第3話大理古城
胡蝶泉は私が来るのをじっと静かに待ちわびていた、
はずだったが。たくさんの観光バスが並んでいる。
60元払って憧れの胡蝶泉景区に入った。
蒼山のふもと、うっそうとした森の中だ。
各団体のガイドさんは皆白族の民族衣装で
とても美しくおしゃれに見える。
竹林の坂を上り詰めたところに泉は湧いていた。
ちょうど富士のふもと忍野八海のような泉で
かなり深いがきれいにすんでいて湧き水が見える。
あちこちと水中洞穴でつながっていそうだ。
忍野八海もそうらしいが飛び込んだが最後
戻ってこられそうにない。
うっそうとした樹木が周りに茂っていて
とても神秘的なところだった。
泉にまたこれるようにとお題目をあげ
こぎれいなトイレで用を足して
胡蝶泉を後にした。
さあ最後の大仕事藍染を買い付けに周城へ向かう。
胡蝶泉の駐車場からバタンコに乗ると、
「どこへ行く?」
「周城」
「5カイ(元)」
「ハオ」
ところが後でよく考えると、胡蝶泉から続く街道沿いが
ずっと周城らしくて2kmで町並みは終わった。
「どこへ行く?」
「藍染工房」と言いながら書くと、
「ハオ」と言ってとある染物工場へ連れて行く。
それは町並みのすぐ裏手でこじんまりとした民家。
中に藍染のハンカチ、風呂敷サイズが一杯。
いろいろ見せてはくれるが他がない。
こんなのを探していると暖簾の絵を描くと
バタンコのおじさんは大きくうなづいて
次の工房へ連れて行ってくれた。
ここは本格的な工場だった。ここだここだ!
染めは木製の大きな樽で行う。
この樽がいくつも作業場においてある。
藍染のほかに草木染め、菊、ウコン、芥子、茶などなど。
同じアイでも染めの回数、葉と茎と根によって色がぜんぜん違う。
暖簾だけでも相当の量があって安ければここが一番かな。
問題はデザインだ。かつてインドネシアやインドで
探したバチックの図柄は独特だが宗教的で難しい。
なんとか日本的なものを京都的なものをと探すと
草花の一本描きがなかなかいい。藍、菊などいろいろとある。
これはいけそうだが、1枚60元という。
何度も交渉して、ここが大事。結構有名なところなのだろう
客が多い。係りの段小姐は早く交渉を決めようとする。
「いいよ、そっちのお客さんかまってて」
手が空いたら次から次へと暖簾を広げる。
「いいよいいよ自分でチェックするから」
「また明日も来るから」と言って、
まずは10枚で400元まで値切って買う。
1枚40元=600円。これが3000円で売れればよし。
まあ最初はこんなもんだろう。肩の荷が下りたがお金がなくなった。
明日換金して再チャレンジだ。
古城に戻り一休みして夜店に向かう。同じような暖簾があった。
最初は100元。ついには33元まで下がって買った。
これをもって明日周城まで掛け合いに行くことにする。
三友客桟よる9時。女性が二人入ってきた。間違いなくこの
ドミトリーは共同なのだ。一泊20元(300円)だものね!
その一人がトイレットペーパー持ってませんかと言ってきた。
若い四川省の女性だった。
翌朝6時起床。2000kmも離れているのに北京時間だから
朝7時に夜が明けて夜は8時まで明るい。
中国銀行が開くのは9時のはずだから散歩に出る。
路地裏で庶民が米線かおかゆを列を作って食べている。
なかなか入りにくい。
9時。換金はスムーズだった。きくやで卵焼き定食をたべて
周城へ向かう。そっと染物工場の中に入って写真を撮り続けていると、
段小姐がやってきた。結構客が多い。また10枚買うというと
すぐに決めようとする。夜店の暖簾を広げて、
「昨日の夜30元で買った。同じものだ」
「いやいや藍の葉が違う」
と言って段小姐は私を庭の隅に連れて行く。
野生の藍の葉っぱを掴み手にとって見せながら、
「大理と周城では藍の葉が違う」
『うそつけ!』
「10枚ほしいが250元しかない」
「8枚!」
「8枚じゃ240元じゃないか?9枚!」
「・・・」
「来年もっと買う」
ということでついに1枚30元になった。
領収証に段小姐のサインをもらった。
今後はこれがものを言う。
こういうことが一番大事で最高に楽しいひと時だ。
時間を掛けて荷造りをする。リュックに目一杯つめる。
隅々までピチピチにつめて30kgはありそう。
気合を掛けて背負う。街道にはミニバスが走っている。
手を上げると止まってくれる田舎のバスだ。
懐かしい昔の日本がここにはある。夕方菊屋で
チキンチャーハンを食べて大理古城の町並みを散策する。
立ち止まって眺めているといろいろと庶民の生活が見えてくる。
あめを焼いているプレートは大理石だとか、
あれがひまわりの種なのだとか。子供たちはいつも元気に
水路で水浸しで遊んでるとか。これはゴミ箱なのだとか。
私は今までひたすら走り続けてきて立ち止まることがなかったように思う。
立ち止まることに恐怖を感じていたのだ。そしていま、
胡蝶泉に誘われて周城までやって来た。ついに藍染と草木染めを見つけた。
これが売れれば毎年来れる。しかしやってみなければわからない。
夜久しぶりに日本人と語る。チベット好きの青年医師と世界を駆け巡る
中年婦人。頑張れ熟年!その人が言った一言が気になる。
「染めの難点は日焼けと色落ちでしょ。ほんとに売れるんですか?」
うーん、そうか。ひょっとしたらそういうこともありうるな。そう思うと夜も眠れない。
もう一度胡蝶泉に行ってみよう。売れなければもう二度と来れないかもしれない。
あれほど憧れていた胡蝶泉。そうだ朝早くいけばいいんだ。観光客が来ないうちに。
そう思うともう居ても立ってもおられない。治は夜明け前にユースを飛び出していた。
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