「では、具体的な準備期間ですが」


 どうしようかなと幹人は思う。

 残念ながら、ジーリンに『外科手術』とやらが最低でもどれくらいの時間が掛かりそうな作業なのか、聞いていないのだ。

 ここはもう、憶測で進むしかない。


「そうですね~、五十日……いや、六十日くらいは頂きたいなと」

「はあ!? おいおいおい! 六十日だあ!? そりゃあねえだろ! 長すぎる! 約束なんて忘れちまう! 三日! 三日が限度だ!」

「まさかまさか、かのガドバイズ・ドーを相手取る準備ですよ? 三日だなんて誤差みたいなものだ。ガドバイズさん、貴方だって、貴方を倒す準備の整ったベストなザザ・ビラレッリと闘いたいでしょう?」

「う、そ、そりゃそうだが……なら、わかった! 十日だ、十日待とう!」

「いやいやいやいや短すぎます――」


 ここから、時間にして十分ほど。

 長い、足りない、待てない、間に合わないとお互い言い合い、少しずつ歩み寄り。


「わかった! ……三十五日、三十五日で手を打とう」

「……そうですね、そうしましょう」


 結局、そんなところに落ち着いた。


(もう少し、最初に言う日数を吹っ掛けてもよかったか? ……いや、あんまり長すぎたら最悪、ぜんぶの交渉なしって感じにブチ切れられたかもだしな)


 あまり欲張っても危ない。難しいところだ。


「いよし、場所はいいとこがある! この街の南、そこにあるだだっ広い荒れ地だ! 場所がわかんなけりゃ船場をまとめてるジジイに聞け!」

「承知しました」

「じゃあな! 楽しみにしてるぜえ、ザザ・ビラレッリ! そして賢人ども!」


 湖面の上を低空飛行、さっさとガドバイズは去って行った。


「……ふうううう」


 身体の力がドッと抜ける。思ったよりも緊張していたようだ。

 振り返って、幹人はザザと照治に向き直る。


「ええっと、あんな感じに話がまとまりました。あれが俺にできる限界だったよ……」

「準備期間をあんな日数認めてさせて、その間の結界攻撃も禁止させる。ミキヒトさんって本当、こういうところ凄いですよね……」


 実際に闘う事になるザザがそう言ってくれると、「まだもう少し良い条件を引き出せたのでは」と思ってしまっている幹人としては、救われる。


「なあ幹人、俺はお前のそのスキルに今まで何度も助けられてきたし、そう言えば何度も色々と押し切られてきた気がするよ」

「そうだったかな~」

「恐ろしい弟分だよ。……よくやった!」


 笑った照治とハイタッチを交わす。

 その感触は、幹人の手へ鮮明に残った。


 ◇◆◇


「極等冒険者……」「最後の最後に出てきちゃったなあ……」「聞く限りバトルジャンキーか」「準備期間は結界を攻撃禁止って条件呑ませたのは完全にグッジョブだわ」「しかしザザは度胸あるよマジで! かっこいい!」


 ジーリンのいる謎の地下施設。そこへ無事に戻ってきた幹人が、照治やザザと一緒に事態の説明をすると、メンバーからはそんな反応が返ってきた。

「助かったよ、落ち着いて仕事に取りかかれる。あの爆撃を結界に当てられ続けては、本格的な治療作業など始められない」

「それは良かった。ところでジーリンさん、その星の治療作業はどれくらい掛かりそうなんですか?」


 なんとかもぎ取った三十五日という期間。そこに収まってくれれば正直、勝負の当日はもうザザには安全第一で闘ってもらい、途中ギブアップで問題ない。

 だが、問題は治療作業が三十五日を超える場合だ。いよいよ絶対に、あの極等冒険者に勝利しなければならなくなる。


「そうだな、うまくいって五十日かそこらは掛かるだろうか。これには作業者の実力云々以前にハードウェアの仕様などが関係してくるから、短縮するのは難しい」


 メンバー全員、天井を仰ぐ。


「ごめん……もうちょっと日数稼いでおけば……」


「あのな幹人、お前以外が交渉してたら、そもそも準備期間なんてものをもらえていたかどうかも非常に怪しい。なにより、準備期間中の結界攻撃禁止なんて絶対に呑ませられていない。だからお前は胸を張っていい」


 こちらを励ましてくれてくれた照治は、そのまま話を切り替える。


「ジーリン、一応聞いておきたいんだが、たとえば五十日で治療作業が無事に終わったなら、まさか、それは星の崩壊までに間に合うんだよな?」

「ああ、大丈夫だ。日数予測に関してはかなり正確にできている。このまま何もせずにいれば、星が崩壊するのは七十三日後だ、問題ない」

「「「……いやいやいやいやいやいやいやいや!!」」」


 ほぼ全員が揃ってツッコミを入れた。


「問題なくねえよ! 間に合うかもしんねえけど、めっちゃくちゃ差し迫ってんじゃねえか! ギリギリすぎんだろ!」


 スキンヘッドお兄さん・田川の叫びがおそらく、オオヤマコウセンにジルベルタを足した全員が、ぴったり同じように思っている事だろう。


「な、七十三日……? それを過ぎたら、私たちの街も、国も……星ごと……」

「内側からぐしゃりと崩れて終わる」


 あっさりとしたジーリンの返答に、ジルベルタは顔を真っ青にして、今にも椅子から倒れそうだ。傍にいた塚崎が、さっと彼女の身体を支えた。

 ため息ひとつ吐いて、また照治がジーリンに話を向ける。


「……さっさと話を進めて、状況をもっと把握する必要があるな。俺たちが一番聞きたい事もまだ聞けていない事だし。ジーリン、まずはその星の治療作業について詳しく話せ。あんたが勝手に喚びつけたんだから、せめてしっかり教えてくれよ」

