10 振り絞る勇気
「もしかして凛のこと聞きに来たの?」
「あっ……そ、そうです! 今日休んでいたので心配になって」
どうして声を掛けたのか考えていると東雲さんがタイミングよくそんなことを言ってくれたので、ここはありがたくそれに乗らせてもらおう。
それにもしかしたら自分でも気付かないところで、司波さんのことを聞こうと本当に思っていたのかもしれないし。
「うーん、ごめんね! 実は私も凛から何も聞いてなくて」
「そうなんですか?」
それは正直意外だった。
司波と東雲さんは大体セットでいるイメージがあったので何か理由でも知っていると思っていたのだ。
「普段ならこういう時は私にも連絡してくれるんだけどね、何かあったのかな?」
「…………」
心配そうに呟く東雲さんに僕は黙り込む。
僕には思い当たる節がないではない。
むしろそれとしか思えないことが一つだけある。
それは僕と司波さんだけの秘密に関わることだ。
だからそれを今ここで破るわけにはいかないし、破ろうとも思っていない。
ただこれまで可能性でしかなかった僕の不安が、自分の中で確信に変わった瞬間だった。
「えっと、いきなり声をかけてすみませんでした」
「ううん、別に大丈夫だよ」
「じゃあ僕はこれで」
だとしたら一刻も早く司波さんと連絡を取らなければならない。
そして本当のことを教えなければならない。
「あ、ちょっと待って!」
「……?」
「もし、よかったらなんだけどさ……凛の家に行ってくれないかな?」
「……はい?」
「ほ、本当に来てしまった……」
僕は東雲さんに教えてもらったメモを頼りに、司波さんの家の目の前までやってきていた。
このメモが正しければここが司波さんの家なのだろう。
司波さんの家はどうやらアパートやマンションではないようで、それなりに大きい一軒家だ。
そもそもどうして今回こんなことになったかと言うと、どうやら東雲さんは担任から司波さんに渡すプリントを任せられていたらしい。
だが東雲さんも今日は偶然用事が入ったとかで僕に押し付けていったのだ。
しかも用事があると言う割に丁寧なメモまで残していって。
「…………」
ただ今回のは僕にとっても願ったり叶ったりといえばそうかもしれない。
普通に考えて僕にはクラスメイトの女の子の家にやって来たりすることなんで出来なかっただろう。
だがこうやってプリントを渡すためという建前があれば、僕だって来ることが出来る。
そして司波さんに話さなくちゃいけないことを話せるかもしれない。
「はぁ……」
僕は一度だけ溜息を吐くと玄関の呼び鈴を鳴らす。
家の中に響く呼び鈴の音が扉を通して外にまで聞こえてきた。
「…………あれ?」
しかしいくら待っても一向に返事が返ってこない。
もしかして本当に司波さんは体調不良で休んでいるのだろうか。
もしそうだとしたら変に何度も呼び鈴を鳴らして、眠っているのを邪魔するわけにはいかない。
「……あと、もう一回だけ」
もう一回鳴らして出てこなかったら、今日は大人しく引き下がろう。
僕は妙な緊張感に手を震わせながらもう一度だけ呼び鈴を押した。
「…………」
気のせいだろうか。
家の中から物音のようなものが聞こえてきた気がする。
そして僕がそう感じたと同時くらいに、目の前の家の扉がゆっくりと押し開けられた。
「…………なんであんたがここにいんのよ」
中から出てきたのは部屋着姿の司波さん。
普段なら絶対見ることはないだろうその格好もどうしてだか今は何も思わない。
司波さんは見るからにやつれていて、髪もところどころ流れにそぐわないところが見受けられる。
「プ、プリント……」
そんな司波さんに僕は慌てて、東雲さんから預かったプリントを鞄から取り出し司波さんに渡す。
司波さんは僕の手からゆっくりそれを受け取ると用事は済んだだろうとでも言う風な視線を向け、そのまま玄関の扉を閉めようとする。
「司波さん!」
でも僕の用事はこれで終わりじゃない。
まだ大事な用事が一つ残っている。
「話が、あるんだ。大事な」
僕は閉じられようとする扉に手をかけながら、その隙間から司波さんの顔を見る。
そこにいつもの強気な司波さんの表情は見られない。
それでも僕は司波さんから目を逸らさずじっと見つめ続ける。
次第に司波さんの扉を閉めようとする力が緩められ、徐々に扉が開いていく。
「…………あがって」
「う、うん」
僕は司波さんに案内されるままに玄関へあがり、司波さんについて行く。
階段を上った先にあったのは司波さんの自室だ。
「…………」
司波さんは特に何も言うことなくその部屋の中へ入っていくが、僕はその一歩手前で思わず立ち止まる。
何せ僕、これまで同級生ましてや女の子の部屋なんて入ったことがない。
緊張しないわけが無いだろう。
だがここで立ち止まるわけにはいかない。
司波さんはとっくに部屋の中に入っているし、この部屋の中に入らなければ何も始まらないのだ。
入れ、入れ僕!
行けるぞ僕!!
「……っ」
僕は一瞬視界に火花を散らせながら部屋への一歩を踏み出した。
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