露天風呂

 大浴場の露天風呂は、自然に囲まれた中にある、眺めも楽しめるところだった。


 柵で囲まれた露天風呂は、小高い丘みたいになっていて、その柵越しには、夕暮れ時の情緒を感じさせる景観が望めた。


 私達は、その景色を楽しみながら、汗を流して、遊んで疲れた身体をゆっくりと癒した。


 露天風呂から上がった後は、温泉宿では定番の卓球をして遊んだ。



 夕食の時間になって、部屋に戻った私達は、仲居さんが用意してくれた、高級なお肉のしゃぶしゃぶや、普段口にすることが中々ない、山菜や川魚料理なんかを味わった。私達(ほとんど貴弘が一人で釣ったわけだけれど)が持ち込んだヘラブナも、板前さんが調理してくれて、それも味わうことができた。


 お腹を一杯にした後は、男女で別々に、ベランダにあるお風呂に入って、その後は、正樹が持ってきたUNOで、わいわいやりながら遊んだ。莉子も、「そんなの子供がやるゲームでしょ?」とかなんとか言いながらも、結構楽しんでいるみたいだった。


          *


「――もうこんな時間か」


 壁にかけられた時計を見て、正樹が言った。


 皆で楽しく遊んでいるうちに、いつの間にか、午後十一時を回っていた。


「今日はヘラブナ釣りしたり、山道歩いたりで、結構疲れたからな。そろそろお開きにして寝るか」


「学校の授業は、あんなに長ったらしく感じるのに、楽しい時間ってのは、なぜだか早くすぎちゃうんだよね」


 麻衣がいつになく感傷的に。


「そーたいせいなんとか、ってやつだな」


 正樹が、アバウトな知識で合いの手を入れる。


「なにそれ? 早退する生徒? それが何の関係があんの?」


 麻衣が怪訝に尋ね返す。やっぱりいいコンビだ。夫婦漫才みたい。私は思わずくすりとさせられてしまった。


「そんなことどうでもいいから、早く寝るぞ。チェックアウトの時間があるんだから、明日いつまでも寝てられるわけじゃないんだからな」


 貴弘は言いながら、夕食後にやってきた仲居さんが、男女に分けて敷いてくれていた布団に入った。


「それじゃ寝るとしますか――正樹……」


 自分の分の敷かれた布団の横に座った麻衣が、細めた眼を正樹に向ける。


「なんだよ」


「私達が眠ってる間に変なことしようとしたら、これで目一杯殴ってやるからね」


 鯉の掛け軸の前に置かれていた花瓶を手に取りながら、麻衣が凄んでみせる。


 正樹は、ため息まじりに、


「なに変な疑い向けてくれちゃってんだよ……なにもしないって。俺達を信用しろよ」


「俺達ぃ? 私が信用してないのは、ケダモノ正樹君だけなんですけどー?」


「なんだよそれ……良かったな、貴弘。お前は信用あるんだってさ」


 横を向いて瞼を閉じている貴弘は、正樹から顔を背けたまま、なにも答えない。


「肝に銘じておきなさいよ。私も、せっかくの楽しい旅行で、殺人事件は起こしたくないからね」


 私は、そんな二人のやり取りを、布団に包まって聞きながら、クスクスと笑いを零していた。


「くだらないこと言ってないで、早く電気消してよ」


 布団に包まる莉子に、不機嫌そうに言われて、正樹が部屋の電気を消した。



 夏休み旅行の一日目は、貴弘と仲良くする莉子に、少し嫉妬してしまったこともあったけれど、それ以外は、楽しくすごすことができた。


 貴弘と夏祭りの約束もできたわけだし。


 莉子も、色々と不満を呟くことはあっても、思った以上に協調性があって、言われてる程悪い子じゃないんだなって思えた。


 この分なら、明日もまた、楽しい一日がすごせるはず。



 私は、そんな風に思いながら、気持ちよく眠りに就くことができた。


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