モダンガール ①

とある夕暮れの街を一台の車が走っていた。ドライバーは仕事で来た人間らしく、時々停車させながら、しきりに地図を確認している。街なのに電波の悪く、見渡す限りレトロな街並みが続いている。何故か携帯もナビも圏外になっており、長らく使えない状態である。


通信もできない状況でドライバーは相当イライラしている。行く先々で街灯が弱弱しい黄金色の光で街を灯している。時折見かける服屋のマネキンに何となく愛嬌を感じ、言い様のない恐怖を感じた。今までありふれた道を走っていた筈だが、いつの間にこんな古風でヘンテコな世界に迷い込んだのだろう。趣のある公園、石畳の道路、今にも動き出しそうな路面電車にクラシックカー。この辺りの路面電車は大分前に廃車になった筈だが…。


さっきまでの無機質なうす灰色の街並が、一変してワンダーランドに様変わりしてしまった。道を聞くにも誰も見かけることはなく、出口を探すにもそれらしき道が見当たらない。彼の身に天変地異が、本当に起きたのだった。彼は、もしかして、ここはあの世なのだろうか。自分は死んでしまったのだのだろうかという、不安と恐怖で身震いをした。しかし彼は営業周りのストレスもあり、相当疲労が蓄積され、少しの間休憩しようと近くの空スペースに停車した。座席を倒し、アラームをセットすると、彼は仮眠した。


目が覚めると、空は薄らと桃色に染まっていた。どのくらい眠っていたのだろうか?アラームはセットした筈なのにー。腕時計を確認すると、針はグルグル回転している。おかしいと思い携帯の時計を見るが、時間表示が目まぐるしく変化し、目がチカチカしてしまう。


彼は、不安と焦りよりむしろ安堵の方が強かった。毎日度重なるノルマやクレーム、残業続きのストレスで、彼は、いっその事何処か違う世界にでも行ってしまいたいとさえ思っていたのだった。しばらくして、彼はとりあえず運を天に任せ、ただひたすら車を走らせた。どこまでもレトロな街が永遠と続いていた。時折舗装されてない簡素な道に入るが、男は必死にアクセルを回し続けた。石畳で車体は大きくガタガタ揺れていた。


しばらく走らせると、色白く痩せ細った女が、目の前に立っていた。お洒落な帽子を被ったショートボブの頭に、時代遅れのモダンな洋服、右肩にはこれまた時代遅れのバックを掛けている。さっき見た、マネキンと似ているような気がし、少し不気味な感じがした。しかし、彼は藁にもすがる思いで道を尋ねた。

「すみません、仕事できた者なんですけど、迷ったみたいで…。」

女が振り返った。男はそこで驚愕した。女の正体はマネキンだった。肌に見える部分は白い布のような物であり、そこに黒のマジックで顔が描かれていた。すると、徐々にマネキンの目にあたる部分に皺が寄って来ている。一瞬マネキンが目を細め、笑ったかのような感覚がした。男は身震いし、悲鳴を上げながら乱暴に発車させた。車体の揺れは前より大きくなった。しばらくすると、車のエンジンが効かなくなった。彼は車を降り、一目散に走った。振り返ると、奴の姿はない。彼は足を止め、安堵の溜め息をついた。ーと、後方からカツカツとヒールで走る音が聞こえてくる。バックミラーには、口をパックリ広げたマネキンが映っていた。魔物のごとくおぞましく不気味なソレは、猛スピードで追ってくる。


2分後、街中に男の金ぎり声が鳴り響いた。


 

サトコは、黒須の家に案内された。どういう道筋でたどり着いたか、分からない。ただ分かるのは、彼女は空間に円を描き不思議な力を使うと、この世界に繋がっていたということである。小さな丸太小屋の中は、西洋風のファンシーな造りになっており、奥では、古びた書物が無数に棚に置いてあった。部屋中に、所々に雨漏りの跡がある。ソファーやテーブルには至るところに雑誌やチラシが散乱していた。黒須はタバコに火をつけるとソファーを片付け、サトコを中央に座らせた。黒須は上着を脱いだ。身体中には火傷のような跡があった。黒須はやかんにお湯を沸かす。

「ハーブティーでいいかな?」

「別に…。お気遣いなく。」

 黒須は紅茶を注ぐと、サトコの前に置き横に腰掛けた。黒須の服は所々に焦げた様な跡がある。頭や顔には煤が付いていた。サトコは、ピンときた。黒須はサトコと接触する前、何らかの方法で人の命を助けたのだ。その時、結構な体力を消耗したに違いない。あのサエコもどきと初めて対峙した時、戦わず逃げたのは、きっとその為だ。サトコは怒りが治まらないでいた。さきつく握りしめた拳はけっこう汗ばんでいた。唇を噛み締め、黒須を一瞥した。

「あの…、ちょっとお聞きしたいんですけど、桜庭さん達を助けたのは、黒須さんですか?何であんな奴等を…。」

黒須はタバコの燃えカスを灰皿につついた。

「黒須でいいよ。それにタメ口でね。」

彼女は再びタバコを吹かすと、真顔でサトコを見つめた。サトコは初めて彼女の顔をはっきり見た。右頬にうっすら火傷の跡ががあるものの、堀の深い端正な顔立ちをしている。

「物事には越えては成らない決まりがあるからね。」

そう言うと、黒須は煙を吹かした。

「これ以上は漏えいになるから言えないけど、アイツは人の残りの寿命をかっさらおうとしたんだ。」

「アイツとは、あのタコのような変なのですか?」

「ああ。かなり、危険かな。アイツはブラックホールだ。あらゆる魂をを飲み込む、吸収体その物さ。吸われた魂は無かったことになる。すると、魂のバランスが悪くなる。アイツは、昔浄化された筈だが、今こちらで異常事態が起きててね。」

「…どういう事ですか?」

黒須は足を組ならすと、再びタバコの先を灰皿でつついた。

「奴のせいで生き物は霊障を煩ってしまうんだ。時間は取り戻せないんだよ。後悔しても、もう遅い。」

「…何の事ですか?」

サトコは、黒須の冷淡な眼差しを感じた。


「奴は、人の夢の中に入り込む不思議な力があるんだ。私は、上司にかけ合ってお前の夢の中に入った。そこで私は、お前に霊力の才能があると見込んで、お前の余命を延ばし義体を与えたんだよ。」

彼女は、かなり真剣な眼差しをサトコに向けた。


ーそうか…途中で周りが自分に反応すようになったのは、そういう理由からだったのか…


 ーと、黒須の胸ポケットから、ベルの音がした。

「はい、黒須。…え、何を今さら。人手不足?それは、ソチラの自業自得じゃねーのか?こっちの知ったこっちゃないね。言わせてもらいますけどー」

彼女は刺々しく話している。結構イラついているようだ。5分程して、黒須が電話を切った。彼女は未成仏霊担当らしい。

「仕事が来た。」

彼女はそう言うと、上着を羽織り、外へ出た。

 いつの間にか、車がそこにある。この世界は、どういう仕組みになっているのだろう。

「悪いが、君を一人でこの世界に置いとくのは危険だからついてきてもらうぞ。おっと、ちょうどいいのがあった。」

黒須は庭の案山子を引っこ抜くと、それを車の後部座席に放り投げた。


黒須が円を描く。その円の淵は、青磁色にバチバチひかり輝いた。そして、そこには違う空間が現れた。





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