臓物主待望-Kyrie
森音藍斗
Kyrie
ひとりの男がいた。
彼は、世界を救いたかった。
彼は、人々に呼びかけた。決して怖がることはないと。
彼は、人々に問いかけた。隣人と未来を愛しなさいと。
彼は、人々に差し伸べた。その救いの手と治癒の力を。
彼は、人々に叫び続けた。慈悲ある神が人々を救うと。
そして、彼は神に愛された。
彼は、万人を救った。彼は、人々に崇められた。彼は世界を愛し、世界も彼を愛した。
彼は、救世主だった。
彼は、病める人を助け、悩める人を癒した。
X-dayの訪れは怖くないと人々に触れ回った。何故なら、最後の日の後には、苦しみのない楽園が待っているから。そして、その日のために、自らの魂を清め、穢れを遠ざけ、希望を棄てず、前に進み続けるようにと高らかな声をあげた。
彼を崇める人々は、何世代にも渡っていた。
一人が老いて死に彼に救われ、一人が生まれまたその赤子も彼に救われた。
人々が死に逝きても、彼は世界を救い続けた。
死は滅亡ではない。怖れることはない。
彼がいつまでも彼でいることに畏れなした人々は、とうとう彼を十字架に張付けた。
それでも彼は生き続けた。
最早彼を制するものはいなかった。
彼は孤独だった。
しかし、彼はそれでよかった。
神の子は孤独であるべきものだった。
孤独であることが、神の子で在る証であり、神の子で在れる所以だと信じていた。
ある日、彼は死んだ。
滅亡主が、彼を滅ぼした。
彼は、救世主ではなかった。
滅亡主が目の前に現れたとき、彼は言った。「戦わねばならぬ時が来た」と。
滅亡主は何も言わなかった。
ただ、臓物主の戯れに呆れ、彼を哀れみ、首を横に振っただけだった。
滅亡主は、彼を滅ぼした。
彼は救世主ではなかった。
彼は神に愛されてなどいなかった。
そもそも神など存在しなかった。
それだけだった。
死を察したとき、彼は初めて絶望というものを知った。
しかし、だからどうということもなかった。
彼を滅亡主の目から隠していたのは臓物主だった。
特にわけはなかった。
彼の姿を現したのも、臓物主だった。
やはりこれにも特にわけはなかった。
臓物主はまた世界を見つめ続ける。
臓物主待望-Kyrie 森音藍斗 @shiori2B
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます