55 重なる記憶
「え……? それって、どういう……」
僕は司波さんの言葉に、喉の奥がきゅっと閉まるような感覚を覚えながらも、何とか言葉を絞り出す。
いや、司波さんの言わんとしたことが分からなかったわけじゃない。
もちろんそれ自体はちゃんと理解している。
今、司波さんの言葉の意味を考えるとするならば、僕の思い出話に出てきた件の誕生日の人が司波さんだったということなのだろう。
だがそうは言っても、その言葉をそのまま吞み込めるわけじゃない。
だから僕は司波さんの言葉を待つ。
「私が『涼-Suzu-』に憧れてるのは、知ってるわよね?」
「それは、まぁ……うん」
『涼-Suzu』が憧れられるような配信者なのかどうかは置いておいて、司波さんが配信をしている僕に憧れているのは知っている。
それはいつか少し前に、ちょうどこの部屋で司波さんから直接教えてもらった。
「でも、どうして私が『涼-Suzu-』に憧れているのかは、知らないでしょ?」
「…………」
司波さんの言う通りだ。
僕は確かに、司波さんがどうして『涼-Suzu-』に憧れを持つようになったのかまでは聞いていない。
気になっていなかったわけじゃなかったのだが、聞くタイミングが掴めなかったのだ。
「私の親って、共働きで、夜とかも家にほとんどいないんだ。会社に泊まり込みで仕事とかもかなりある」
司波さんは顔を俯けながら少しずつ話す。
そういえば今日も家に帰っても一人だからと司波さんが言ったから、僕も自分の家に来ないかなんて誘ったのだ。
「それはずっと昔からで、別にそのこと自体をどうこう言うつもりはないの。私のために働いてくれているってのは分かってるから」
「……うん」
「でも、その日は、私の誕生日だった」
「…………」
そう言う司波さんの言葉は、少しだけ濡れている。
悔しいような、悲しいような。
僕はそんな司波さんに何も言えず、ただ黙って聞くことしか出来ない。
「中学生だった私に、一人きりの誕生日っていうのは、やっぱり想像以上にきつくて――――私はライブ配信に逃げ込んだの」
「…………」
「どうしてその配信者を選んだかって聞かれたら、おすすめ配信者のところの一番上にあったからっていうだけで、ほとんど偶然みたいなものなんだけど、それでも私はその人を選んだ」
「…………」
「その人の配信は、さすがおすすめの一番上に来るだけあって見てる人も多くて、コメントが流れるのもかなりな早さだった。その時はどんなコメントがあったのかなんて見ていなくて、ただただその人の声を聞いてるだけだったけど、それでもその人の配信が凄いものなんだって思った。特別変なことをしているわけでもない。ただコメントを拾って反応しているだけ。それなのにたくさんの人がその配信を選んで、見て、コメントしてる。実は配信を見たの自体それが初めてだったんだけど、そんな私でも凄いことが起こってるんだって分かった。だから、っていうのかな……。私もついコメントしちゃったの」
司波さんの言葉が少しずつ早く、力強くなっているような気がする。
見れば、その拳も握られている。
「今日が、誕生日ですって」
「————っ」
僕は思わず司波さんを見つめなおす。
司波さんの手に視線をやっていた間にどうやら司波さんも顔をあげていたらしく、偶然か必然か、司波さんと視線が重なる。
「きっと何気ない一言だったんだと思う。あれだけコメントがあれば読まれずに流されても仕方ないって分かってたけど言わずにはいられなかった。……でもその人は、読んでくれた、私のコメントを。そして『お誕生日、おめでとうございます』って言ってくれたの。読まれるなんて思ってなかったし、反応してくれるなんて思ってなかったから驚いた。しかもその人は歌まで歌ってくれて、本当至れり尽くせりって感じだったと思う」
「…………」
司波さんの言葉が僕の記憶と重なり始める。
いや、違う。
パズルの空いていた部分が、司波さんの言葉というピースで完成されているのだ。
「それまで読んでいなかったコメント欄には、たぶん私に対してのおめでとうっていうコメントで埋め尽くされていて、それは、意識して見なくたって分かってしまうくらいだった」
僕も、覚えている。
あの瞬間。
あの一瞬。
皆が僕の一人のリスナーのために、おめでとうって言ってたあの時を。
「一人きりだったはずの誕生日が、いつの間にかあり得ない数の人たちが私を祝ってくれている。そしてそんな非日常を作りだしたその人に、気付いたら、もう憧れてました――――っていうのが、私が『涼-Suzu-』に憧れた理由」
「……そう、なんだ」
僕は司波さんの言葉に、そんな風にしか反応できない。
でも内心では一人荒れていた。
もちろん、僕の思い出と、司波さんの思い出が、本当に全部同じかは分からない。
僕はこれでも結構長い間配信をしている。
配信を続ける理由になったあの一瞬を感じれたのはその時だけだったけど、それでもやっぱり、リスナーの誕生日を祝うことが他にも全くないというわけではない。
なのに、どうしてだろう。
僕はあの一瞬を一緒に過ごしたのは司波さんだったのだと、心の中で納得してしまっている自分がいる。
司波さんが、僕に配信を続けさせてくれている。
そう思わずにはいられなかった。
そう、思いたかった。
だからもし、司波さんの思い出と僕の思い出が、関係なかったとしてもそんなことどうでもいい。
僕にとって、司波さんにとって、同じ思い出ならそれでいいのだ。
だって、さっきまで暗かったはずの僕たちの雰囲気が、こんなにも明るくなってくれたんだから。
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