日曜日のレイトショウ

赤井ケイト

プロローグ

「しお味、キャラメル味……」


 ポップコーンを頼んでから、僕は何味にするかを迷っていた。

 飲み物はオレンジのSサイズ。

 これにポップコーンを合わせるのが、映画を観るときの習慣。

 疲れているので甘いものを食べたい気がする。でもオレンジジュースがあれば、しお味で良い気もする。

 ――今日はどうしてこんなに悩ましい。

 僕は眼鏡に手をかけながら、カウンターの前で逡巡しゅんじゅんする。

 映画館も遅い回になると、お客はまばらになる。結果、僕だけひとりカウンター前で悩む形になっていた。

 すると、そんな僕がよほど可笑しかったのか、店員さんが苦笑する。

「ずいぶんと迷われていますね」

 手で笑いを隠すようにして、彼女は言った。

 短いポニーテールが揺れているので、まだ笑っているのが分かる。

「すみません、仕事帰りなので……。甘い物も少し食べたいなぁと」

 気恥ずかしくなり、聞かれてもいないことを言ってしまう。

 すると、彼女は腕組みをして少し考える。

「それでしたら――。カップアイスのSSサイズを、おひとつ頼んでみてはいかがでしょう」

「SSサイズ?」おうむ返しで尋ねる。

「新商品です。Sサイズよりも小さいカップで、お値段はワンコイン。これなら、お悩みも解決できるかと」

 なるほど。お試しで頼むのにも良さそうだ。

 カウンター越しに、彼女は顔を近づける。

 ――このひと、泣きボクロがあるんだ。

 彼女は小声で囁いた。

「私も疲れているとき、同じように迷うから。そういうときは、甘い物もしょっぱい物も、両方選ぶのが一番ですよ」

 そして、ニッコリと笑ってみせた。

「お仕事帰りの小さな贅沢は、大人だけの特権ですよ」

 笑ったときにできる、目尻の小さなシワから、彼女は僕よりも年上だと思った。

 しかし、眩しそうに目を細める笑顔は、子供のように可愛い。

「じゃあ、それをひとつお願いします」

 畏まりました、と言って、彼女は手馴れたようにレジを打つ。

「カップアイスのお味はどれにしましょう」

「そっか。えっと……」

「キャラメル味。ガツンと甘くておすすめですよ。これとポップコーンを交互に食べると病み付きです」

 彼女は嬉しそうに教えてくれた。

 その笑顔につられ、僕まで顔がほころぶ。


「じゃあ、キャラメル味で。お願いします」


「ありがとうございます。絶対に美味しいですから」



 今でも思い出せる。

 これが、僕と彼女の最初の出会い。


 その後、僕たちの運命は絡み合う。

 始まりは『007カジノ・ロワイヤル』。

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