邂逅(3)

 サトコは工場の寮の前にいた。辺り一面焼け野原で、幸い工場は無事だった。

「サトコ。」

サトコが振り向くと、そこにはサエコがいた。サトコは身震いし、後退りをした。

「…サエコ。」

「まさか、サトコに見られてたなんてね。」

「なんでこんなことをー!?」

サエコは不気味に微笑んだ。

「大丈夫。サトコには、何もしないよ。でもね、ちょっと刺激が強すぎたかもね。」

サエコは悪冷えることせずに、肩をすくめる。

「警察に話しても無駄よ。」

ーーーと、サエコの手が触手のようににょきにょき伸びてきた。その手は徐々に木の枝のような材質になり、うねうね伸びてくる、そして、無数のその触手が工場をグサリと突き刺した。そしてたちまちサエコの口がまるで口裂け女のようにパックリ広がった。

「もうこうなったら、サトコにこちら側に来てもらうしかなさそうねー。」

サエコの眼だけが笑っていたー。

工場は雪崩の如くガタガタ崩れていく。サトコは逃げようとしたが、身体が思うように動かなかった。サトコは踏ん張った。とてつもなく黒くて重いものが押し寄せてくる。静かな恐怖に飲み込まれそうだ。サエコの手がみるみる近づいてくる、サエコが徐々に近づいてくる。ーダメだ、もう終わりだー!

 するといきなり、視界で火花のような光線が広がった。身体の自由が効いた。サエコの動きがピタリと止まったのだ。寮の中からバイクの音が聞こえてくる。ライダーは豪快にテープを飛び越え、二人の間に割って入った。

 ライダーがヘルメットを外すと、そこには黒須の姿があったー。

「何してるんだよ!?早く、こっちこっち!」

黒須はサトコの腕を引っ張る。

(なんで彼女が此処にいるのだろうー!?)

サトコは訳が分からぬまま、ヘルメットを渡された。

「今戦うとやられてしまう!時間を稼ぐぞ!」

 サトコが後ろに座ると、黒須は乱暴にバイクを発進させた。視界の右側に、微動だにしないサエコの姿があった。サトコは振り落とされないように必死に黒須にしがみついた。二人を乗せたバイクはそのまま激走した。サエコの姿がみるみる小さく遠のいていく。

「あの…、黒須さん、どうして此処にいるんですか?」

「それは後で話すから。」

黒須はただひたすら前を向いていた。

 しばはく走ると、ショッピングセンターの駐輪場を爆走し、そのまま入り口の硝子を突き破った。建物の中は、家族連れやカップルなどでで賑わっていた。真ん中では抽選会のような催し物があり、二人はその人ごみの中に紛れ込んだ。

「もう、此処ならしばらく大丈夫だからね。」

「何がどうなってー。」

 

 黒須は真顔になって話し始めた。

「私は死神だよ。ずっと君の事を観察していたんだ。君は死にかけたんだ。君を向こうへ連れていこうとしたが、ことごとく奴が邪魔してね…。近づくのも精一杯だったんだ。」

「それ…、どういう事ですか?」

「勝手で悪いが、君の事は全部調べさせてもらったよ。あの女は、サエコじゃないよ。ここは夢の中でもない。君は異空間にとばされたんだよ。私が奴が向こうに出て来れないようにこの世界に閉じ込めてるんだよ、奴を消したい所だが、今はこれで精一杯なもんでね。おっと、そろそろ来るよ。」

黒須が地面を叩くと、火花を散らした光線が波動のように広がり人の動きが止まった。                   凄まじい爆音と共に化け物が現れた。化け物の身体はみるみる木のようになっていき、触手を伸ばした。


そこで元の世界に戻った。

 



 翌日、職場の従業員は広場に集められた。薄暗い寒空の下、人でごった返していた。皆グループを作り、世間話で盛り上がっていた。誰も悲しんでいるようには見えなかった。まるでホテルの宴会場に居るかのようだった。彼らには愛社精神はなかったのだろうか。サトコは黒須を探したが、彼女の姿はなかった。近くに同じ部署の人たちがいた。サトコは、無視されるのを覚悟で、話しかけた。

「あの…、黒須さんは来ないのですか?」

サトコの予想に反し、皆反応してくれた。


黒須から貰った、自分の姿そっくりの義骸に自分の魂を転移してもらい、こうして生活している。食事や呼吸も、普段通りに出来る。


「え、黒須?誰?そんな人居ないわよ。」

周囲が変な顔をした。


 黒須がいないー?彼女は皆の記憶を操作したのだろうか?やはり、黒須は自分の事を観察する為の存在だったのだろうか?

