第15話(第二章エピローグ) いつか来るその日まで
黒衣天狗にまつわる事件から一週間後、十一月二日。禊屋こと志野美夜子は、夕桜市が経営する図書館に来ていた。美夜子は席に付属されているパソコンで、地方紙の過去記事のデータを閲覧していた。
「…………やっぱりない、か」
ページを閉じて、パソコンの電源を落とす。美夜子が調べていたのは、今から九年前に起きた誘拐事件についてだった。幼少の冬吾が被害に遭ったという、あの事件のことだ。武装集団による警察関係者の子ども誘拐事件なんて、かなりの大事であるように思う。ふと気になって、当時どのような扱いになっていたのかを調べてみたのだが、予想外の結果が出てきてしまった。
具体的な日付は聞いていないので、九年前で今頃の時期だったという冬吾の言葉をヒントに該当する時期の記事を調べた。するとどうにも、その時期、この夕桜市内では誘拐事件など起こっていないらしいのだ。もちろん、被害者が警察関係者で、誘拐というデリケートな扱いを要する事件であることから、報道規制が敷かれた可能性はある。しかしそれにしても、そのような物騒な事件が起きたという気配すら感じられない。あるいは昔のことすぎて、冬吾が年数を間違えたかとも思ったが、年齢の部分に関して彼ははっきりとした記憶があるようだったので、その可能性は薄いだろう。
まさか、全部が作り話だった……? 美夜子はすぐにその考えの馬鹿馬鹿しさに気がついて、首を振った。彼に限って、そんなことがあるはずがない。そもそも、そんな作り話をして彼に何の得がある?
美夜子が図書館から出ると、狙いすましたように携帯に着信があった。彼からだ。
「はーい」
『今、どこにいる? こっちはもう着いたけど』
はっとして時間を確認する。手早く済ませて待ち合わせの喫茶店に行こうと思っていたのに、もうこんな時間になっていたなんて!
「あ、ごめん! あと十分くらいかかるかも!」
『急がなくていいぞ。飲み物でも頼んで灯里と待ってるから』
冬吾は、前に話していたように灯里と直接会う機会をセッティングしてくれたのだ。美夜子は灯里のことを気に入っていたので、直接会えるこの日をとても楽しみにしていた。
「うん、そうしといて!」
『ああ、じゃあまた後で』
「……あ、待ってノラ!」
『なんだ?』
さっきのことを、伝えるべきだろうか? 美夜子は迷った。それを知ったとき、彼は何を思うのだろうか? 美夜子は考えて、そして言った。
「……あーいや、ごめん。なんでもないよ。じゃ、全速力で行くからって灯里ちゃんにも言っといて!」
電話を切った。きっと、まだそれを話すときは来ていないのだと思う。いつの日か、それを明らかにするべき時は必ず来る。根拠はないが、そう思う。だからそれまでは、記憶の戸棚に鍵をかけてしまい込んでおこう。
願わくば、その日が来るまでは、この楽しい時が続きますように。
-終-
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