遥かなる深淵 ④

車は、長閑な田園風景の中をひたすら走った。何もない辺鄙な所である。風景がサトコのドライな心を優しく包み込んだ。

「そうだ…黒須がいない間なんだけど、アリアに遭遇して…」

サトコは事の一部始終を黒須に話した。黒須は、無言でハンドルを握っていた。

「サトコ、サジタリウスを使ったか?」

「うん…」

「お前、無事だったのか?」

「…何とかね…」

「アリアは魂を大量に持ってるんだ。私はこれでも体力結構消耗した。アイツは今の所、あんたに手出しはしないと思うが…奴と対峙したらら、力づくで戦おうとは思うなよ。気を抜かすんだ。」

「…分かった。」

黒須は、不思議だった。見た目は自分と同年代位の少女なのに、妙に落ち着いており中身は熟練していた。喜怒哀楽が表に出ず堂々と話し、冷徹な眼差しを鑑みた。あどけない外見とは裏腹に自分をあんまり出さず、子供っぽさが微塵もなかった。その独特な雰囲気に、サトコは奇妙に感じていたのだ。

 車はしばらく走り、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。遠くの方から例の工場が姿を現した。誰もいない筈なのに、煙突から煙がモクモク湧いてきている。工場の現場にはパトカーが停まっており、警察が事情聴取をしていた。


 工場内では三人の遺体があり、血痕は何も見たら無かった。ただ、干しいものようにくしゃくしゃに干からびており、その変わり果てた姿にサトコはゾクッとした。

 藤井と言う女子大生が、事情聴取を受けていた。

「…はい。意識が戻った時は、他の3人は意識がなくなってて…」

彼女は焦燥しきっており、ブルブル震えていた。藤井を見た時、何処かしら自分に重なる物を強く感じた。デジャブだろうか?ビクビク震える子鹿のようである。洗練された純真無垢な天使が汚濁にのまれたかのようである。


黒須は、車から降りるとつかさず叫んだ。

「はい、出た、出た!お前らの仕事はそこまで!」

黒須がパンと手を叩くと、周りはギョッとして振り返った。

「な、何なんだ…君は…まだ、威力業務妨害に当たるぞ。」

「それは、こっちのセリフだ。」

黒須そう言うと、胸ポケットからスプレーを噴出した。すると、周りの者は顔が能面になり操り人形の様にパトカーに向かった。そして、その場を後にしたのだった。

「どうなって…」

「ああ…コレは上が私にに渡した物だ。人の感覚を自在に操れるんだ。ただし、霊には効かないがな…」

黒須は、得意げにスプレーを見せた。

「ねえ、どうして彼女だけ助かったんだろう…?」

「さあな。只…霊にはそれぞれ生前の強い未練や恨み等のどす黒い感情が渦巻いているんだ。それ故、彼等それぞれのルールと言うものがり、それに基づいて生きているんだ。藤井と言う娘が生き残ったのは、多分、その様な理由があっての事なんだろうな…」

霊にはそれぞれの生前の思いがある。しかし、それは個体ごとにそれぞれ生い立ちや思想が異なる。

「どうして、取り壊されなかたんだろ…?幾ら何でも…」

サトコはあたりを見渡した。

「だから、その幾ら何でもだよ。」

「…どう言う事…?」

「恐らく、呪いの力が強いのだろう。建物を調査したり取り壊そうとするものらを次々と抹殺する…多分、この建物に対する思い入れが相当強い霊なんだろうな…」

「職場に、どんな思い入れがあるの?」

時計の針はカタカタ静かに時を刻んている。それを見て、サトコはハットする。

「ねえ、この職場が無くなったのは2年前だよね…?なのに、どうして時計の針は止まらないんだろう…?こんな不気味な所にわざわざ人が来て充電するとは考えられないし…」

「それは、アイツの呪いの力が作用してるんだ。アイツからのメッセージなんだろうな。」

「メッセージ…?」

時計は、魔法にかかったかのようにカチカチカチカチ不気味に針を刻んでいる。まるで、本物の電池が流れているかのようだ。


 時刻は段々6時10分頃に近づいてくる。いつ、霊の断末魔の叫びが聞こえてきてもおかしくない時間である。


そして、秒針が10分を差した頃だった。


 

