オレが魔法を使えるようになったさして長くもない経緯
「うっ……ここは」
記憶がいっしゅん飛ぶぐらいの激痛が走った。金属バットで強打されたような。ノー麻酔で前歯を削られたような。脳を直接ぎゅーて握られたような。とにかく激ショック痛。
うっわ、なんか目がチカチカするよ……。
「あ、言い忘れていたけど、ケーヤク書の約束を破ったら、すんごい痛いからね。もう、死んだ方がマシってぐらい痛いから」
「うん…………すんごく解った」
なんてことしやがる……この悪魔。
マジで過去2度死んだときよりも痛かった(当オレ比)
「浮気はダメだからね! 好意をもってニケに触れちゃダメ! あと、ニケから触れてもアウトだから。キャハハ」
「……ダイスケさん。大丈夫ですか?」
すこし離れたところで、心配そうな表情をうかべているニケア。本来はすぐに手を差し伸べたいのだろうが、オレの事を考えて、距離を保っているのだろう。
「……あの、これを飲んでください」
抱えた水瓶から木のマグカップに水を汲み、オレに差し出すエルフ。
「ありがとうニケア」やっぱりその水はおいしい。気が落ち着いてくる……って、激痛……こないな。今回はなんで? オレはアステマの方をみる。
「これは使用人としての仕事の範囲内だからセーフだよ」オレの疑念の目に答えるようにアステマ。
そうか……。目の前に居るのに……愛するエルフに触れることすらできないなんて……やっちまった。
😈
「そんなわけだから……いまのあたしは、魔力をうしなった、なにもできない無力な美少女。旦那様として責任をもって養ってよね! ちゃんとケーヤク書にかいてあるんだからね! ダイスケお腹すいたー。はやくーご飯ー」
口をパクパクさせるアステマ。
「……うっわ、厄介」
「こんな美少女嫁をもらえるなんて、ダイスケは幸せ者だね!」
……不幸だった。
「その契約って、期間とかあるの?」
「あるよ」
お、やった。ならその期間だけはガマンしなき――
「300年の自動更新……」
「長っ!」
無期懲役じゃんか……。
「長っ! てなんだ! 不真面目かっ! こっちだってリスクあるんだからね。大切な大切なあくまのパワー、魔力をダイスケにあげたんだからね!」
「……魔力。そうか……あのさ。ちょっと気になるんだけどさ、オレに魔力をくれたってことはさ」
「なに?」
「もしかして、オレも魔法使えるの?」
「そりゃ余裕。なんてったって、あくまのパワーMAXだからね!」
「えっと、なんだっけ? おまえがつかっていた炎魔法」
「グラ?」
「そう、それ、グラ!」
「グラなんて あたしなんか、生まれてすぐ使えたからね! グラミだって、グラゾーマだって。よゆーよゆー」
「おお! マジか! もしかして……あれ、指1本1本からだすやつ――」
「グラゾーマ・フェニックス?」
「それ、それだよ! グラゾーマ・フェニックス!」
「それはどうかなー? グラゾーマ・フェニックスは奥義中の奥義だから……でも、魔力的にはおっけーだから、練習すればいけるかも」
「そうか!」
……じつは、かっこいいなと思っていました『グラゾーマ・フェニックス』
斜めに構えて(笑)なんて思ってごめんなさい。魔法を操るアステマを妬んでましたオレ。自分で使えるなら、こんなに愉快なことはない。
『あのグラゾーマを同時に!?』『まさか!?』『あんな小僧が……』て、モブ達からいわれたい。これはちょっと、ポーズの研究もしなければなるまい。あと衣装も新調しないとな……。黒をベースに要所要所で赤をあしらって。いや、金かな。
不敵に笑うオレの、未来予想図がまばゆいぜ。
「それアリだよ! アステマよくやった! これでやっと、オレTUEEEEEEEE!!だよ。やっぱ、異世界にきたのにオレみたく能力もスキルもなしってダメ。そんなのつまんない! カタルシスが得られない! 圧倒的力で無双。オレTUEEEEEEEE!! それが異世界の王道ォ! よーし唱えちゃうぞ~」
「!? ダイスケさん……」