火葬が終わり、サトコは寮に帰った。急いで着替え、自転車を漕ぐ。

工場の通りに、人だかりができていた。そこには巨大な木の幹が、工場を貫通していた。工場の殆どが跡形もなく崩壊していた。辺り一面には無数の木の幹がうねっており、覆い尽くされている。まるで巨大なジャングルのようであった。次にショッピングセンターまで自転車を漕いだ。三十分程漕ぐと、右手にそれがある。建物の硝子は辺り一面に粉々に飛び散っていた。しかし、それ以外の大部分はひびが少しある程度だった。

 黒須とサエコはこのあとどうなったのだろう。黒須はもうここにはいないのだろうか。

 次第に意識が遠くなる。また、あの感覚だ。




 サトコはショッピングセンターにいた。隣には黒須がいる。百メートル先には化け物が薄気味悪く笑みを浮かべ、無数の触手をうねうねさせている。目は徐々に細く、口はますます大きく広がる。触手には、タコの吸盤のような物が無数についていた。そこからはガスが漏れており、微かに硫黄のような臭いがしてきた。黒須はサトコを乱暴に後方に突き飛ばした。

「もっと離れてろ!」

サトコは言われるがまま、全力で逃げた。

化け物の触手は束になり、猛烈な速さで二人に迫ってきた。鋭い突風が起き、窓ガラスが次々と割れていく。黒須は左手に炎を纏った巨大な鎌を出現させ、電光石火の如く触手を切断した。切断された無数の触手の破片が降ってくる。切断面は黒紫の泡を吹き、ボコボコ不気味な音を立て、再生する。車の排気ガスのような不愉快な臭いが舞ってくる。サトコは悪魔の如くおぞましい光景を目の当たりにし、身震いをした。静かに煙が立ち込めてくる。黒須の姿が見えない。

「黒須さん!」

サトコが叫ぶが、煙は段々濃く広がっていく。サトコはむせこんだ。煙の向こうから、とてつもない爆音が無数に聞こえてくる。建物全体が、大きくぐらついた。サトコは近くの柱にしがみつく。

 五分後、煙の中から化け物の生首が宙を舞ってくる。化け物はサトコと目が合うと、一瞬微笑んだ。サトコは、恐怖で身体が固まった。


「あの方は誰にも、殺せないわ。」


生首はぐしゃりと落下しスライムのように溶け、そして蒸発していった。



そこでまた意識が遠のいた。



 サトコは、自室のベットの上にいた。

ぼんやり考えていると、自分が死んでしまっていた事に対しての実感が湧かない。


じわりじわりと、自分が死んだと言う実感が湧いてきた。



-そうか…。自分は死んだのか…。周りは自分を無視していた訳ではなかったのだ。

 するといきなり、自分が意識を失う前の光景が鮮明に蘇った。私は、あの夏祭りで車にはねれて死んだのか。あのドライバーのせいで先輩達のせいでこんな目にー。ぶつけようのない怒りがメラメラとこみあげてきた。それにしてもなんであいつらがこうして無事なのだろうか。あの爆破や傷害等で、死なないなんてあり得ない。あれは、確かに致命的だった筈だ。

 サトコはただ闇雲に町を歩いていた。時折見かける同世代を見るたびに言い様のない怒りを覚えてくる。何で私はこんなに惨めなのだろう。あいつ等が死なないのなら、せめて自分が始末してやろうか。怒りの炎は徐々に強くなっていく。

 サトコは、彼女達の新しい職場に行く事にした。従業員はしばらくの間、同じグループ会社の工場に派遣されるみたいだった。時刻は17時過ぎを廻っていた。サトコは電車に乗り、その工場の門までたどり着いた。門には桜庭達が談笑しながら駐車場に向かう姿があった。彼女らの背中を押そうとした。

 いきなり、誰かが強く自分の右手を掴んだ。必死に振りほどこうとするも、その手は微動だにしない。

「辞めな。地獄に行きたくはないだろう?」

聞き覚えのあるハスキーな声に振り向くと、そこに黒須の姿があった。サトコは彼女を睨み付け立ち去ろうとしたが、逃げ切る自信はなかった。しかし、黒須はそれどころか、ばつが悪そうな顔をしている。彼女はおもむろに口を開いた。

「実は…。ちょっと問題が起きて、君を向こうへ連れて行けなくなってね。」

「何ですか?こちらからも文句が山ほどあるのですが。」

黒須が重い口を開いた。

「お前の力が必要なんだ。しばらく、お前の命を私に預けてくれないかな?」






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