オレはキャハハの違いに気がつく男

「アステマ。それいじょうはいい」


「ダイスケ……」


「おまえは女神になって、パパの……魔王のかたきを討とうというわけだな」


 ……そりゃあそうだろう。いくらアステマでも実の父が討たれたのだ。敵を取りたい。そう思ってもおかしくはない。どういう風にするのは解らないが、女神になって転生してくる勇者候補を倒してしまうなり、別のところに飛ばすなりしてしまうということなのだろう。アステマにしては、よく考えられた作戦といえた。


かたき? ……なにそれ?」


「は?」


「……いや、ばっかじゃねーの。……って」


「!? えっ?」


「悪魔とか魔王ってさー。割にあわなくない? いまどき流行らないし。キツイキタナイキケン。ブラックすぎんでしょそんなの。……パパはバカだ。さっさと魔王なんか辞めればよかったのに……。それに比べてさー、女神いいよねー女神。好き勝手やってもみんなにチヤホヤされてさー。楽そうでいいよねー女神。めっさホワイトだよねーキャハハ」


 ……カスの極みだった。


「ホラ? あたしってさーかわいいじゃない? だからヴィジュアル的にはぜんぜんおっけーだと思うんだ。女神ってさー天界ヴィジュアル採用枠だと思うんだよねー。だから即採用だと思うんだよねー」


 ……ダメすぎた。もう発想からして、駄女神の権化。

 そういう意味ですんごく向いている。アステマならきっと天才的に最悪な女神になれるだろう……。

 悪魔から女神に転職できるのか知らんけど。

 そもそも女神とか悪魔とかって、職業なのかも知らんけど……。


 うっわ、こんなヤツにだけは喚ばれたくねぇ……。

 喚ばれたくない駄女神ランキングがあったら、アステマ無双必至。

 って、喚ばれているけどな、オレ。


「あれ? どしたのダイスケ。そのゴミを見るような目なんだ?」


「……あたま痛ぇ。……ニケアの所いこ」


 ニケアが居るの食堂かな? オレは立ちあがってアステマに背を向ける。


「あれ? ダイスケまって! 無視しないでよ! もっとかまってよ!」


 すこしでも同情したオレがバカだったわ……。


「じゃな、アステマ」ドアノブに手をかける。


「あ、あたしが女神になったら人気者なんだから! そしたらダイスケなんて、もう相手してあげないんだから! ……その時になってから後悔しても……遅いんだから……キャハハ」


「うん?」

 ――違和感。

 最後のキャハハ。いつものアステマの笑いクセ、とトーンがちがう。 

 付き合いが長くなってきたオレには解る。いつものキャハハは軽くて底抜けにバカそうなキャハハだ。いまのは、すこし裏返ったような、絞り出したような……か細いキャハハ。


 振り返ると、部屋の隅に体育座りしたままのアステマ。顔をふかく膝に埋めて

 表情は読み取れない。目をこらすと、ちいさな肩を震わしているようにみえた。


「……アステマ」


 オレは歩み寄り、声をかける。

 すでに陽は落ち部屋は暗い。近くのサイドテーブルにあるランプに火を灯そうとする――と、その手をアステマが制した。


「……このままでいい」


「……そっか」オレはアステマの横に座る。


「う……グス。どしたの? ニケのこといくんでしょ……」


「おまえ泣いているのか?」


「は、泣いてなんかいないし……。はやくいけ! どっかいっちゃえ!」


「…………。どこへもいかない」こいつは本当に……素直じゃない「ここにいる」オレはアステマの肩を抱いた。



 😈



「……あたし。パパみたく殺されるの…………嫌」


 抱き寄せたこの距離じゃないと聴きとれないような声で、アステマが囁いた。


「なにもいうな……」


「ひとりぼっち…………怖い」


「そうだな………………オレも、ぼっちは怖かった」


「ダイスケも? ほんとうに?」


「ああ……いまだと、なんとなくそれがわかる」


 異世界でニケアと……こいつと出会ったいまなら、よくわかる。二人を失うことなんて考えられない。考えたくもない……。元のぼっち状態になんて、もどりたくない。


「……そっか」


「……アステマ。これだけは憶えておけ。もしおまえが、こんご勇者なんぞに闘いを挑まれたとする。そうしたら、オレはおまえを独りでたたかわせる様なことはしない。オレもおまえといっしょに戦ってやる!」


「は、なにいってんだ。……初級炎魔法のグラしか使えないくせに……。よわっちい、くせに……さ」瞳から涙を溢れさせるアステマ。


「その時は、とびきりで渾身な必殺グラをお見舞いしてやるさ、ククッ」オレは中二ポーズをキメる。


「やっぱ……グラだけかよ! ……すこしはさー上級魔法覚える気ないの? せっかくあたしの魔力あげたんだから――」


「まぁ、だから……いいたいのはさ。こういうことだ。おまえはパパと違うんだよ」


「…………」


「おまえにはオレがいる。……すくなくとも、ぼっちじゃない」


「――ッ。ばか。……………………………………ばか…………ダイスケ」


 泣きながら、とびきりの笑顔をむけてくるアステマ。

 その表情をみて、迂闊にもオレはこう感じた。


 女神だ――と。

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