その時ダイスケは動いた。~ダイスケの屈辱。
「ダイスケにやられるのなら、あたしは本望。さ、はやくして」
座り込んで――どかっと、その場で胡座をかくアステマ。
「!? ま、まて! ……あ、そうか」
オレは構えていた銃を下げる。そんなことに気がつかないほどに緊張していた。とっさの勢いでこうなったけど、愛する者に銃を向けるなんて、ありえない。……とはいえ、ニケアとアステマの争いは止まった。それはよかった……けど、ニケアは何故? こんなことを言い出したのだろう?
「ニケとお幸せにね……」そういって、目をつぶるアステマ。すっかり覚悟をきめている。じぶんが撃たれるものだと決めつけている……。先日もオレは『ニケア』を選択したのだから、むりもない……。
😈
しばらく間ができたが、もちろんオレがアステマに引き金をひくことはない。ずっとうつむいて、言葉を発していなかったニケアが口をひらいた。
「どうして……。どうして撃たないんですか……」
「……そ、そんなこと! できるわけないだろ!」
「撃たないと、ニケはダイスケさんの元から去ります。それでもいいんですか?」声が震えている。いつも小さいニケアが、いっそう小さくみえる。なにかにおびえているようだ。
「そんな無茶な……」
「ニケは本気です」
「それでも、……………………無理だ」
「ダイスケ……。いいんだよ。恨まないからあたしを撃って。できないのなら、あたしが去る……。そうすれば……」
「それは、……ダメだ」
「……そうですか。やっぱりダイスケさんの心の中には、常に悪魔がいます」悪魔とはもちろん、アステマのことだろう「そんなこと……わかっていたんです」
「話が、みえないんだけど……。だって、あんたとダイスケ……。その……しちゃったんでしょ。さいごまで……」
「……そ、それは……その」オレが言いよどんでいると、ニケアが応えた。
「ニケたちは、さいごまで。……してません」
「え!? マジで?」
「ニケアのいうとおり…………本当だ」
「ほんとうに? ほんとうにさいごまでしてないの?」
――コクリとうなずくニケア。
「……そ、そうなんだ。…………………やった」ちいさくガッツポーズをするアステマ。
「…………………………………………………意気地なし」
そんな様子を横目に、ニケアの碧い双眸がオレを射した。
「……………………ごめん」
😈
そう、ニケアに別の部屋に連行されたあと。尋問も小一時間たつと、さすがに交わす言葉がなくなった。
話が途切れ――しぜんと唇をかさね。イチャイチャがはじまったのだが、オレの中にはつよい高まりがあった。それはニケアも同じようで、いつもは止まるはずの行為のラインも、そこをやすやすと超えた。さいごまで。は、祭りがおわって『結婚したら』という約束だったのだが……。
あの黒ドラゴンをあらためて見て、オレとニケアには心境の変化があったのだ。ノートが効けばいい。でも効かなかったら……。そう思うと、とにかくオレは不安だったのだ。それはニケアも同様だったようで……。
どちらかが命を落とすことにでもなれば……。そう考えたら、目の前の相手を強く抱かずにはいられなかった。
しかし、いよいよさいごのとき。オレのすべてを受け入れようとする愛するエルフをまえにして、オレは――
――できなかった。
「緊張している」「体調がわるい」と、その場ではニケアにはごまかしたけど。いまならハッキリとオレには理解できる。
部屋の向こうにいるアステマのことが気になって。アステマとの関係を壊してしまうことが怖くて……
――できなかった。
😈
「どちらか選んでください。ニケか? アステマさんか?」
「そんなにいうのなら……」
ようやく、選択をせまるエルフの意図が理解できた。
ニケアは、オレがアステマに寄せている、好意を超えた感情に気がついたのだ。それを確かめようとしている。ならば――
「わかったニケア。正直にいおう。……よくきいてくれ」
オレは、真正面から応えなくてはいけない。
「……おねがい、します」ニケアは、グッとちいさいくちびるを噛み。拳を握りしめている。なにかを覚悟するといった様子だ……。
ごめんニケア。本心をいうよ。ごめん。
意を決し。おもいっきり息を吸い込み――
「ど っ ち も だ!!!!!!!!」
オレは、人生で出したことがないというレベルの、これいじょうないぐらいの大声で叫んだ。
