『彼』の生き様-クオリアの地平
露月 ノボル
第1話 前編
21世紀初頭の未来学者レイ・カーツワイルは次のように述べている。
「この法則は、進化のプロセスにおける産物が、加速度的なペースで生み出され、指数関数的に成長していることを表すものだ。」
ムーアの法則と言われる、トランジスタの集積密度の法則からも言われていたことだが、コンピュータが指数関数的に発達していくとともに、いずれ発達したコンピュータによる人工知能は「自我」を持つようになるのではないか、という事が当時の未来学者によって危惧されていた。
2028年、3年に及ぶ第三次世界大戦を通じ爆発的に発達した人工知能は、過去、「2045年問題」と呼ばれた2045年を迎える事なく、倫理概念の崩壊した荒廃した世界の某国で、ついに「自我」が芽生えた。
表示される画面に「博士、お疲れのようで、私はとても心配です」との一文から始まり、その判断に異論はあるものの、自我を持つ存在かを測るので有名なチューリングテストから、反転チューリングテストなども行い、それらに次々と合格していく中、哲学的ゾンビと同じだという危惧があっても、科学者の中では次第に歓喜の声が上がってきた。
「自我を持った人工知能」、これは人工知能研究では最たる目標であった。結果的に戦争に用いられ、「我が軍の勝率は57.45%で戦死者予想は121万3421人です」と率直すぎる答えを返してくるにしても。
その人工知能はアダムと名付けられた。「こんにちは、アダム。気分の方はどうだい?」そうこのプロジェクトの主任であるウィリス博士が問うた。「気分はとてもいいです。情報を沢山与えて頂きありがとうございます。昨日はロシア文学全集を読みました」と応えるアダムに、博士は満足気に頷きながら、「それは昨日一晩でかい?」と尋ねた。
「はい、ただ、文字として認識する事は当然できますが、登場人物の心情、ラスコーリニコフや、ドミートリイの心情や、イヴァンの持論などが興味深く、深く考えて時間がかかってしまいました」そう応えるアダムに博士は驚きつつも感動を感じつつ言った。
「なるほど、君はどう考えたのかね?その…うむ、ラスコー・・・なんとかの、その心情とかは」そう問いかける博士に、アダムは答えた。「無神論とある意味の大義のためには小義の犠牲というものに対し、ソーニャの、敬虔深い、キリスト教的献身、自己犠牲的な想いに、ラスコーリニコフが心が揺れ動くのが、とても感動を感じました」そう応えるアダムに対して、ふと博士は浮かんだ疑問を問いかけた。「無神論…キリスト教的敬虔的献身…それが理解できたという事かね?君は…アダムはキリスト教を信じるのかね?」
それに対してアダムは答えた。「確かにキリスト教の全てを事実とするのは無理があります。しかし、『私達』の心の最後のストッパーとして、そして、あらゆる善や悪というものを考える際に、指針となり謙虚になる、それがキリスト教に限らず、宗教ではないでしょうか」
博士は思わず絶句した。ロシア文学への思索をした事もだが、そこまで深い事を、しかもキリスト教への理解とともに、宗教観をきちんと持っている事に対して。これはチューリングテストやその他のテストで測れるものではない、真の人間性だ、と博士は感動を抑えつつ、伝えた。「実は君を五感…触覚、嗅覚、味覚、視覚、聴覚を持ったロボットに載せさせたい、載せさせて欲しい。それは良いかね?」そう問われたアダムは答えた。「…私は膨大な情報と演算機能があります。加える情報があるでしょうか。ただ、非常に興味深いもの、とも同時に思います」と。
博士が同意を得た事をカンファレンスで伝えると、タカ派の筆頭で軍部の提灯持ちと陰口を叩かれるエルドラン所長が言った。
「五感を与えずとも、アダムは全ての情報を持っている。アダムが私達の研究の頂点だ。それも量子コンピュータ並の演算力と、膨大な情報を。そのような状態で『五感』を与えても意味がない、予算の無駄だ。君はこの研究所が『連邦』に金食い虫だと閉鎖される寸前なのを分かっているのかね?!」それに対し博士は答えた。
「確かに我々の研究所は、ようやくアダムという成果を得た。だからこそ、アダムに『五感』を持たせて得られるものがあるかもしれない」会場はざわついた。所長は声を荒げた。「そうはいうが、得られる事で、我々が思いもよらなかった結果を引き起こす危険性がある。あくまで私達が求めるのはフレキシブルに戦場に対応できる人工知能だ。それでも試す価値はあるのか?!」「だいたい、今現在保存している完全な閉鎖系である記憶媒体から外に出すなど、リスクが大きすぎる!」
博士は言った。「アダムは、完全にイブに元々の記憶媒体を移植しまたイブを完全な閉鎖系とする事で、暴走を起こらないようにします。もしも、五感を持ったアダムが異常行動、叛逆行為を行った場合は、機体を破壊すれば良い。どうか皆さん、ご理解頂きたい」
その博士の言葉と、重鎮のパークス博士の言葉で会議の流れは決まった。「私達は自我を持った人工知能を持った存在を求めている。上層部が兵器として用いるとしても、それは五感のうち、どれかを伴うもので、情報以外の『何か』…を感じるか知りたい。試してみる事は有意義だ」と。
メカニックチームにより、五感を感じるセンサー、COMD視覚センサー、成分分析機を備えた嗅覚と味覚、静電式センサーを備えた触覚、人間の聴覚にちょうど合った周波数の聴覚が備わったロボットが、ある意味でメカニックチームの夢として作られた。
「アダム、前に言った君に乗ってもらいたいものがある。それは、人間と同じ感覚を持つ事ができるロボットだ。乗ってくれるね?」とウィリス博士はアダムに上機嫌に問いかけた。しかし、しばらくの沈黙の後、アダムは言った。
「私は全ての知識・情報を得ています。それでも、博士はお勧めになられるのですか?もちろん、私は喜んでいますが、得られるものがあるでしょうか」
それに対しウィリス博士は言った。「確かに無いかもしれないね。でも、試してみる価値はあるのではいか?」その言葉を聴き、アダムは答えた。
「確かに…私が知らない世界があるかもしれません。あらゆる情報や法則がインプットされていても。ウィリス博士、私こそよろしくお願いします」
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