第4話胡蝶泉

夜明けだ。タクシーを降りてわずかに勾配のある砂利道を歩む。

昼は観光バスでごった返していた広場。見覚えのある駐車場に出た。

土産品店は皆しまっていて屋台には色とりどりの布がかけてある。

商品は全く見当たらない。毎日持ってきてまたもって帰るらしい。


空から見るとおそらくこの辺りだけ森を切り開き、最近になって

ようやくバスが来れるようになったみたいだ。園の入り口のゲートに出た。

屈強なガードマンが二人立っていたところだが今は誰もいない。


隙間からそっと中に入った。石畳を歩む。振り返ると向こうの山の端に

朝日が昇り始めた。まるで京都の西山から東山を望むようだ。

耳海が眼下右手に見える。標高2000mそれでも気温は15度くらい。

かなり湿気が多い、緯度は香港と同じだ。思わず旭日に手を合わせる。


緩い勾配の石畳を15分ほど歩む。両脇は竹林になっていてそのやぶの

向こうは灌木が茂っている。その先はうっそうとした原始林。おそらくだが

迷い込んだら二度とは出てこられそうにないかなり深い密林だ。


やっと胡蝶泉のほとりに出た。周りは大理石の階段と回廊、泉には手すり、

これも大理石で相当の年代物だ。人が手に触れないところは苔むしている。

泉の北側(山側)は少し小高くなっていて小さな祠がある。

これもすべて大理石で苔が一杯だ。


胡蝶泉を取り巻く回廊の周りは竹林ではなくてかなりの喬木が密集している。

その枝先が高い位置から泉を覆っているので旭日はほとんど届かない。治は

薄暮の天空を見上げながら祠の脇に腰を下ろしゆるりと泉を見下ろした。



静かに目を閉じて耳を澄ます。小鳥のさえずりが遠くから近くから、かなりの

種類だ。その時ほんの一筋の旭日が治の顔面をとらえた。暖かく眩しい光に治は

ついうとうとと、強烈な睡魔が襲ってくる。そのまま治は祠の脇に心地よく

眠り込んでしまった。


馬のいななきと蹄の音で目が覚める。とそこは雑踏の中で強烈な臭い。

異様な服を着た人々の殺気立った街中だった。


「蒙古が攻めてくるぞ早くみんな南へ逃げろ」

大声で叫ぶ屈強そうな大男。左手に亀の甲羅のような盾を持ち右手には

一抱えもありそうな薙刀を突っ立て何度も大声で叫んでいる。


蒙古?いつの話だ?攻めてくる?これは何とか逃げねばならぬ。

殺気立った人と荷車の流れを避けて治は城壁を駆け上った。

とても身軽で飛んでるようだ。しっ!見張りの兵隊がいる。


物音にこちらをじっと見つめている。視線が合ってしまった。まずい。

見つかってるはずなのにちょうど交代が来たようだ。何事もなかった

かのように兵隊は交代した。見えてないのか?


見張りの脇をすり抜けて城内に入る。石造りの堅固な城だ。一番

奥の部屋で何か言い争っている。重い扉の隙間から中をのぞくと

何と外とは大違いの豪華な部屋。中央に玉座があって王様が座っている。


その前にこれぞ雲南白族の民族衣装で着飾った王女と姫がいる。

まるで大きな舞台のようだ。


(国王)「蒙古の軍はもうそこまで来ておる」


国王、いらいらとうろつく。

(王女)「姫は南へとお逃げなさい。私は王と共に戦います」


(姫)「お母様!」

(王女)「あなたの事はよく分かっています。村の若者が着いたら

ふたりですぐにお逃げなさい」


(姫)「お母様!」

(王女)「ふたりの仲の事は母である私が一番よく分かっています。

王子の北の城が落ちたらすぐさま知らせに来るようにと、

あの若者に頼んでおきました」


(姫)「お母様!」


姫、王女に泣き崩れる。

下手より若者現れる。

走りつかれて倒れそうである。


(若者)「申し上げます。蒙古軍は総攻撃をかけてきました。

王子様の守りは撃破され総崩れになってこの城へ撤退中です」

(国王)「王子は?」


(若者)「王子はご無事です。攻め来る敵と戦いながら

この城へ向かっておられます」

(国王)「蒙古は皆殺しの民と聞く」


(王女)「姫!直ちにお逃げなさい!この若者とともに南の地へ!」


若者と姫、互いに見詰め合う。

(国王)「ええい!早く行け!」

(王女)「早く行きなさい。この城は王子とともに

最後の最後まで戦い抜きます。あなたの使命は生き延びて

わが一族の子孫を残すことです。早く行きなさい」


(姫)「分かりましたお母様」


下手より戦いつかれた王子現れる。

剣は抜いたまま大きく息をしている。


(国王)「おお息子よ」

(王女)「王子・・・・・」


王女、王子の下に駆け寄る。

王子、大きく息をつきながら、

「父上、もはやこれまで。蒙古の軍は十万を越える大軍で、

わずか数千の大理国が滅びるのは時間の問題だ。姫を、

早く姫を逃がしてやってくれ」


(王女)「もう姫は逃げました。あの若者とふたりで」

(王子)「そうか、それは良かった。なんとしてでも

生き延びてくれ・・・・・」


王子はここで息絶える。

背中に大きな矢が刺さっている。

国王、王女「王子!」


ふたり駆け寄り王子の体を支え抱く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る