩き回ったのか?」

「ふん、もうなれたわ」

「コスプレに目覚めたな」

「うるせ」


 椎名が戻ってくるまで休みってことか。

 だが、これだと逆に退屈だな。

 うむ。

 おもむろに俺は、水晶を占う特等席に座る。


「暇だから、占ってやろう」

「うん、誰に?」


 雅治は俺に問うた。


「だからお前だ。そう、来なさい。来なさい」

「いいよ、面倒だ」

「ふん、それじゃつまらんだろ?」

「web小説読んでる」

「ちっ……ではホームズ君、俺の占いを受けないというんだね?」

「むっ。その名前で呼ばれちゃ、黙っていられない」


 俺に鋭い視線を合わせたやつは、立ち上がり携帯電話をポケットにしまう。


「やる気が出たか。前に来い来い」

「ふん、受けて立とうじゃないか」


 雅治は座っていた椅子を引っ張ってきて、水晶テーブルの前に腰を下ろした。


「よしよし、ではお手を拝借」


 手に触って意識を集中。

 雅治の記憶の映像が、額の前に浮かんできた。






 湯気。

 水が床に弾く音が響く。

 うっ。

 浴室には、ところ構わず反応してしまう。


 ――おう。


 シャワー中じゃねえか。

 だからって、やつの入浴など見たくないわ。

 でも容赦なく雅治の片足が、映像からはみ出てくる。

 退散、退散、映像停止、やめーっ。


「いてーっ」


 雅治の手の平が、俺の顔面を覆って爪を立てている……痛いぞ。


「ああっ、ワリィ」

「何でお前に、アイアンクローを食らわないといけないんだ」

「あまりに憎らしい顔してたから、つい」

「おい、それはないだろう」






 ここは狭い空間だ。

 紙巻器が見えるって……。


 ――ゲッ、家庭のトイレだ。


 水の流れる音に、ふたが閉まる音。

 あっ、よかった。

 出て行くところか。

 あーっ! 

 俺が借したコミック5冊が、トイレ内の角の台の上に積んで置いてある。

 おおおっ、おのれ、トイレに駐屯させやがって。

 許さん!


「なーっ、雅治」

「うん」

「占いによると、借りたものはきっちり返すほうが身のためだと出てるぞ!!」

「な、なんか脅迫じみてないか」

「貸したコミックが、アンモニアの香りが漂うことはないよな?」

「えっ。えっ、へへへっ、何のことかな?」

「わかってるはず」

「まっ、まさか。借りてたコミックだろ? き、綺麗なもんだぜ」

「本当だろうな?」

「もちろん」

「5冊きっちり、お小水の匂いはないと?」

「たぶん。って、占いではなかったのか?」

「ウォホン。占いでは、借り物を印刷の香りが漂う新本として返すと、大いなる友情が奇跡の光を放って芽生えるでしょう。と出てるぞ」

「芽生えるか!!」

「チッ」






 ――ネタはないか?


