ニケアの決意
「……ニケア、もういいんだよ」オレは愛するエルフの肩に手を置く。
「!? でも……でも」
「もう、おわったんだよ……」オレはニケアに対してしずかに頭をふってみせる。ニケアのいう『保証』は、もろくも崩れ去った。母親の血を受け継いでいる双子の妹達はあれだけの胸を誇っているのだ。しかし、同じ血をひいているニケアは……。
姉であるニケアの胸は……。
きっと、もう……。
「おわってなんか、いないです!」
「……う、うん」
「むしろはじまってすら……」
……そんなの、リアクションに困る。
(そうだね)と、心の中でだけ、つぶやいておく。
――じぶんの胸が育たない。
そのことは、ニケア本人がいちばんよく解っているのだ。解ってはいるけど、すぐには認められない
「こんなことって……」グッと唇をかんでいる。理由がなんであれ、ニケアのこんな表情はみたくはない。
慰めないと。そう思ったオレは、いつものように抱きしめようと手を伸ばすと――
「姉様にさわるな!」「無礼もの! おまえは誰だ!」
双子の妹達が間に割って入ってきた。不信感、敵意といったものをオレに向けてくる。ちっさい子犬たちが吠え掛かってきたような風情。
「ミケ! ラケ! あなた達は控えなさい!!」
ニケアがめずらしく語気を荒げた。でも、視線の先には、双子……の顔。じゃなくて、おおきな胸ガン見。
……ニケア。それ、控えられないー。
「ニケ。その人間の方はどなたですか? みたところ、ずいぶんと親しいようですが」
オレ達の様子を観察していたニケアの母が口をひらいた。この短い時間で、オレとニケアがただならぬ仲であると感じ取っているようだ。
「えっと、オレは――」
「ダイスケさん。ここはニケが母さまに説明します。その……。積もる話も、いろいろとありますし……」
「……そうか。うん、そうだよな。そうしてくれるとたすかるよ」
あーよかった。だって、いきなりニケアのお母さんと話すの緊張するし。超美人だし、エルフだし、女王だし。
ニケアとの関係を紹介するのに、すこし頭を整理したかったから、時間をもらえるのは助かった。なんて伝えよう?
(娘さんと結婚させてください!)いきなりすぎるかな……
(娘さんをください!)ダメだ。モノじゃありませんとか言われそう。
(娘さんと交際させていただいております)うん、このあたりがソフトなかんじで無難かな。
😈
「あなたがニケを救ってくれたそうですね」
ニケアとすこし話し込んだ後、ニケア母はオレに話しかけてきた。
「いえ、どちらかというと、オレが救われっぱなしで」
「闘技場にいた『冥王黒神暴君究極悪魔皇帝龍ヘルエンド・ダークネスオブ・フェルディナントワグナス』を倒したと聞きました」
……えっと、まず。その名を噛まずにフルで言えるのがすごいです。倒していないんだけど。わりと横でピンピンしているんだけど。
「そうなんです母さま! ダイスケさんのアイディアがなければドラゴンを倒せないニケたちは全滅していました」
その表情は誇らしげで、眩しい。
すこしでもオレの印象を、じぶんの親によく伝えようとするニケアの想いが感じられる。じっさいのところ、オレはほとんど何もしていないんだけど……。そんな、チクリとしたものがオレの胸に刺さった。
……ニケアに相応しい男にならなきゃな。
じぶんのなかで、らしくない感情がこみ上げる。
さいきん、なんだかこの感情に出会う機会が増えている。だって、こんなかわいい嫁がいるんだ。その前で、すこしはカッコいいところを見せたいじゃないか。オレだって……いつか、ニケアに相応しい男になるのだ。そうだ。
(明日からがんばろう)
オレが心の中で、揺るぎの無い固い固い誓いをたてた。そのとき――
「だから、ニケはダイスケさんと結婚します!!」
「ぶっ、って、このタイミング! 話が急すぎ! ニケア先走りすぎ!」
「それはなりません」
冷厳な声音でそう言い切ったニケア母。タイミングがどうとかの問題では無い、一切の反論を許さないという意思の強さがある。雰囲気から予想していたのだろう。
「その方が、どういう方かはしりませんが。ニケ、貴方は自分の立場を理解しているのですか? 男子がいない以上、いずれは貴方が、わたしの跡を継ぐことになるのですよ」
「……そのことは、理解しています。でも、ミケもラケもいます」
「わたしたちではムリです!」「そうです! ねえさまこそ将来の女王に相応しいです!」