「ギョアーーーーーーーーーーーーーーーー」


 サトコは全身に冷ややかな電気が流れたかのようにゾクゾク震えた。

 すると、奥の暗闇の方から静か2カタカタと音が鳴り響いてきた。天井には、よつん這いになった。蜘蛛の様な姿の若い女が黒髪を垂らしてじっとこちらを見ているー。

「ねえ…私が分かる…?私が分かる…?」

醜悪で異形の怪物は、低いハスキーボイスで二人に詰め寄る。そして全身から黒い煤を撒き散らした。サトコは恐る恐るクロスの方を見ながら後付さりをした。この、煤が地面にふわふわ舞い降りた。地面は異臭を放ちながら溶けていった。

「く、黒須…彼女…霊じゃないよ…」

サトコは、ガクガク震えながら、サジタリウスを構えている。

「ああ。奴は言わばゾンビの様な者だ。一度は身体死んで、魂が抜け落ちまた元の身体に戻ったのだろう。義体を作りスペック与える事が出来る強力なボスがいるかも知れないがな…」

「コレでホントに倒せるの…?」

サトコは疑心暗鬼になり、サジタリウスを見ていた。

「サジタリウスは真鍮品で特別な銃だ。中には霊にか効かない強力な力を込めた球が入っている。あんたは元々霊力が元々強いから、この程度の霊はこの銃で簡単に空へ還す事ができる筈だ。」

「この球で本当に間に合うの…?」

化け物は、天井をはい黒い煤を撒き散らしながら2人目掛けて突撃してくるー。目をギョロつかせ、二人をじっと見つめているー。サトコは、益々寒気がはしった。

「サトコ、撃て!」

黒須が叫ぶと共に、サトコは2丁のサジタリウスを手に取り、引き金を引いた。球は水色の光を纏いながらロケット花火の様な勢いで、霊に命中する。

霊はカチカチとカマキリの様にジグザグに90度まげ両手を伸ばしながら、球を弾く。球は眩い光を放ちながら壁にぶち当たり、そして消失していった。

「黒須…無理だよ…」

サトコはブルブル震えている。

「サトコ、力を抑えて連射するんだ!」

「え、どうやって…」

サトコはあたふたした。霊はカタカタ両手両脚を蜘蛛の様に這い、猛スピードでサトコに再び突進していてくる。

「いやーーーーーー」

サトコは悲鳴を上げると、再び引き金を放つー。

銃口から球が飛び出し、水色の光を纏いながら霊に向かって飛んでくる。


霊は両腕をカチカチ曲げながら球を弾こうとした。しかし、球は霊の胸部に当たり、霊は悲鳴を上げる。

「…よくやった!サトコ、上出来だ!」

黒須はそう言うと、鎌を構えた。


霊は両腕をくねくね伸ばすと、二人目掛けて伸ばしてくる。口はぱっくり裂け、首はカクカク揺れていた。

すると、鎌の先から青磁色の光を纏った鎖が姿を現した。いつの間にか、霊の身体は鎖にぐるぐる縛られ、低いうめき声を発した。

「どうやら、コイツの裏には強力な黒玉が潜んでいるな…」

黒須は汗ばむと、苦笑いした。

「く、黒玉って、アリアの事ー?」

「いいや。アリアにしては雑過ぎるし、こういうやり方は奴は望まないだろう。奴は美しさに異常に執着するからな。」

黒須は化け物を睨みつけると、何やらもごもごと呪文を唱えた。化け物は獣の様なおぞましい悲鳴をあげると、天井から落ちた。化け物は、黒須目掛けて頭を伸ばしてきた。黒須は、化け物目掛けて鎌を振り落とした。化け物の身体に青磁色の光が覆い尽くした。サトコは、目を覆った。

「悪いな。私は狩るのが仕事なんでな。」

黒須は、目を細めた。



 その時だったー。見慣れた硫黄の匂いが辺りを充満し、その瞬間、黒須と化け物の動きは急に止まった。

『サトコ…彼女、死んじゃうわよ。』

ふと、脳内に甘くねっとりした口調の声が脳内に響いていた。

「あ、アリア、どこ!?」

サトコは辺りをキョロキョロしたが、アリアの姿は何処にもなかった。

「何言って…大体貴方が全て滅茶苦茶にしたんじゃないの…?」

サトコはサジタリウスを構えた。

『貴方、まだ何も分かってないのね…』

「何処?何処なの?」

しかし、アリアの姿は見当たらない。声も何処からともなく漠然と響いている感じである。

『私、親玉分かるの。彼女を化け物にしたね。だから、その親玉を潰さと無意味よ。』

アリアはクスリと嘲笑っているかのようだった。

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