潮風の中、育つということ。

潮田優

第1話

窓を開けた時、ツンと鼻の奥を襲うのは潮の香りか。はたまた磯の香りか。潮風にゆらゆらと揺れる真っ白なカーテンの隙間から覗く、この壮大な海の景色を見るたびに私はいつもいつもうっとりと見惚れてしまう。・・・というのは全くの口からでまかせだ。

見わたす限り海と山と家しか見当たらないこのド田舎中のド田舎に産み落とされて早十七年。私がこの町に住んでいてひしひしと感じることが一つある。それは死ぬほど不便だということだ。最寄りのコンビニまで徒歩約一時間。あーなんかアイス食べたいな、ジュース飲みたいな。その程度の欲求ではコンビニにはたどり着けない。駅に関してはたぶん六時間くらいかかる。歩いたことがないから正確にはわからないけれど、とにかくめちゃくちゃ遠い。バスとなると数時間に一本しか走っていないことがザラにある。カラオケに行きたい。ショッピングモールに行きたい。そう願った時、私の目の前にそびえ立つのはどこまでも続く青い海なのだ。何が潮の香りだ!何が磯の香りだ!臭いわ!街の都会の香りにしてくれ!何度そう願ったか分からない。

だけど、私がこの街に住んでいるのもあと一年と少しになった。再来年の春、私は東京の大学へと進学する。もちろん受かったらの話ではあるが明確な夢を持ってこの町を出ていくことになったのだ。私の夢はライターになることだ。小さい時から本を読むことが好きだった私は必然と文を書くことも大好きになった。拙い文章ではあるが誰かにそれを読んでもらい、「良かったよ」とその一言を聞かせてもらうだけでまるで天にも昇るような、そんな幸せな気持ちになれる。私はこのたくさんの自然に囲まれた町で大きな夢を見つけたのだ。

確かにこの町はとても不便だということをこの十七年間で嫌と言うほど実感してきた。どこに行くにも親の運転に頼る必要がある。だけど、言い方を変えればどこに行くにも親がわざわざ車を出して連れて行ってくれるのだ。それは電車やバスといった交通機関が整っている都会の子供たちが経験することのできない、親とのかけがえのないコミュニケーションの時間になっている。友達の家に行くまでの道のり。それは時間にすればたったの数分間かもしれない。だけど、その短い時間の中で私たち家族はたくさんの笑顔を作ることができる。たくさんの幸せを描くことができる。

そして、私がこの町に住んでいて感じられたのは家族との繋がりだけではない。近所の人たちや学校の先生など、血の繋がりがない人たちだってまるで大事な家族のように私たちに優しく接してくれる。親が仕事でいない時、友達の家まで一時間以上かけて歩いて行ったことが何度もあった。そんな時、疲れてとぼとぼと歩いていた私に「どこ行くんや!」と声をかけて車に乗せてくれた知り合いの方がたくさんいたのだ。車窓を開けながら私のよく知った笑顔を見せてくれるたびに心の底からこの町が好きになった。

この町は住んでいる人の数が極端に少ない。だけど、数が少ない分、一人一人の心がとても温かい。人が少ない分、みんなを思いやって助け合うことができる。私はこの町を覆う潮の香りに正直飽き飽きとしているけれど、隣に大好きな町の人たちがいてくれれば、ツンと鼻にくる香りですらなんだか愛おしく思えてしまう。そんな風に思えるのは私がこの町に生まれてこれたからだ。

大阪や名古屋、東京という大都会に生まれた子供たちをとても羨ましく思ってしまう日だってもちろんある。だけど、ぼんやりと見つめた景色の先にはいつだって心のあたたかい人たちがいてくれるのだ。学校のスクールバスから降りると「おかえり!」と笑いかけてくれたおばあさんやおじいさんたちがいつまでもこの町で幸せに長生きしてくれるようにと、私はただそう願っている。

まだ十七歳な私にとって家族や町の人たちにできることはごくごく限られている。だから、私は今、精一杯勉強を頑張る。精一杯、文章を書くことを頑張る。そして、私を支えてくれたこの町に、この町の人たちにいつか大きな感動を届けられるようにと、どこまでも続く青い青い海を見つめながら、私は今日もこの田舎町でせっせと筆を走らせるのだった。

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潮風の中、育つということ。 潮田優 @yooou02

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