北海道編1


  ♠


 何だこれ…………。

 「それ」を見た初めの感想はこの一言に尽きる。俺は、「アスタリスク」と名乗る人物からのメールを怪訝けげんな気持ち持って眺めていた。端から見たらものすごいしかめ面をしているのだろう。


 まず第一に考えるのは、何か変なサイトとかには登録していなかったかということだ。 

 これはおそらくいわゆるチェーンメールとかの迷惑メールの一種なのだろう。ならばそのメールが届くことになった原因、要因があるはずだ。だが色々と思い返してみてもそのような記憶はない。


 そもそも、このメールには送信者の利益になりそうなことが一切書かれていない。この文面を額面通りに受け取るならば、受信者にとっての利益になることだけだ。「願い事を一つ叶える」という文言がまさにそれだろう。通常この手のメールを送るのならば、架空請求で受信者の恐怖心を煽るであったり、有害サイトへの誘導を行うことでワンクリック詐欺などを行うものだ。それが直接的な利益に繋がらなくとも、送信者の愉悦感を満たすことはできる。


 だが、このメールは違う。このメール自体には、そのような架空請求の文言も、サイトへの誘導も一切ない。


 もちろん、このなぞなぞに答えていくことでそれが浮かび上がってくるということも考えられる。だが、そうすることにメリットはあるのだろうか。そもそもこのメールが無視されてしまえばそれまでのことなのに。このメールに答えてしまうようなうっかり者だけをカモとして狙い撃ちしているのか。それとも単に「アスタリスク」の手口が稚拙だったのか。


 また、もう一つ気になるのが「助っ人」の存在だ。確かに俺と共に、個人用と思われる二人のメールアドレスにこのメールが送信されてあるのが分かる。この二人が送信側のサクラではないのなら、一体どういう意図を持って三人に同じメールを送り付けたのか。それに、「協力し合え」とはどういうことなのか。そこにどんな意味があるのか。


 まあ、何でもいいか。


 俺は深くなりそうだった思考を停止させ、スマホの画面を暗転させる。こんな何の益体もないメールにいちいち神経を尖らせる必要もない。

 むしろ、いつもならば何も考えずに捨ててしまうような迷惑メールに対してどうしてこれほどまでに反応してしまったのか分からない。


 それだけ神経が弱っているのか、と半ば自虐的に俺は机に突っ伏した。

 俺が担当教師から生徒会長選挙の結果を伝え聞いてから約一週間。正式に選挙の結果は公示され、新しい生徒会長が誕生した。


 その一連の流れの中で俺の副会長の就任への打診もあり、ほぼほぼ確認程度で二言三言ほど交わしただけで俺は副会長へ就任となった。俺を含め、元から生徒会で属していたメンバーで二年生だった面子はほぼ引き続いて新生徒会にも属すことになったので、その流れもある。


 だが、俺はこの新生徒会の組閣をどこか遠くで起きている出来事かのように眺めていたのであった。


 その一部に俺がいても、その中心にはいられない。そのことが俺をどこか躊躇ちゅうちょさせているようにも感じられた。

 たかだか学校の生徒会長選挙だ。あんなもの、人気投票に過ぎない。公約がどうとか、そんなものを見ている人間はほとんどいない。何しろ公約なんて掲げたところで、生徒ができることは限られているからだ。


 だから、要するに生徒会長に立候補する人間が二人以上いたのなら、必然的に選挙にはなるが、それはただお互いの人気を、すなわちツイッターとかでいうフォロワー数を競うだけのものになる。


 俺は一年生の際に立候補し、敗れはしたが生徒会に属して地道に活動を続けてきた。その俺と共に立候補したのはそれまで生徒会には全く縁のないような、だが全校的に知名度のある同級生だった。


 そして、結果は見るも無残だった。一年の実務という実績は度外視され、人気のある方が圧倒的な勝利を得るという選挙結果に終わったのだ。

 つまるところ、俺がどれだけ地道に活動を続けていたところで、フォロワーが絶対的に多い人間に勝つことはできないのだった。今回の選挙結果を聞いて、それを痛感した。


 世知辛い世の中だなぁ……、と半ば他人事のように俺は顔を腕に埋めた。今から少し寝ても、昼休みが終わるにはまだ時間がある。


 10月の声を聞くと途端に廊下から吹き付ける風がとても冷たく感じる。寒冷気候に当たる北海道の秋はやって来たと思うと直ぐに駆け足で過ぎ去っていく。


 それでも教室のドアを閉めようという気も起きず、俺はまどろんでいく。


「青」


 だが、闇へと堕ちていく意識の中で、それを許さないかのように俺を呼ぶ声がした。


 わざわざ顔を上げずとも声の主は分かる。だが、俺の心が弱っていようが不機嫌でいようが、この声の主は俺が返事をしなかったり生返事を返すことは許さない。だから俺は、渋々顔を上げて返事をした。

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