 さらに映像を漁ると、雅治の部屋が映ったシーンが出てきた。

 本棚には文庫本がずらり、C・ドイルのシリーズが綺麗に並んでいた。

 だが、他の作家は単発ものばかり、偏食は正してやらねば。


「偏食はいかんよ、そうC・ドイルだけでは、いかん。たとえば、M・ルブランなんかを読むと視野が開けるかもしれない」

「俺にルパンになれというのか、ワトソン君。って言うか、何で俺の読書の偏りを知っている!!」

「ふっ、M・ルブランを読めば、ルパンになって勘が冴え渡り人の心を盗み見れるのさ」

「そ、そうだったのか!」

「はははっ、俺の神通力を思い知ったか」

「そういえば俺の部屋、つい先週も遊びに来てたよな」


 あっ、そうだった。


「本棚物色してたのは誰だ?」


 げげっ。

 見られてた。


「名探偵コソナの最新刊借りていったよな? 早く返せ」

「まだ、読んでないんだ。はははっ」

「あれ弟のでな、彼女に貸す予定だったんだって。この俺が怒られたんだよ、ワトソン君」

「あ、はははっ。色気づいた弟を持つと大変だな、ホームズ君」

「もういい、早く返せ、な」

「はい」



 ***



「こんにちは。恋の水晶占いは休憩中なんですか?」


 雅治の占いを終えようとしたときに、外からなじみの声が聞こえてきた。


「いいえ。これから再開します」


 椎名の対応した声。

 食事から戻ってきたようだ。


「水晶占いですか?」


 雅治が立ち上がり振り返って答える。


「あっ、はい」


 入り口から、私服少女が椎名に招かれ入ってきた。

 ポニーテールとほっそりした体系の容姿を見て、思わず顔がゆるむ。


「どうぞ、どうぞ、座ってください」


 いつになく親切な雅治。


「……どうも」


 椅子に座った白咲は、俺と対峙すると両手を口に当てて微笑む。


「広瀬さん似合ってます」


 俺のコスプレ姿を楽しく観察して見ているようだ。

 椎名は俺に目配せして、外に戻っていった。


「なんだ、知り合い?」


 雅治が聞いてきた。


「ああっ、ご近所さん」

「お前のところにまた美少女が……いいや、何でもない。外に出てるわ」


 友人は元気なく引っ込んでしまった。

 前に向き直ると、白咲は口をほころばせてこちらをうかがっている。


「私の恋愛……占ってもらえるんですか?」

「そう、占って進ぜよう」

「なんか楽しそう」

「そっ、そうか? 普通だぞ」


 ちょっと照れながら水晶を両手でなで回すが、彼女からの借り物をベタさわりはまずい。

 そう思い手を水晶の両脇に戻す。


「さーっ。水晶に手を当てて。それに俺が触れるだけだから」


 白咲は水晶に手を当てたので、俺が右手を乗せようとする。

 すると彼女は両手で俺の手をつかみ、握り締めてきた。


「ん? 握手しなくていいから」


 ちょっとあせって、左手を制するように彼女に向ける。


「触れるなら、握りしめたほうが良くありません? 占いが効率よく進むならそうするのがいいですよ。私は構いませんから、どうぞ」

「そ、そうか?」


 積極的な白咲に面食らいながら思案する。

 向かいの彼女は、手を握ったまま動じない。


「じゃあ、これで占うから目をつぶって」


 左手を彼女の手の上に置いて力を抜き、握った手に意識を集中する。

 今回はすぐにフラメモが発動しない。


 ――集中。


 沈黙。


 ――集中。


 沈黙。


 程なくして耳鳴りが始まり、前面に目を凝らすと目の前の空間にぼやけた映像がいくつも次々映りだす。

 少し時間がかかって焦ったが、フラメモ成功。

 彼女の記憶映像をいくつも視入る。

 ゆっくり動く街中の風景映像。

 人々が遠くで笑っている映像。

 動かない天井の映像。

 当たり障りのない映像ばかりだ。

 これは白咲の記憶をのぞいて視ることなんだろうか? 

 一つの映像に絞り視入るが、また風景映像で喜怒哀楽な記憶なのか首をかしげる。

 そこの情景はもういいと意識して、奥にある映像を深く入って視入る。

 集中すると別の情景映像が現れる。 






 映像に焦点を絞ると大きくなりだし、八畳ほどの室内にスチール製のデスクが中央に数台並んで視えた。

 壁に本棚があり、本やファイルがびっしり並んでいる。

 彼女の部屋でも書斎でもない……どこかの事務所? 

 覚えがない場所だ。

 映像者はドアを開けて廊下に出る。


  ――んっ? 


 階段を下りると映像が乱れ途切れた。

 少し集中を高めるとまた、映像が始まる。

 見覚えのある廊下が現れた。

 昨日行ったばかりの白咲の道場だ。

 今度は道場の中。

 襖が開き中へ入る。

 二列に分かれた座卓の長テーブルが四段あり、その前に二十人ほどの人々が座って前を見ている。

 その先は一段のステージ台があり、背が低く髪を長く伸ばした少女が立っていた。

 ……どこかで見たような子だが思い出せない。

 巫女スタイルだが、彼女がかんなぎ様なのか? 