😈
「身勝手ですね……」やっぱりといった表情でニケア。
「……へ? どっちも? どういうこと?」ぽかんとしているアステマ。
「身勝手でいいんだ。ニケア! アステマ! おまえたち! オレのこと好きか?」
「……はい」「………………うん」
「オレもおまえたちのことが好きだ! 大好きだ! それでいいだろ!! だから、どっちも去ることは許さない。オレはおまえ達に選択肢を与えない! わかったか!!」
「酷いですね……」「まさに、魔王…………」
「だから、オレとずっといっしょに居ろ!! っうか、いてください!! マジで! 去るなら泣くぞ!! 本気で泣くぞ!!」
――ズサーと、オレは土下座をキメる。
「すんません! そういうことで、お願いします! ニケア! アステマ! どちらかなんて、オレは選べません!! どっちも好きです! 好きなんです!!」
😈
「……あきれました」
「――プッ。ほんとだね。あんたと争っていたのが、馬鹿らしくなっちゃった。なんてぶざまな姿。ニケはさ、……ダイスケでいいの? 捨てるならいまのうちじゃない?」
土下座しているオレの頭上を過ぎる2人の会話。
「アステマさんこそ……捨てたらどうですか?」
「…………。こんな、なさけない男。あたしは、ほっとけない……」
「奇遇ですね。ニケも、こんなになさけないダイスケさんを、ほっとけないです」
「嫁はアンタに譲る。でもいちばんのトモダチはあたし……」
「……わかりました。それでいいですよ」
「ニケ。あんた……。……あんがい、いいエルフだね」
「アステマさんも……あんがい、いい悪魔です」
「キャハハ。あたしはそんなこと、言われたことないけど」
「そうでしょうね。でも、なんとなくニケにはわかるんです。……だって、同じ人を愛してしまったのですから……」
「……うん。そだね」
「でも、まけませんよ。だってニケは妻なんですからね」
そういいながら、胡座をかいているアステマに手をさしだす。
――パシーン。
その手をおもいっきり弾くアステマ「なれ合うつもりはない」そっぽをむいて、ひとりで立ちあがる。
「それでこそ、ニケが認めた。アステマさんです」
「よかった。そうだ。どちらが上だなんてことは無い。どちらかを選べば楽かもしれない。でもどちらも選んで、選び抜いてみせる。ただの優柔不断、問題の先送りかもしれないが……オレはこの道を全力で押し通る! ニケアとアステマ。氷と炎。その両大河の中心線をまっすぐに、ただまっすぐに歩む男。それがオレ!」
「……いい感じっぽいセリフのところごめん。あのさ……土下座もうやめたら?」
「そうですね。もういいですよ」
「うん。そうする」そうしてオレも立ちあがる。そこには2人の愛すべき少女がいる。エルフっ娘と悪魔っ娘。その表情はいつもとかわらない。……いや、慈しみを加えた表情でオレをみてくれている、受け入れてくれている。
ごめん……ニケア。
ごめん……アステマ。
これが本心。いまのオレの、偽りのないオレの本心。
それぞれに『君だけを愛している』と伝えたい。でもそれは嘘だ。この場でごまかして嘘をつくことは易しい。
頭にうかぶのは、オレの両親の姿。上っ面ではよい夫婦を演じ続けた……社会的な体面のために、関係を続けた不幸な男女。
そんなの取っ払えばいいのに……。本音で生きればいいのに。そのことをオレに教えてくれたのか? と思えるほどに愚かな人間。
父さん、母さん。だからオレはあなたたちのようにはなりません。
本音で生きます。異世界で好きなように生きます。生きてみます。
だから、これでいい。オレは恥をかいたかもしれない。みっともないかもしれない。最高の屈辱だろう。最強にかっこ悪い。
……でも、なにも失わずにすんだ。
「嫌いです。ダイスケさんなんか大
そういって、オレの胸にとびこんできた。エルフ少女。
「あ、ずるいニケ! あたしもダイスケなんて大
ぐいっと、ニケアを押し出すようにアステマもとびこんできた。負けじと押し返すニケア。オレはそんな2人を、強く抱きしめた。
😈
「あの……、取り込み中すまないのだが。そろそろドラゴン倒しにいかない?」
完全空気と化していたジェラートの一言。
そのとおりだと、オレはおもった。
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