「もちろん。確か、この星の内部プログラムを書き換え、根本からバグを修正する――という辺りまで話したか」


「ああ。……で、質問だ。という事は、この星は巨大な魔道具なのか?」

「そうだ。そうか、それも君たちは知らないんだな。そのとおり、この星は魔道具だ」


 あっさりとジーリンは頷いて言った。


「すべての星がそうではないぞ。星には自然形成型と製造型の二種類がある。たとえば、君たちの星は前者だ。そしてこの星は後者」

「この星を造ったのはあんたの文明なのか?」

「そうだ。といっても、遙か昔の祖先たちだがな。技術力を競う遊びというか、競技として、我が文明は一時期、あちこちにぽんぽんと星を造っていたんだ。恥ずべき愚行だよ。造った後に、その星の面倒を見る事なんて考えていなかったのだから」


 照治に答えて、ジーリンはため息を吐いた。



(……星を作るのが遊びかあ)



 本当に、つくづく、スケールが大きい。一周回って驚きがなくなってきた。


「今はちょうど、その頃に造られた星の不具合が次から次へと出てきてしまっている時期でね。おかげで、わが文明の星医者は新米からロートルまで総動員、あちこちに飛び回っている。……そして、まあ、私は新米なわけだよ」


 いや、新米というか……と、少し気まずそうにジーリンは言う。


「本来なら、まだまだ一人で実際に医療行為などしていいレベルではないのだ。だが、そんな事を言っていられる状況ではなく……」

「駆り出されたわけか。それでやはり、実力と経験不足から不手際を重ねている」


 照治の言葉は容赦がない。彼はさらに続ける。


「星の動作プログラムのバグ修正も、自分一人の手には負えなさそう、と。だが、他の星医者の応援も、さっき言っていたように全員クソ忙しいから望めない」

「そう、だから喚んだのだ」


 ジーリンは、まっすぐに照治を見つめて言った。


「周辺の星、銀河、宇宙。さらに隣接する他の世界に至るまで、喚び出す事のできる最大距離。そこに探索魔法を放った。今現在いるこの星に適応できる身体を持ち、なおかつ、極めて優秀な頭脳を持つ者を探すように設定して。そして今、私の前に君がいる」

「…………んん」


 ジーリンの言葉と視線を受け、ガリガリと照治は自らの後頭部を掻いている。


「君の優秀さは話をしていてよくわかる。心強いよ。事前に魔道具をこの星にばらまいてまで、待っていた甲斐があった」

「……なに?」

「魔道具は、星命魔法や属性魔法と違って、治療のためにこの星に広めたわけではない。いずれ来てくれる君のような助っ人が生き残るための武器として、私からすればその技術力を確認するための題材として、あらかじめ流通させておいたのだ」


 わりと、衝撃の事実だった。魔道具は作り方こそ不明とされているが、この世界ではもう欠かせない生活の一部となっている。

 それがそんな、局所的な目的のためだけに広められたものだったなんて。


「スケールがでかいよ、あんたは本当に。……まあ、それは一旦いい」


 照治はそう仕切り直し、質問を投げた。


「まず……まず、な。ここには俺を含め、喚ばれてきた人間が十二人いる。あんたは複数人喚んだのか?」

「いや、違う。言うのが遅くなったが、それも申し訳ない事のひとつだな。瞬間星間移動魔法はあまり、範囲指定の精度がよくない。ほとんどの者は巻き込まれただけだ」

「はあ!?」「おいおいおいおいおーい!!」「さらっとなんて事言いやがる!」「俺たちゃ余録かい!」「結構がんばって生き抜いてきたのよここまで!」


 さすがにメンバーからは文句の声が次々と上がった。元気の良い二年生コンビ・井岡と島田などはご丁寧に椅子からずっこけつつだ。


「……おまけかあ、俺、おまけで異世界来てたのか」


 幹人としては、不満というより苦笑いだ。なんとなく、自分らしいといえば自分らしい気もする。


「すまないな、決して君の友人たちを侮辱しているわけではないのだが」

「俺はその謝罪を受ける立場にはない。勘違いしているようだが、あんたが喚んだのは俺じゃない」

「……なに?」


 照治の返答に、首を傾げるジーリン。

 もちろん間違いなく、照治はひどく優秀だ。知力に長け視野は広く、弁舌も鮮やか。頭脳戦において、全方位に隙がない。

 だが、喚ばれた地球出身者の中には、彼のようにマルチな才覚こそないが、話を論理的思考能力ただ一点に絞ったとき、誰も相手にならない人間がいる。



「あんたが喚んだのはそこにいるそいつだろうよ。俺なんぞ、まさか比べ物にならん」


「……ほう」


 照治が指さし、ジーリンが視線を向けた先にいるのは、長い前髪で瞳を隠した一人の女性。

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