15 四葉 鈴
「……でも」
少なくとも今、凛が一人きりという事実は絶対にして変わることはない。
誰かに頼ろうにも頼る相手がいない。
さっきまでは確かにそこにいた亮ももう帰ってしまった。
無駄に静かな部屋が、自分が本当に一人なのだと改めて実感させてくる。
「…………」
それでも刻一刻と、配信を始める時間は迫ってきている。
それどころか既に普段なら配信を始めていても不思議ではない時間だ。
なのに一歩踏みとどまっているのはもちろん自分の配信が荒れてしまうのが怖いから。
凛は、怖かった。
自分の配信が批判されるのが。
亮がいた時は何とか取り繕っていた強気な態度も、一人になった今では徐々に綻び始めている。
本当は休みたかった。
それでも自分で一度決めたことだから、これまで頑張ってきたことだから、こんなことで諦めたくもなかった。
だからこんな風に頑張ってパソコンの前に座り、いつでも配信を始められるようにしているのだ。
でも最後の一歩が踏み出せない。
ここに、あいつがいたら、この一歩を踏み出せたのだろうか。
凛は静かに考える。
もしここに亮がいたとしたら、恐らく凛はこんなに葛藤することもなく、すんなりとその一歩を踏み出せるのだろう。
きっとそれは亮も分かっていて、分かった上でこうやって一人にしている。
じゃあ今、あいつがいないから、自分は配信をしないのか。
そんなことはない。
配信を休むという選択肢は、凛にはない。
それに亮へやると言ってしまった手前、今更無かったことにすることは出来ない。
それに、待ってくれている人がいるから。
四葉の配信が始まるのを、ずっと待ち続けてくれる人がいるから。
だから凛は配信を休まない。
今日も、これからも。
「…………ふぅ」
凛は一度大きく息を吐き、デスクトップに表示されている画面に目を向ける。
【 ライブ配信を始めますか 《はい/いいえ》 】
そして凛は意を決して『はい』を選んだ。
◇◆◇
「みなさん、こんにちは~っ! 四葉 鈴です!」
凛は始めにいつもの適当な挨拶をマイクにのせる。
これに関しては特に決まった文句などは自分でも決めていないので、本当に適当だ。
凛はちらっと閲覧者の数を確かめる。
今日は一番最初から四桁、つまり1000人を超えている。
少し前の凛だったら、この数字を見て、思わず飛び跳ねてしまいそうになるような数字だろう。
でも今は違う。
恐らく今日もいるのだ。
配信を荒らすアンチグループの人たちが。
「では今日も早速コメントを拾っていきますよー!」
凛は何とか平静を保とうと、いつもより意識して元気に振舞っていた。
カメラをオンにしているわけではないのでリスナーたちには分からないが、今も自分のテンションをあげるために身振り手振りを精一杯やっている。
でもそんな空元気、恐らくあいつには気づかれてしまうのだ。
妙に的確なアドバイスをしてくるあいつは、いつも自分の変化には敏感でいてくれる。
凛はこれまでの亮から教えてもらった改善点を思い出しながら、苦笑いを浮かべる。
『つまらない』
凛がそんなことを考えていると、今日もいくつもの心無いコメントが書き込まれ始めた。
文字数にしてたった五文字でしかないその言葉が、凛の心を傷つける。
このコメントを見るたびに自分の全てが否定されているような、そんな気がして止まない。
いっそのことブロックでもするかと思うが、そんなことじゃこの騒動は収まってくれないだろう。
だとしたら今の凛に出来ることと言ったら、ただ我慢することだけだ。
我慢して、我慢して。
アンチグループが自分を標的から外すまでの間、耐え続ければいい。
「……っ」
そんなこと、出来るわけがない。
たった一人の女の子がこの状況に耐えられるはずがなかった。
凛は数多くの批判コメントを見て、配信でやってはいけないこととしても有名な、言葉に詰まるということをやってしまったのだ。
時間にして数秒。
普通に流していればたったそれだけの間が、配信となると話は変わってくる。
その数秒が命取りになるのだ。
そして今は更にアンチグループがいる。
傍から見ても、今の間がアンチグループにとって格好の批判の的であることは間違いない。
そのことは凛自身も自覚していることで、コメント欄が再び大きく荒れてしまうと思うと、どうすることも出来なかった。
『――――――』
そんな時、目の前のパソコンが妙な機械音をあげた。
そしてその音に続くようにしてデスクトップには新たな画面が表示されている。
そこには『コラボ申請』の通話がかかってきていたのだ。
だがそれはおかしい。
なぜなら凛は普段から、コラボ配信の設定を全てオフにしている。
理由は単純。
自分の憧れの配信者『涼-Suzu-』が誰かとコラボというものをこれまでにしたことがなかったからだ。
だから自分の配信に、コラボ申請の通話がかかってくるのは不思議なことだ――――なんてこと全く思っていなかった。
凛はそんなことよりもずっと大きな驚きで、頭の中を支配されていた。
その視線はコラボ申請者のところで止まっている。
そこには確かに『涼-Suzu-』と表示されていたのだ。
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