卍Xx†暗黒堕天真魔劣等将棋少年奮闘記†xX卍

長峯 策之

第1話 波乱盤上!劣等少年、ヒロユキ

  とにかく無我夢中に81マスの盤面を進んでは迷い、猛進しては躓く。私の人生における日常とはそういったものであった。一般人からすれば決して望ましい内容とは思えないであろう。広大無辺で魅力あふれる世の中。楽しめる展望は無限にあるというのに、なぜ81マスの極めて狭量な世界に有限な人生を捧げるのだろう。正直理解できぬ、奇特な奴だと思われるのであろう。自分のありたいように進んだ結果をそのように思われるのは心外な話であるが、それが自分の人生であるのだから仕方がない。私なりの人生を過ごすばかりだ。

 私の名前はヒロユキ。将棋のプロ棋士を志している大学生だ。今年で22歳になる。世間の大学生は就職活動を終え、娯楽にまみれた大学生活に有終の美を飾ろうとしている。太陽の陽気を帯びたような朗らかな声が、あちらこちらから聴こえては私の心をつんざく。キャンパス内を華々しく彩る歓声が、鬱屈した私のこころに突き刺さる。同じ大学生でありながら私とは対極的な立場にいる彼らに遠い視線を遣りながら、その前を通り過ぎた。

 先ほど私の世界は81マスが全てであるかのように物語ったが、実際のところはそうではない。私は小学生のころから、奨励会という一般的には聞き慣れない場所に通い詰めている。幼少期から、私は現実的な環境と相反するような感情を抱いている。大学構内のような、広大で若者たちが自身の精神について開放的になっている環境において、私の心は閉塞的になる。それに対して奨励会は湿っぽくこじんまりとした場所だが、その場所において私の心は極めて開放的になれるのであった。なぜ精悍な若者たちが青春を謳歌している拡張的な世界に向ける感情が閉塞的であるのか。華奢な体格の若者たちが目を凝らして更に小さな盤面を注視している縮小的な世界に向ける感情が、なぜ開放的であるのか。思えばこうした奇妙に働く心理が、私を将棋の世界へと誘ったのかもしれない。

 ただ私が唯一無二と言っていいほど開放的な心境になれたその場所も、今では次第にその輝きを失いつつある。プロになるためには26歳までに優秀な成績を修め四段にならなくてはいけない。私は先述の通り今年で22歳であり、棋力は初段である。年数はまだ4年あるものの、この年齢にしてこの棋力でプロになれる確率は極めて低いと言わざるを得ない。唯一無二の開放的環境が間もなくして反転し私に襲い掛かり、私の首を容赦なくしめつけるであろう。もし81マスに専心した人生の最期が、この極めて矛盾した内容だとしたら…。狂気じみた妄想が時折私におそいかかる。複雑な感情が錯綜し情緒は崩壊かけ、倒れそうになる。そしてその時私は改めてこう思うのだ。「なあに、今まで通り進んでくのみだ。」そう言っては踏ん張り、足を前へ進めていく。

 「ヒロくん、何を考えてるんですか?」

 気づくと私は奨励会近くの喫茶店で一人、テーブルに身をかがめていた。ハッと頭を上げると、そこには女流棋士の香子がいた。香子とは古くからの仲で私と同じ奨励会員である。心のすさんでいた私は思わず香子の豊満な乳房に目を奪われた。

 「香子さん、もし都合よければ将棋の対局しないか?」 

 「…別にいいけどえらく突然ね。」

 私は倒錯しかけたその心理から、女性に対してその日は声をかけずにはいられなかった。(続)

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