【Episode:03】希望の光が消えて

呼び出し

 突如として射し込んできた、希望の光――


 貴弘が、またピアノを弾けるようになるかもしれない――


 それだけで、十分だった。



 その驚きと喜びに浸り続けた一夜から明けた、翌日の朝の教室。


「瑞貴ってばさ、すぐに済ませて来るって言ったくせに、私を、一時間近く待たせてくれるんだもんね」


 麻衣が、頬を膨らませて拗ねるように。


「ごめん、ごめん。今度イチゴシェーク奢るから許して」


 両手を顔の前で合わせて、必死に謝る私。昨日からずっと謝りどおし。昨日から数えて何回目になるんだろう。


「イチゴシェークに免じて、今回だけは許してあげる。だけど、今度したら絶交だからね」


「分かったよ。もう、二度としないから。麻衣と絶好なんて絶対嫌だもん」


「分かればよろしい。以後、十分注意するように」


 麻衣が、鼻にかかったような声で、教頭先生の真似をしながら言う。麻衣の、先生物まねシリーズの一つだ。


「よかったあ、許してくれて」


 私は笑いながら、麻衣の片手を両手で握り締めて、ぶんぶんと上下に振った。


「……なんか今日、妙に瑞貴明るくない? 昨日カフェに来る前になんかあったの?」


「別に、なにも」


 私は素知らぬ表情で答えた。


「怪しい……もしかして、昨日の用事って、誰か男子に呼び出されて、告られたとか?」


「それはないよ。私地味だから、男子たちに気にもされてないから」


 けれど、早とちりな麻衣に私の声は届いていないようで、


「この私を差し置いて、瑞貴だけが彼氏を作ってよろしくやろうだなんて……許せないっ! こうしてやるっ!!」


 突然がたりと席を立って横に立つと、私の頭を両手で鷲掴みにして、髪をもみくちゃにし始めた。


「なにすんの、麻衣……やめて……やめてって……」


 必死に抵抗する私。


 だけど、ものの数秒で、綺麗にセットしていたはずの私のストレートの髪は、やまんば状態と化していた。



「ひどい……せっかく時間かけてセットしてきたのに………」


 コンパクトミラーに映る憐れな自分の姿を見ながら、私が嘆く。


「ふん。私を待たせて良い思いをしていた罰よ。辱めを受けて反省しなさい」


 腕を組んで、ふんぞり返って私を見下ろす麻衣は、まるで仁王様のような威圧感。



「なにネコみたいにじゃれあってんだよ」


 私達の傍にやって来てそう声をかけたのは、正樹。今日も相変わらず、チャラ男君と呼ばれそうな茶髪にピアス。


「罪深い瑞貴に罰を与えてあげていたの。それで、なんか用なの?」


 麻衣が、不機嫌そうに返す。


「いや、俺がってわけじゃないんだけどさ。貴弘が、瑞貴に話があるから、今日の昼休みに屋上に来て欲しいらしいぜ」


 それを聞いた私は、ハッ、と教室の後ろを振り返った。


 

 そこには、私を、じっと見つめている貴弘がいた。



 視線が合ってしまって、ドキリとさせられた私は、慌てて乱れた髪を手櫛で整える振りをしてごまかした。



「貴弘が瑞貴に? 何の用があるわけ?」


「それは聞いてない。とにかく、昼休みに屋上に、ってことだ。瑞貴、それでいいか?」


「え……? あ……うん……」


 私は、言葉を詰まらせながらも、頷きを返した。


「よし、じゃあそういことでよろしく頼んだぞ。俺は戻るからな。貴弘のやつを、今度の旅行に来てくれるように、説得しないといけないんだ」


 そう言うと、正樹は、貴弘のいる後ろの席へと戻って行った。



「なんの用なんだろ? もしかしたら、貴弘の方から、瑞貴と仲直りしたい、って言ってくるのかもよ」


 興味津々な麻衣。


「そうなのかな……そうだったら嬉しいんだけど……」


「そうだとしたら、せっかくの仲直りの場なのに、その髪型はふさわしくないわね」


「ふさわしくない、って……こうしたのは麻衣じゃない」


 まだ収拾がつかないでいる髪をつまみながら、私が零す。


「携帯ドライヤー貸してあげるから、休み時間使って、それまでになんとかセットし直しなよ。もしかしたら、仲直りだけじゃなくて、告られる、ってこともあるかもしれないんだからね。そんな髪型でいたら、一気に冷められちゃうかもしれないよ」



 そういうわけで、私は、昼休みまでの休み時間を使って、必死に、麻衣から借りた携帯ドライヤーと整髪料で、髪型を綺麗に整え直した。


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