 奥に道場当主もいる。

 そのあとは……またどこかの街中を歩く物ばかり続いて、白咲につながる物が見当たらない。

 別の映像を探そう。

 すると大きかった映像は、元の小さな空中画像になり、他の画像がまた視え出す。






 額付近の映像に焦点を絞ると、大きくわかるように視えてくる。


 ――ここは? 


 夜の歩道……あっ、俺だ。

 昨日の帰りに会ったときの記憶か。

 冴えない学生服姿……ってわけでもないが、何か違和感。

 何だろう? 

 始めて自分の声を録音して、スピーカーからその声を聞いてショック受けた感触のような違和感に近い。

 もういい、次だ、次。


 ――うーん、ここは道場…あーっ、俺だよ。


 やっぱり昨日の続きだ。

 自分が映し出されるのを見るのは勘弁して。

 他のシーンは……。

 やっぱり何日か前の俺の映像ばかり出てくる。

 白咲は俺のことばかり思ってくれてるのか? 

 そんなはずはないと思うが……。


「広瀬さん? どうしました?」

「はっ? ああっ。いや……ちょっと考え事を」

「そうなんですか? 私では占いをしづらいんじゃないですか?」

「そう言うわけでないが」

「私、巫女ですから、能力を狂わせてしまっているかも知れませんよ」


 巫女の能力ってあるのか? 

 意味深な発言。

 いやいや、そんなことないと思うぞ。


「うーん。もう一度やってみる」


 彼女との会話で映像は消えていたが、意識の集中でいくつもの記憶のシーンが現れる。


 ――あれ?


 そういえばお約束の浴室ぽい動画が見あたらないのは、彼女の仕様か? 

 ばか、ばか。

 そんなことあるか。

 よくわからんが、映らないんだったらいいや。

 でも、ちょっと寂しいかな。

 気を取り直して、耳元付近の映像に焦点を絞る。

 枯れた雑木林に雪が片側に張りついている。

 その中心に雪の積もった池? 

 それを窓から見ている。

 その窓に映る少女……ガラスの反射ではよくわからないが、白咲だろう。

 寂しそうな表情が、ガラス越しに届く。


 ――あっ……涙。


 泣いてる? 

 ガラスが移動して、部屋が見え出す。

 背が低い、椅子に座っているのか。

 画面が前に移動する。

 これはなんだ? 


 ――椅子が移動って……車椅子だ。


 怪我しているのか? 

 あれーっ、映像が乱れた。

 視えなくなった。

 戻れ。

 もう一度。

 だが、もう視れない。

 意識すればリピート可能なんだが、変だな。

 視れない。

 どうしたんだろう? 

 だがこの能力自体、まったくの不確定要素だから何が起きても不思議ではないが、今までにないことが起きると不安になる。

 俺自身に何か起きているのか? 

