第3話 3滴目の毒薬

 布団の中で先輩と手を繋ぐ、という考えたこともない事態にただただ緊張するばかりである。

緊張しなくて良いと言われても、元々が緊張しやすい性分なのだから仕方がないのだ。

かける先輩。」

「ん?」

優しい返事が、自分のすぐ側から聞こえてきて改めて驚く。

そりゃあ、同じ布団に入っているのだから当たり前なのだが。

どうにも慣れない。

こんなことで、寝られるのだろうか?

「先輩は、何で僕を呼んでくれたんですか?」

これが1番の疑問だった。

自分と同じ代の社員は、他にもいる。

何故、自分のことを気にかけてくれているのか、分からなかったのだ。

気にかけて貰えるのは、とても有難いことだけれど。

「そうだね。竜也たつやくんが新人の時、僕がついてたじゃない?だからかな。今でも気にしてしまうのは。」

「そうだったんですね…。もう、あの時は本当迷惑掛けてばかりで。」

「いやいや、いいんだよ。竜也たつやくん見ているの楽しかったし。」

隣で思い出し笑いをしている先輩を見て、当時の使えないポンコツな自分を思い出して恥ずかしくなった。

今でもポンコツではないとは、言えないが…。

「僕が別の部署になっても、何度か話し掛けに来て下さったの、嬉しかったです。」

「お、本当?良かったよ。」

そう言って指先を絡め取られ、繋いでいる手のことを忘れていたことに気が付く。

「部署が別だから、なかなかちょっかい掛けに行けなくてね~。」

「あはは…。」

そう言われると手放しで喜んでいいのか、気になるところではある。

だが、そうして気にかけていてくれたのは、本当に有難いことだ。

「僕、一人っ子だから、弟が出来たみたいで嬉しかったのだよ。」

「あ、そうなんですね。」

繋いだ手の温度は同じになり、当初感じていた違和感もなくなってきた。

不思議なものである。

竜也たつやくんは、お姉さんがいるんだっけ?」

「はい、歳は離れてますが…。」

「末っ子で甘え下手なのはそれでか。」

何か納得したようで先輩はふむふむと頷いている。

竜也たつやくんは、優しいね。普通、こんなことしてくれないよ。」

「そ、そうですか…。」

繋いだ手を両手で包み込み、そう言われた。

優しいのか、としみじみ考える。

「ありがとうね。」

「いえ、僕は何も…。」

そう返すと目元が、にこりと笑う。

「全く竜也たつやくんは、控えめだな。そういうところ、嫌いじゃないよ。」

目を伏せて、そっと手に唇を寄せられた。

驚いて声も出なかった。

「ごめん、驚かせたね。」

「いえ…。」

そっと手に触れた唇は、ほのかに温かく心地よい柔らかさがあった。

唇が触れた部分が、じわじわと熱を持つような心地がする。

「ごめんね、疲れているだろうに。ゆっくり寝ていいよ。」

「あ、いえ、こちらこそすみません。」

「それじゃあ、おやすみ。」

「おやすみなさい…。」

左手で、さらさらと頭を撫でられた。

こんな風に誰かにされたのは、いつの事だろう。

優しい掌は、壊れ物を扱うかの様だ。

互いに手は繋いだまま、その日は眠る事になった。

いつの間にか眠ってしまっていた。


 早朝に目が覚めて、ふと隣を見る。

静かに寝息を立てている先輩は、少し幼く見える。

気が付くと、繋がれていた手が解かれていた。

そっと自分から指を絡ませた。

何故自分がそうしたか、分からない。

そのまま、手を解いたままでも良かったはずなのだ。

理由を説明しろと言われても出来ない。

それでも、何故かそうしないといけない気がした。

「…寝られない?」

少し寝惚けた声が隣からした。

「ごめんなさい。起こしちゃいましたね。」

「ん、大丈夫。」

そう言って、指先をぎゅっと握られた。

自分でしておいたのに、何故か恥ずかしかった。

そして、空いている手で、先輩に抱きしめられた。

思考が一気に止まる。

かける先輩…、あの。」

「嫌だったら止めるよ。」

声がすぐ側で聞こえる。

不思議なことに緊張はするが、嫌ではなかった。

心臓の音が、とくとくと聞こえる。

ゆっくりとした呼吸音さえも聞こえた。

「嫌じゃない、です。」

「ん、分かった。」

後頭部をゆっくり撫でられる。

その手は温かくて心地よい。

「たまに、人肌恋しい時があるだろう?」

「ええ。そうですね。」

「こうしていたら、少しは良いかなと思ってね。僕にとっても、竜也たつやくんにとっても。」

「僕はかける先輩以外とは、こういう事したくないなって思うんです。何故だか分からないんですけど。」

そう言うと、頭をぽんぽんと優しく撫でられる。

「今のは、中々の殺し文句だよ。」

そう言って苦笑した先輩の声がすぐ側で、優しく響く。

「え…?あ!色々すみません!」

自分が言った言葉を反芻してみると、無意識のうちにとんでもないことを言ってしまったと自覚した。

恥ずかしいどころの話ではない。穴があったら入りたいという気持ちになった。

まともに先輩の顔を見られないまま、慌てて謝った。

子供をあやすように、背中を撫でられる。

竜也たつやくんは、天然だなあと思っていたけど本物の天然だねえ。僕の目に狂いは無かったようだ。」

「ははは…。」

最早どう弁明したらいいのかも分からずに、ただただ苦笑いしか出来なかった。

「まあ、そういうところも竜也たつやくんらしくて、僕は好きだよ。」

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