第3話 引越し初日の出会い
全開にしたベランダの窓から入道雲が見え、木々の間から発生している沢山の夏の声が入ってくる。
同時に気温の上昇も気になる。
腕から汗が吹き出てくるのを感じながら、持ち上げた机を部屋の角に下ろす。
続いてベッドを移動と……。
「ふうっ」
一息ついて、フローリングの床に落ちているタオルを拾い上げる。
汗を拭いていると、腹の中から物を入れろと合図の音が鳴る。
時計を見ると一時三十分を回っていた。
腹が鳴るわけである。
管理人さんから受け取ったメニューを思い出す。
一階にある喫茶店から出前ができることらしい。
急いで一品選んで、携帯電話の通話ボタンを押すと若い女の声が響いた。
『カフェショコラです』
「あっ、上の階の……301号の広瀬ですが、注文いいですか?」
『はい、301号室の広瀬様ですね?』
「えーっと、Aセットでアイスコーヒーをお願いします」
『Aセットのアイスコーヒーですね? わかりました』
「じゃあ、よろしく」
そうだ、来る前に玄関に名札挿しておかないと。
名札を持ってマンションの廊下に出ると、階段付近に見慣れない紅の
場違いなうえ容姿も整っていて、見惚れてしまう。
その巫女衣装の少女と目が合うと、こちらに歩いてくる。
「……こんにちは」
「あっ、こんちは」
近づいてきた彼女は背が低く、俺の目先に頭がくるので見上げるように話かける。
「新しく越してきたんですか?」
「ええっ、そうです」
「私は向かいの家に住んでる者です」
俺が廊下から外を見下ろす。
そこには普通の家に道場のような大きな建物が繋がっている。
「向かいって……希教道? へーっ、そこの」
新興宗教だったけど、神道系?
新規の勧誘なのか?
「これ、よろしかったら、読んでください」
「ああっ、それ、ポストに投函されてたから読んだよ」
渡してきたチラシを手で制する。
「そうですか。ありがとうございます。霊能力での霊視とか、書いてありますが、大げさなんで勘違いして敬遠する人いるんです」
「まあっ、新興宗教だと……」
「でも、わかりやすく言いますと。えっと、占いみたいなことをやっているんです」
「へーっ、それだったら、ちょっと安心かな」
「実はこの格好、すごく恥ずかしいです」
彼女は、自らの巫女スタイルを眺めて言った。
「いー。凄く、いー。……いや、あははっ、巫女さんスタイル、似合ってますよ」
うっかり本音を口走る俺に、巫女さんは口に手を当てて笑うが、反対の手はなぜかガッツポーズ。
「バイトとして割り切ってるんですけど、やはり人前に出ると恥ずかしいです」
「いえいえ、似合ってますよ」
「そうですか。ありがとうございます。えっと。白咲要と言います。ご近所なのでよろしくです」
「こちらこそ、広瀬忍です」
「気が向いたらでいいので来てください。それじゃ、忙しい中すみませんでした」
彼女の笑顔に釣られて、俺は微笑んで去り際の腕振りをする。
「あ、あのーっ。本当に入らしてくださいね」
首を回し振り返る彼女は満面の笑みで、ポニーテールを横になびかせた。
「あっ、ははははっ、行きますとも、ええっ」
「待っています」
彼女が廊下から姿が見えなくなって、ドアを開けて中へ入る。
白咲か……うーん。
ちょっと背が低くスレンダーな可愛い巫女さんがいるなら、のぞきに行ってもいいかも。
あっと、玄関に名札挿すの忘れてた。
入り口に名札挿して中に入り、荷物整理をひと段落させたところで、玄関のチャイムが鳴る。
「はーい」
声を出して玄関を開けると、夏服のウエイトレス姿の少女が立っていた。
「こんちわーっ、カフェショコラのデリバリーです。Aセットにアイスコーヒーお持ちしました」
「待ってました」
ウエイトレスの少女に中に入ってもらい、Aセットのトレイを受け取る。
「はい。どうぞ。んっっ?」
少女は俺を凝視しだしたので、俺も見返すと懐かしい顔であることに思い当たる。
髪がロングからショートカットになっていて、気づくのが遅れた。
「忍?」
「ま、麻衣?」
「ウソーッ!!」
二人同時にダブった声が玄関口に響く。
「……って、ここに住んでたの?」
麻衣が目を丸くして聞いてきた。
「いやっ、今日越してきたんだよ」
「今日? 引越し? ここへ?」
受け取ったトレイのAセットを、近くのテーブルに置きに戻りながら会話を続ける。
「ああっ。麻衣は、その……下の喫茶店でバイト?」
「う、うん。……夏休み中ね」
「そっか。その……久しぶりだな」
「そうね。……でも、ビックリした」
「俺も」
言葉が切れて少しだけ見詰め合ってしまい、何か話題をと思ったが彼女が目をそらした。
「バイトの途中だから」
そう言ってドアを開けて出て行こうとした。
「おおい」
急いで玄関に下りて、彼女の手を取り引き止める。
その手は小さくて、やわらかい……。
能力のフラメモが出ないように手を放すと、気抜けしたように立ち尽くす。
中学と変わらず俺の目線におでこが来て少し見上げてくる彼女。
「代金を払いたいんだけど」
「ああーっ。そうだった」
頭をかく麻衣は、中学の頃と変わりなかった。
俺はポケットに入れておいた代金を取り出して彼女に渡す。
「確かにお勘定いただきました。ありがとうございます。……あの、忍。また会えるよね?」
「んっ。もちろん、会えるよ。学校、
「そうなの? そっか、良かった。同じクラスになれるといいね。……んと、それじゃ」
そう言って、ウエイトレス姿の麻衣は出ていった。
彼女は中学の同級生、そしてキスまでの仲。
でも俺は車に跳ねられ入院、それから彼女とすれ違いのまま卒業。
別々の高校に進学。
だが……。
今の俺は、まだその頃を引きずったまま。
だけど麻衣は、成長した瞳で一直線に俺の目を見つづけていた。
あーっ、ぐだぐだ考えても仕方ない。
これから同じ学校の生徒になって、また何度でも顔を合わせることになるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます