13 倉田 亮
「ごちそうさま……あ、もうこんな時間だし僕はそろそろ帰るよ」
「そ、そう?」
僕は司波さんに空になったコップを返す。
どうやらいつの間にか随分と長居してしまったようだ。
夕陽ももうすぐで全部沈んでしまいそうだし、暗くなる前に帰る方がいいだろう。
「そ、そんなに急がなくても……いいんじゃない?」
「え、でももうすぐ夜になっちゃうし、それに司波さんは今日も配信するんでしょ?」
「う、うん。するよ」
「だとしたらその前にちゃんと家に帰って、配信を聞く準備をしなくちゃ」
時間的に四葉さんの配信がいつ始まってもおかしくない時間帯だ。
恐らくリスナーたちも皆、今も待っているのだろう。
だから僕も早く帰らなくてはならない。
「……ねえ」
「?」
何か忘れ物はないかと最後の確認をしている時、司波さんが突然声をかけてくる。
しかもどこか緊張でもしているのか、以前僕に初めて配信をしていると告げてきた時のように後ろに手を組んでいる。
そしてさらに上目遣いで、可愛さが際立たされていた。
「……もうちょっと、ここにいてくれない?」
司波さんはそんな状態でそんなことを言ってくる。
一体どうした。
これは夢か。
そうか夢なのか。
あはは、僕ってばうっかり。
……なわけがあるはずもなく、正真正銘現実で、司波さんは僕にそんな言葉を向けてきているのだ。
「ど、どうしたの?」
何とか冷静を保て、僕。
これは決してそういうわけじゃない。
別に誘っているとかそういうんじゃないはずだ、多分、もしかしたら、うん。
「今日は、ここで私が配信をしているところを、聞いててくれない……?」
「やっぱり不安?」
「……うん、かなり」
「そっか……」
どれだけ司波さんが強がったところで、やっぱり怖いものは怖いし、不安なものは不安なんだ。
僕に何とか強い自分を見せようとしてくれていたのかもしれない。
もちろん、配信を休みたくないっていう自分の意思はちゃんとあったんだとは思う。
あの時の司波さんの言葉を聞いていて嘘とは思わなかったし、思えなかった。
それでもこうやって僕がいなくなろうとして、一人になってしまいそうになって、初めて、自分の弱さを認めるしかなくなったのかもしれない。
「だめ、かな……?」
上目遣いで聞いてくる司波さんは、少なくとも今僕の中では一番に可愛い。
そんな司波さんが僕なんかに一緒にいて欲しいなんてことを言ってくれている。
出来ることなら僕が一番近くにいてあげたい、守ってあげたいとは思う。
「……今日は、大人しく帰るよ」
ただ僕がずっと司波さんのことを守れるわけじゃないし、一人で頑張らなくちゃいけない時がこれから一杯出てくる。
だから今僕がここで司波さんに出来ることと言ったら、司波さんの傍にいて、守ってあげることじゃない。
一人じゃどうやって越えられない壁があるなら、誰かが壊してあげるしかないんだ。
「お茶、ありがとね」
僕は黙ってしまった司波さんに一度だけ手を振ると、部屋の出口に手をかける。
「あ、そうだ司波さん」
「……なに?」
「『四葉さんの配信は面白くない』」
「っ……」
「もし本当にそうだったとしてもさ……僕は一日一個ずつ、何か改善点を見つけていく」
それが皆の『面白い』に繋がるのなら、僕は手を貸す。
あの放課後の時間を積み重ねて、司波さんが、皆に面白いって思わせられるような四葉さんになれるように応援する。
「それでも、誰かが、皆が、四葉さんの配信が面白くないって言うかもしれない」
ネットとはそういう場所だ。
自分の顔を出さずに人を罵れる。
だから今回のようなことも起きた。
「それでももし四葉さんが、司波さんが、配信を辞めない諦めないって言うなら――
――――僕はずっと
なんたって一番お気に入りの配信者なのだ。
頑張ってる姿を知っているからとかそういう贔屓目が入っているからというわけじゃない。
純粋に僕が司波さんの配信が大好きで仕方がないんだ。
「僕はこれからもずっと、四葉さんの配信、楽しみに聞かせてもらいます」
「……っ……ぅ」
「だから――――待ってます」
配信が始まるのを。
あの最高の時間を。
僕はそれ以上何かを言うでもなく、静かに部屋を出た。
玄関に向かって廊下をゆっくり歩いていく。
後ろから司波さんの小さな嗚咽が聞こえてくる。
泣かせてしまった、そんな自分が嫌になる。
僕にならもっと前に何か上手いことできた。
いや、違う。
僕じゃない。
僕にはこうやってプリントを届けるついでに司波さんと話すくらいのことしか出来ない。
そんなことが出来るのは――。
「……アンチ、グループ」
この元凶を作ったやつらのことを考えると、腸が煮えくり返りそうだ。
でも相手は数百人規模の大人数だ。
対処法なんて……決まりきっている。
目には目を。
歯には歯を。
大人数には――大人数を。
でもここからは僕の領分じゃない。
倉田 亮はここで一度お役御免だ。
僕は玄関の扉を静かに開いた。
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