「わかっているのでしょう? 貴方はわたしにいちばんよく似ています。能力も、そして、…………性格も。どうやら、胸だけは父上に似たようですが……」
それ悪口だよね。胸だけ父親似て。
「それに、あの方は……貴方には相応しくは無い。そんな気がするのです。ことばではうまく言い表せませんが……。そう、なんというか禍々しさを感じます。顔はわるくはありませんが、顔色が全体的にくすんでいます。それに、ときおりみせる表情の変化から底意地のわるさを強く匂わせますし、性格もきっとよくないでしょう。きっと他人の不幸から最大限にテンション自家錬成できるような不幸吸血鬼。それと、なにかをやる際に、かならず『明日からがんばろう』とか思っちゃう、ダメ人間臭がします」
ちょ、お母さん自重! めっちゃことばでうまく言い表していますから!! おもいっきり聞こえてますお母さん! 初対面であなたエスパーですか? こころで泣いている
「そうです! その人間は目つきがよくないです。目から異臭をはなってます!」「すごく目が腐ってます。姉様にはぜったいに相応しくないと思います! ポンコツです!」
「ミケ! ラケ! あなた達は、ほんとうに控えなさい!!」
ニケアが再び語気を荒げた。でも、視線の先にはやっぱり双子のおおきな胸。またもガン見。
……ニケア。それ、控えられないーー。
それにしても、なんてこというんだこのエルフ達。とっても綺麗&かわいいのに、エルフって無礼! 全力で無礼!
エルフだからって、なに言ってもゆるされるとは限らないからな!
オレは許すけどな!
「あんたたち! さっきから聞いているとなんだ!」
アステマだ。怒りをあらわに話に入ってきた。
「わかってないね! 違う! くさってるんじゃない! ダイスケの瞳は、さいしょから澱んでいるんだ! この世の負の感情をため込んだ、あっとうてきな澱みだ! ダイスケは生まれつきの澱みの天才なんだから!」
「……あの、アステマ? それ……すんごい傷つくんだが」
澱みの天才て……。っうか、ぜんぜんっフォローになってない!
「……たしかに、ダイスケ殿の瞳からは心安らかなものを感じる。わらわですら包み込むような圧倒的な澱み。いわば澱みのゆりかご。まさに闇そのもののようじゃ。はぁ……はやくつつまれたい」
いや、フェス。それ褒めてないから! 闇底の住人に、うっとりとそう言われるとマジ凹む。
「フェスいいこというね! だからダイスケにはあんたたち光輝かしいエルフなんか相応しくないんだから!」
「そうじゃな。地を這い闇を好む根暗なわらわ達にこそ相応しい」
「こんな明るくて日向を歩くヤツら放っておこう! もう行こうダイスケ!」ぐいっとオレの腕をひっぱるアステマ。
自虐か! すっかり同属意識もっているよね君たち……。いちおうオレは人間だから中立のはず。……あ、そういえば、忘れがちだけどオレは魔王らしいから……闇属性? なんなんだろう……闇メン2人に誘われると、人としてどうか? という想いが沸く。これが良心。善の心というやつなのか……。そんなものが、まだオレにもあったか……。
でも、属性で分けたら、オレはあきらかに闇側の存在だよな。それは否定できない。内容はともかく、オレの為にこんなに怒ってくれている。その点はありがたいけどさ……。
「あなたは、みたところ悪魔のようですね……そうとう高位の」
「それがどうかした?」
「それに、そちらの娘も……なにやら、ただならぬ。おそろしい力を感じます。この世界ではあり得ない力。貴方、闇底の世界の住人ですね」
「ほう? わらわの素性が、わかるかえ? エルフ風情にしては、やるようじゃな」
「高位の悪魔!?」「闇底の世界の住人!?」母の発言に、おどろく双子。
「そもそも、ダイスケさんといいましたね。貴方からもなにやら……。あなたも普通の人間では無い」
「ちょっとまってください! アステマさん、フェスさん。ごめんなさい! 母さま、それはあまりにも失礼です!」うろたえていたニケアが、間にはいってきた。
「そうですね。わたしたちの非礼は詫びましょう。ですが、結婚など到底許すことは出来ません。娘のニケはこのとおり、ほとんど城からでたことはない娘なのです。すこし旅をしてずいぶんと成長したようですが……まだまだ、世間知らずなのです。壊滅的に、男を見る目がない」
ちょ、お母さん。言葉の暴力自重!