おっと、いかんいかん。ニケアの前で地をだしてしまった。幻滅されてしまったらオレ生きていけない……。
「えーコホン。……炎魔法か。勇者として、たまにはそういうのも悪くない」
なにが、たまには~なのか理解できないが、それらしい台詞を真顔で吐いておく。
「ダイスケ、がんばって! まずはグラからやってみて!」
グラか。アステマであれぐらいやれるんだ。オレならそんなもんじゃあない。という期待。むしろ確信。
「すごいですダイスケさん!」という、オレに向けたニケアの羨望。
「……ダイスケ。あたしの負け」という、アステマの悔しがる顔が、容易に想像できた。
バッ。と、おもいっきり両腕を突き出す。
「グラ!!」
――シーン。
……なにもおこらなかった。
うっわ、はずかしい……。
「あのさ……アステマ」
「え? まさか……できないのダイスケ。どうして? もういっかいやってみて」
「わかった……。グラ!! グラッ! グラ?」
なんども唱えるオレ。
イントネーションを微妙に変えたりしてみるが、やっぱりダメだ。
「アステマ。基本的なこと聞くけどさ……そもそも魔法って、どうやって唱えるの?」
「そりゃあ簡単だよ。パッとやってドーン!! だよ」
「……ひとっつも、わからない」
「うんとね、かりやすくいうと……、どがががががが! ずがーん!! ってやるんだよ」
「そうか」……ちっとも、わからない。
「いいからダイスケ、やってみて。とにかくやってみて」
「どがががががが! ずがーん! グラっ!!」
――シーン。
やはりなにもおこらない。
「あーダメだダイスケ。センスない」
すごい勢いでサジをなげるアステマ。
……なるほど、オレは理解した。アステマは努力なんてしたことがないタイプだ。いわゆる天才というやつ。生まれながらの素質で魔法を使えたタイプなのだろう。
だから他人に教えることができないんだ。そもそも過程を知らないから。
「あの……ダイスケさん。母さまに昔きいたことがあるんですが、魔法は……たとえば炎魔法だとしたら、対象を燃やしたいと思う心や意志が、発動に欠かせないそうです」
さすがはニケア。わかりやすい説明だ。
「そう。意志。憎しみが必要だよ。憎悪がなによりもだいじ。殺したいと思う衝動。だから憎め! もっと憎め!」
とっても悪魔的なコメントありがとうアステマ。お前を対象にしていいか?
そうか、燃やしたいと思う心か……。
😈
「ふっふーん♪ ダイスケはあたしの旦那さま~ニケはNTR使用人~♪」
ゴキゲンで、紙をピラピラさせているアステマ。
オレとの契約書だ。
「く……NTR使用人」
肩をプルプルさせているニケア。キレるのをガマンしている。
なだめてやりたいが、今のオレは契約書のせいで触れることは叶わない。
(――チッ。あんなの燃えちゃえばいいのに……)
――プス。
契約書の角が黒ずみ、煙があがった。
(お? もしかして)
――プスプスプス。
(――そのまま、いけ……燃えろ……もっと)
――ポッ。
ライターほどの炎があがる。
「!? って、え? あたしのケーヤク書。燃えて、え? 何で? フーッ。フーッ!」
「あ、燃えた。やった!!」
「そうだ水!! ニケ、その水! 貸して!!」
「…………」
――ガチャン。
「あ、手がすべりました」
無表情で、水瓶を落とすニケア。
「ああっ! 水が……熱ッ――」
床に落とすアステマ。すぐに燃え広がって、灰になる契約書。
「あたしのケーヤク書が!!」
「やりましたね! ダイスケさん!」
「やったなニケア!」
抱き合うオレとニケア。オレはやっと、強く強くニケアを抱きしめる。
その耳をぞんぶんに、はむはむする「や……くすぐったい」身をよじる愛するエルフ。もうぜったい、放さないからな。
「うう……。ケーヤク書お~」
悪魔はくずれおちて、べそをかいている。悪は滅んだ。
「なるほどね……燃やしたいと思う心か。すこし解った気がする」
オレは『炎魔法・グラ』を覚えた。
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