解放。フェスの『黒神龍眼』

「!? ダークエルフ……。あなた、じぶんで何をいっているのか……」


 驚愕と言った表情のニケ母。その表情から、ニケア達エルフにとって、この宣言の重大さがみてとれる。

 軽い気持ちで言ってよいものではないのだろう。じっさい、双子にいたっては言葉にもならないといった様子だ。


「……わかっています」


「本気で何をいっているのか、解っているのですか!」


「わかっています! ニケは、すべて解っています母上!!」


 そういいながら、大粒の涙を落としている。


「……そうですか。いまのあなたとは、話しても無駄なようですね。ならば、力づくでも帰ってもらいます。ミケ! ラケ!」


「はっ、はい、母上!」「ねえさま許してください!」


 ニケア以外のエルフ全員の瞳が碧く輝いた。戦闘モード突入。例の魔装剣士化だ。それぞれが両手に氷の剣を展開する。おいおいマジか……。

 なんとかしないと! ニケア1人でも無理だったのに、こんどは3人同時……。なんとか出来る気がまったくしないけど! でも、とにかくなんとかしないと!


 そんなオレの心配をよそに、剣を構えるエルフ達とは対照的に、だらんと両腕をさげたままのニケア。うつむき前髪が顔にかかっている。


「どうしたのですかニケ? 抵抗はしないのですか?」


「……抵抗は、しません。大好きな母さま……妹達を相手に、戦うなんてできません……」


「よかった。諦めたのですね。ならば、いっしょに帰りましょう」


「帰りません。……ニケは、ダイスケさんの……側に、いたい」

 そういうと、その場にひざまずき両手を組み、なにかに祈るようなポーズをとった。


「そのような我が儘が、通るとおもっているのですか! 立ちなさい!!」


「…………ニケは、この場を動きません。連れて帰りたければ、その氷剣で刺すなり。斬るなり、なんなりと……」


「覚悟はできていると? そういうことですか?」


「…………」母の言葉には沈黙で応えるニケア。


「ニケ。あなたそこまでして……。そうですか……ならば仕方が無いですね」

 ヴン――と、音がした。ニケアの母は剣の出力をあげたのだろう。刃の輝きがいっそう増している。そのまま1歩、2歩と、ひざまずく娘に向かって近づいていく。

 イケ母さん本気か? 止めないと! ぜったいオレが斬られる未来しか見えないけど、止めないと!


「お母さん、ちょっと待った! ん!? って、おまえら? どうした?」


「……ダイスケさがって」


 そういい、オレを押しのけ、すすみでたのはアステマ。


「……やれやれじゃな」


 同様に歩み出るフェス。


 そうしてニケアの両脇にそれぞれが立った。しぜんエルフ3人と向き合うかたちになる。


「!? アステマさん、フェスさん?」


「交渉は決裂だね」


「決裂じゃな」


「なら、話はやいね」


「3対1は卑怯じゃな。このまま捨て置けぬ」


「アステマさん、フェスさん。危険です! さがってください!」


「そうはいかない! ニケ。あんたダークエルフなんでしょ? たしかに、そう言ったよね?」


「え? はい。……いいました、けど……」


「……なら、こちら側だね。ね? フェス」


「そうじゃな、アステマどの。同属の誼である。わらわも助太刀しよう。ふりかかる火の粉は、はらわねばなるまいて」


「ちょっとまて! 火の粉をはらうって、どうするつもりだ!」不穏な空気に、たまらず口をはさむ。


「きまっておる。滅ぼすまでよ」平然とそんなことをいうフェス。


「滅ぼす!? ……殺すのか? ……いくらなんでも」

 それはやり過ぎだ。ニケアの家族なんだぞ。


「フェスさんまってください! これはニケ達家族の問題で――」


「大丈夫じゃ。安心せい、苦痛はない。いっしゅんで髪の毛ひとつのこさず、消え去るのじゃからな……クク」

 

 フェスの笑みが怖い。その瞳孔が縦に絞られ細くなった。獲物を狙うトカゲ……いや、この場合はドラゴンの瞳だ。まさに闘技場に君臨しつづけた、帝国騎士団や腕利きハンター達を屠ってきた漆黒のドラゴンのものを彷彿とさせる。最強の敵だった存在の瞳……。