 それとも……いや、わからない。

 とにかく今の記憶から質問してみることにする。






「えーと。白咲は車椅子が必要だったことあるかな? そのとき、悩み事とか持ってなかった?」

「えっ? 嘘。……そんなはずは」


 白咲は腕を見ながら、不思議そうに顔を傾けて思案する。

 つかみは上手く取れたようだ。


「えっと、車椅子は、前に足を怪我して一時期使ってました。その、すごいです。驚きです。わかっちゃうんですね」

「あっ、ああ」


 彼女のほめちぎりに、聞きたかった怪我のことを引っ込める。


「ゴホン。では本題に行こう。今の白咲にまだ春は来ないみたいだな」

「えっ?」


 首を傾げる白咲。


「俺以外の男性が見えないんだ。きっとこれから、素敵な人が現れるんだと思う。うん、大丈夫、将来に備えていい女の子になる準備期間が今なんだよ」

「それ、違うんじゃないんですか? 他に男性が見えないんだって言うんなら、もう現れてることじゃないですか」

「へっ?」


 その瞬間、彼女に触れてた手が軽く握り締められる。


「きっとそうです」

「あっ、ははっ」


 彼女のストレートな反論に、胸の鼓動が早く鳴り出す。


「えっと、余計なことですね。話の腰を折ってすみません」

「ううん、そ、そんな考えもあるね……でも、白咲はこれからだよ」

「そうですか、これからですか。広瀬さんが言うならそうなんですね」


 ふーっ。

 ちょっと焦った。

 告られた気分になりかけた俺って……自信過剰? 

 だよな。


「あーっ、あの……」


 彼女は言葉を切って、何かを考えるようにうつむき加減でゆっくり話す。


「その……悲しいことがあって、泣いてしまうことってありませんか?」

「それは悲しければな」


 シリアスモードに入ってきた? 

 先ほどの車椅子で泣いてたシーンが、思い浮かぶ。


「私は、悲しいことがあったって……もう泣きません」


 彼女の真面目な態度に、嘘は感じられなかった。

 その毅然な態度にあてられて、俺は昔を思い出す。


「俺は小学六年のとき。仲のよかった女の子が交通事故にあって……そのとき、ボロボロ泣いたことあったよ」

「交通事故ですか?」


 彼女は静かに聞き返す。

 立体駐車場に激しいエンジン音。

 俺の目の前で少女が軽自動車に乗り込んだ直後、エンジン音を上げたSUVクロカンが追突。

 その衝撃の勢いで走り出し、金網を破って視界から消えていく映像。

 少女を乗せた軽自動車は、五階の立体駐車場から空にジャンプして落ちた。

 金属が弾け飛ぶ音と黒煙が脳裏をかすめる。


「その子はもう、今はもういないんだ」

「そうですか」


 うつむく白咲。


「俺……子供でなくても悲しければ、泣いていいと思ってる」

「男の人でも?」

「我慢したくない、我慢できないときもあるし。男、女の前に人だし」

「そうですか……広瀬さんも」


 何か言いかけて言葉を飲み込む白咲。


「それで、はずかしい話をしちゃったけど白咲の恋はだな」


 そのあと彼女は、素直に俺の当たり障りのない話しに聞き入り、フラメモで得た情報などを混ぜると驚いてくれて面目躍如になった。

 そして手は握ったまま……感無量。

 ただ触れ続けてるのにフラメモが発動しなくなったのが気がかりだが、彼女との会話で忘れていった。


「……ってな感じかな」

「そうですか。それじゃ、もう少ししたら私も恋人ができるわけですね」


 彼女の手がまた握り返してきた。


「あーっ。うん。できるさ」


 白咲を周りの男たちが見過ごすわけがない。

 そのへんは断言できる、占いでなくても。

 一息ついた彼女は握った手をやっと離してくれて、そのままゆっくり立ち上がる。


「面白いお話、ありがとうございました。長居しましたので、そろそろおいとまします」

「来てくれてありがとう」


 白咲はポニーテールの髪を揺らしながら静かに外へ出ていった。






「くっ、くっ、くっ」


 威嚇するような笑い方で雅治が入ってくる。


「んっ? なんだ?」

「役得だったな」


 座っている俺を、上からにらみつけて嫌らしく言った。


「手握っちゃって、このォ、このォ」


 そう言いながら雅治は、自分の右手を左手でつかみ、引っ張て引き戻す行動を繰り返す。


「あっ、バカ、あれは占いで必要で」

「終わりまでか? へへへっ」


 彼の意味深な笑いに、一瞬麻衣の顔が通り過ぎて悪寒を覚える。


「いやっ、その……女どもには、言うなよ」

「俺は言わないよ。くくくっ」

「なんか、含みのある笑いだな」

「いやいや」


 あれは、白咲が……って言っても、信じないよな。

 でも、もしかして俺、モテキ来た? 

 だと幸せなんだけど、夢だよな。

 夢。

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