「ニケ。いいですね。あなたは、わたしたちと共に国に帰るのです。今日をもって世間勉強のための旅は終わりとします。これは母としてではありません。女王としての命令です。この意味がわかりますね?」
「そんな……。で、でも母上だって。昔……」
「昔? わたくしがどうかしましたか?」
「むかし旅をした、人間の勇者との冒険は楽しかったって。いつも胸にセクハラされたけど、すこしも嫌な感じじゃなくて、むしろドキドキしたって」
「なっ、なんの話ですか! わたしは、そんなことをいっていませんよ!」
狼狽え方がハンパないところをみると、どうやら実話。
「その人間の男と燃えるようなキスもした。仲間をうしなった静寂の森で、ふたり抱き合う。そんな夜もあった……」
「そ、そそそんなこと! わ、わたしは、していないんだからねっ!」
急にキャラが変わってますお母さん。あんがい、身内には普段こうなのかも。女王という仕事は大変なんだろうなぁ。
「もうすこし強く押してくれれば、わたしは……、なんどもその機会はあったのに……って。それにくらべて父さま……エルフの男はつまんないって! だからニケは……」
うおい! あんた娘に、なに言っているんですか!
「ニケ控えなさい!! ミケ! ラケ! いま聞いたことは忘れなさい! ぜんぶ嘘ですからね!!」
……そうか。なんか理解できた気がする。ニケアはもともと人間の勇者に対するあこがれを強くもっていたのだ。母イケが語る冒険譚とともに、旅する人間の勇者の存在。その勇者との燃えるようで淡い恋。それを聞いて育ったニケアは、小さな胸を膨らませていたに違いない。いまも小さいけど。
だから、人間の勇者と紹介されたオレと出会うために、普段のニケアからは想像することのできない積極的なアクションを起こしたんだ。オレと出会うために、近づくために……。かわいいな。ニケア。
「コホン。話をもどします。ニケ。よく聞きなさい。人間の寿命は短すぎます。どんなに愛しても、あっと言う間に老いて…………死んでしまいます。わたしを置いていってしまった。かっての、あの人のように」
かなしい目をしている。過去になにかあったのだと思わせるのに十分な表情だ。
「だから、よけいに母として、貴方にはあんな想いをさせるわけにはいきません!! さあ帰るのですニケ!!」
つよい母の言葉に、逡巡するニケア。
しかし、その逡巡は一瞬で消え、まよいの無い碧き瞳で応えた――
「嫌です!!」
「貴方が、この母の言葉に逆らったのは、はじめてですね……。……いまのは、聞かなかったことにします。交友というもの、環境というものは、貴方が考えるいじょうに恐ろしいものです。そのような者達といっしょにいると……貴方まで悪いエルフになってしまいます。すでにその兆候は、あらわれていると言わざるを得ませんね。いまなら間にあいます。さぁ、ニケ。こちらに来るのです!」
「ねえさま、はやく!」「こちら側に。光の側に!」
「ニケ……愛する娘。みんなで国に帰りましょう」
「いきません!」
「!? ニケ……」
「きめたんです。ダイスケさんの側にいるためなら、ニケは――」
この場にいる全員が注視するなか、ニケアは……オレの愛するエルフは、胸の中のものをすべて吐き出すという勢いで言い放った。
「ダークエルフでも! なんにでも、なります!!!!」
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