朱家角(上海水郷物語1)
きりもんじ
第1話船旅
12月だと言うのに黄海は穏やかだった。
ゆるい消え入りそうな夕日が
静かに沈んでいく。
本庄浩一は12月になると雑貨の材料を
仕入れに大阪から上海に船で行く。
京都の嵐山で小さな土産品店を営む本庄は
幸いこの時期日程にゆとりがあるので
ゆっくりと船旅が満喫できるのだ。
1年の中で最も癒される2週間である。
旅の荷物は着替えとスケッチブックを1冊
持っていくだけだが、帰りはかさばりはし
ないがずしりと重い銀鎖4千本を背負う。
この時期の国際フェリーは乗客は少ない。
若者もいるが年配者が多いのは船旅ならでは
と思う。何人かの友人ができるのも楽しみだ。
スケッチは数年前から始めた。
鉛筆でラフスケッチをしてあとで
水彩を施すものだ。
船旅の時は必ずスケッチブックを持っていって
各地の風景をいくつか描いて帰る。
写真も撮りはするが写真から描いても
いい絵はできない。
現場ですばやくスケッチしたものにこそ
タッチに活力がある。
地元で趣味の会に誘われて入会はしたが
まだ1度も出品をしたことがない。
皆それなりにうまいのだ。本庄の
ラフ画など物の数ではない。
30人ほどの小さな会だが年に1回
作品展をやる。本庄は義理で毎年
顔出しだけは欠かしたことがない。
「一度本庄さんも出品してみたら?」
紹介者の友人の奥さんはしきりに勧めるが、
本庄にはまだそんな自信はない。ラフに
描くからこそ長続きするものだと思っている。
風景ばかりで人物画は皆無だ。
上海に上陸すると南站(南駅)から杭州へと向かう。
汽車のときもあればバスの時もある。
鉄道よりもバスのほうが格段に安くて早い。
杭州で乗り換えて義烏という町へ向かう。
1時間ほどで着く内陸の小都市だがこの町は
町全体が問屋の集まりになっていて、大規模な
マーケットが3箇所あり、最大規模の
国際商貿城は7階建ての大型ビルが10数棟も
S字型に連なっていてとても1日では見て回れない。
本庄は行きつけの鎖店へ向かう。価格を確認して、
でないと中国のこといつ何が起こるやらわからない、
で、その場で4000本を買い付ける。検品には
まる1日かかる。100本の束が90本だったり、
止め金具が壊れていたり、まともな100本などまず無い。
この日もまず最初に価格を確認する。日本で1本
400円で仕入れる鎖が4円だ。この店は1本でも
100本でも1000本でも価格は同じ。
数年前に初めてきたとき偶然見つけた店だ。
他は1000本以上で1本20円が最低で、
くたくたになって歩き疲れていた時、
ふと日本語が聞こえて日本人行きつけの店を
見つけることができた。なるほど1本4円は格安だ。
検品さえしっかりやればとこの店に決めた。
心配なのは価格変動だがこの数年変化はない。
それでもここは中国、心配なので上海に上陸
したらまず真っ先にこの店で買い付ける。
もしそうでなければ、又最初から他の店を
探さなければならないからだ。
日程はノービザの範囲の2週間。買い付けを
済ませれば1週間は丸まる旅ができる。
これが唯一の楽しみだ。
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