「フェス。まかせたよー。いま、あたし魔力ないからさー。あいつらに闇の力のすごさを見せつけてやって」

 ニヤニヤしているアステマ。こちらは悪魔の笑みだ。


「わらわの出番というわけか。承知した。ダイスケどの、アステマどの。ニケどのを連れて、うしろに……」


「ちょっと待て! なんとかならないのか? ニケアのお母さんも話を聞いて――」

 言いおわるまえに、シュッ――という、空を切り裂く音がした。いっしゅん冷気を感じると、おくれてオレの頬からは、なまあたたかい液体の感触があり、それがポタリと地面に染みをつくった。


「次はその首が飛びますよ。邪魔をするのなら、貴方達も容赦しません」氷の表情でニケア母。ずっと変わらない態勢なのに……オレに向けて剣を振るったはずだけど、まったく見えなかった。


 ……強さの次元が違いすぎる。話し合う、説得するといっても、相手をその気にさせるための材料がまったくない。今のオレには、なにもできない…………くそっ。


「ダイスケどの。わらわ達は容赦されないらしいぞ。ククク。……にしても、ダイスケどのに手を上げたいじょう。その非礼は償ってもらわねば、駄賃が合わぬな。そうさの……とりあえず命で贖ってもらおうか」


「……どうすれば? どうすればいい……」迷うオレにフェスが応じた。 


「ここは躊躇う場面ではないぞ。この状況を解決するのは簡単じゃ。ダイスケどの、そのために行使すべきものが何か、わかるかえ?」


「……いや」


「それは、力じゃ」


「……力」


「相手はを行使して、そなた様の意志を挫こうとしておる。ならば、わらわ達も、を以て応じる他あるまい」


 わかっている。最終的にはで決着をつけるしかない。まえの世でも、この世異世界でも同様の真理。だけど……。


を、いまお見せしよう。ダイスケどの。わらわの主さまよ。そなたは力を手にしたのだ。わらわを手にすることで、お主たち人間の世界でいうところの……圧倒的な『神の力』を」


「!? ……『神の力』」


「わらわに命ぜよ。ただひとこと。と。さすれば、この無礼な者共は1人残らず塵ものこさぬ。なに、痛みなどない。そもそも存在などしなかったのだ。生まれ出でてなかったのだ。後悔も悔恨も悔悟も恐怖も絶望もなにもかも全て! 絶無! わらわは慈悲深い。手加減などしないし、嬲るような悪趣味なこともせぬ。ただひとこと命ぜよ! と! うずく、わらわの腕が疼くぞ! ひさびさに、たのしめそうじゃ、クハァ」 


 腕の紋章をさすりながら、そんなことをリアルにつぶやくフェス。


「御意! わが主、ダイスケどのが命にしたがい、いまこそ『黒神龍眼』を解放し真の躯で参るとしよう!」興奮気味に言いおわると、フェスは黒炎の紋章がほどこされた左腕で己の眼帯を剥ぎ取り、放り投げた。


「……ちょ、なっ!? フェスはやい! オレなにも命じてないし!」 


「忖度しました」


 キリッとオレのほうに視線をとばすと、向き直り、いままで眼帯で閉じられていた片眼の瞼をひらく――そこから、紫黒の霧が沸きだした。それは意志をもつ生き物のようにうねり、フェスの身体を包み込む。


「フェスーー! ダメーー! 忖度ダメーー!!」


「!? ミケ、ラケ! すぐにさがりなさい!」


 ただならぬフェスの様子に、緊迫の様子でさけぶイケ。いままでとうってかわって、その表情には余裕が無い。


「母さま!」「わたしたちも戦います! おくれはとりません!」 


「あなたたちは皆を、魔装剣士団をよんでくるのです! 帝国の軍も呼びなさい! それまではわたくしが支えます!」


「ほう? そなた1人で? ククッ……わらわと?」


「娘達を危険な目に遭わせ……いえ、死なせるわけには……いきませんから……。ミケラケ! はやくいきなさい!!」


「はっ、はい!」「母さま、どうかご無事で!」逼迫した状況を察知したのだろう。闘技場から走りさる双子。その様子をみたのだろうフェスが短く応えた。


重畳ちょうじょう


 高く掲げるフェスの腕の紋章から、黒炎が揺らぎあがった。「この狭き柩からその真なる躯を解放せしめよ!」腕の炎に呼応するように、黒神龍眼が輝きを増した。


「我が名は! そう、我こそは!――冥王黒神暴君究極悪魔皇帝龍ぅうう!! ヘルエンド・ダークネスオブ・フェルディナントワグナスじゃあああ!!!!」

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