恋する悪の戦闘員

ながやん

夢幻の女皇帝と愉快な仲間たち

第1話「初恋は無慈悲な悪の女帝」

 真逆連児マサカレンジの住むまほろば町は、どこにでもあるごく普通のベッドタウンだ。都内の外れにあって、取り立てて珍しいものもなく、不自由もない。池袋や新宿には電車で20分前後だし、神田や秋葉原へだって交通の便は悪くない。

 そう、不自由はない。

 悪くもない。

 ないものだらけの不思議な町。

 それが、まほろば町だ。

 なんの変哲もないこの町で、高校生活のかたわら連児はアルバイトに勤しんでいた。


「うぃーっす。……あれ? お前だけ?」


 いつもの放課後、バイト先に顔を出す。

 黒を基調とした部屋には、小さな少女が一人。それと、仰々しい玉座のような椅子がある。これは連児の上司が座る場所で、彼はその雑用係というか、便利屋みたいなものだ。

 そして、小柄な少女は連児を振り返る。


「あ、連児だ! やっほー、オツオツー!」

「おう、なんだ? 真璃瑠マリルが一番乗りか」

「おう! わはは、一等賞だっ!」


 この小動物的なロリっ娘は、伊万里真璃瑠イマリマリル。同じ職場の同じ部署で働く同僚、仲間だ。多分、歳は近いんじゃないかと思う。実際に聞いたことはないが、中学生くらいじゃないだろうか。

 彼女は今、せっせとカメラの準備をしていた。

 なにやら本格的な、映画やビデオを撮影するようなデカいやつだ。

 そして、両手に赤や黄、白の配線を持って悪戦苦闘している。


「おーい、真璃瑠……手伝おっか?」

「んー? 平気だよ、へーき! ほら、なんか良さそうになってきたし!」

「多分これ、同じ色のとこに差すんだぜ」

「……マジですかー? はわわ、ちょ、ちょっと待って!」


 わたわたと小動物のように、真璃瑠はせわしない。

 だが、この少女も特別な職能……まあ、能力を認められてこの職場で働いている。


「やっべ、ガチでやべーですよ! えっと、これを抜いて、抜いて、引っこ抜いて!」

「ま、待て待て! ちょっと待て! 乱暴にするな、こら真璃瑠」

「お? おおっ? ……千切れちゃった、ナハハ」


 カメラに繋ぐケーブルの何本かが、引き千切れてしまった。連児はそうでもないが、職場には意外と力持ちが多い。そういう職場なんだと割り切っていた。

 そして、ごまかし笑いで白い歯を見せる真瑠璃が、もう一つの力を使う。

 そう、ある日突然芽生えた力、この職場に必要な素養だ。


「せーのっ、どっこいしょーっ! ハイ、元通り!」

「相変わらず便利な能力だよな……それ、なんでも直せんのかよ?」

「もち! 治したり直したりなんでもできるし、大きさだって変えられるよ!」


 千切れたケーブルの断面をくっつけ、手に握って拳の中に封じた真璃瑠。彼女の手が光ったかと思うと、あっという間に元通り。これが彼女の力、【再世修醒リクエイション】だ。物理的な法則や常識など無視した、法外で埒外らちがいな彼女だけの能力。真瑠璃は触れたあらゆるモノを元の形へ戻してしまう。

 また、必要に応じてサイズを変えたり、色や形を変化させることもできるのだ。どの程度まで融通が効くのかは、真璃瑠だけの秘密だ。


「よーし、さっさとカメラの準備しちゃお! 連児も手伝っていいよ!」

「へぇへぇ……ん? ああ、ほら、我らが女皇帝エンプレス様の御出勤だ」


 二人でカメラをいじくり回していると、不意に両開きの巨大なドアが開く。荘厳な扉の向こうから、セーラー服の二人組が現れた。

 片方は背が高くて、ぞんざいに髪を短く切った少年みたいな少女だ。

 そして、まるで騎士のように寄り添う短髪の少女の横に、彼女がいる。

 漆黒の長髪に、白磁はくじのような肌……そして右目に白い眼帯。

 モノクロームのビスクドールのようなこの少女が、連児たちの職場の上司だ。一番偉い人間、つまりボス。首領にして首魁しゅかい、敬愛してやまない女皇帝なのだ。

 名は、爪弾冥夜ツマビキメイヤ

 長い長い髪をかきあげ、冥夜は静かに言の葉をつむぐ。

 言霊のように響く声は静かで抑揚に欠くのに、酷く官能的で蠱惑的こわくてきだ。


「お疲れ様、みんな。準備できてるかしら?」

「やっほー、冥夜ちゃん! ディー・ドリーム! 今、超特急でやってるよー」

「よう、冥夜! ディー・ドリーム!」


 ――ディー・ドリーム。

 それが、冥夜を称える合言葉、歓呼の声だ。何故なら、彼女はこの職場を統べる大いなる存在……エンプレス・ドリームなのだ。そしてここは。多くの特殊な人間が、一つの目的のために集まる健全な職場である。

 今から十年前くらいに、謎のウィルス騒ぎが地球上を席巻した。

 パンデミックを起こした『ニュートラル』という名の病魔は、あっという間に全ての国で蔓延まんえんし、感染を拡大させた。その症状は個体差があり、健康状態を害したりはしない。ただ……先程の真璃瑠のように、本来ありえないような力が身につくのだ。

 そして、いわゆる超能力的なものを得た人間は、大きく三つに分かれた。

 大した能力が発症しなかった、ないしはなにも影響がなかった為、普通に暮らす者。次に、その力を悪用し、欲望のままに犯罪行為へ走って、倫理や道徳を犯す者。そして最後に、正義の心に目覚めて、世のため人のためにヒーローをやる者だ。

 そして、ここに集った四人は――


「では、今日もお仕事を始めましょう。……世界の敵であるために」


 そう、連児たちの仕事は悪の組織、アトラクシアは非合法の超大規模秘密結社だ。法も徳も踏みにじって、非道の限りを尽くす犯罪者集団なのだ。

 その目的は一つ……全てはエンプレス・ドリームこと、冥夜のために。

 因みに時給は1,300円、連児は週四でシフトを入れている。産休も育休もとれるし、危険物や大型免許を取れば資格手当てだって出る。どこに出しても恥ずかしくないホワイト企業、とても立派な悪の組織なのだ。

 冥夜は長身の少女を連れて、部屋の奥へと向かう。

 ここは闇を統べる夢幻の女皇帝、彼女の玉座にして玄室だ。


「着替えるわ。手伝って頂戴、スバル

「はい、エンプレス・ドリーム様」


 昴と呼ばれたボーイッシュな少女は、本名を榊昴サカキスバルという。二人は同じ名門女子校に通っていて、昴はいわば冥夜のボディーガードだ。このアトラクシアでも、戦闘能力だけなら最強と言われる少女で、その能力は【骸終一触ワンタッチ】……昴が攻撃の意思を持って繰り出した、なんらかのアクションに触れると、死ぬ。

 その馬鹿馬鹿しいほどに最強過ぎる彼女の力を、連児はよく知っている。

 死ぬほど熟知している、何故なら何度も殺されているから。

 連児はカメラをいじくる真璃瑠からそろりと離れて、部屋の隅の二人へと忍び寄る。冥夜は衝立ついたてやカーテンを使うことなく、皆の前で堂々とセーラー服を脱ぎ出した。


「おーおー、見事な脱ぎっぷりで……お? ちょっと太った? なんてな! ……おーい、冥夜。もっとこう、キャーえっち! とか、イヤーン! とか、まいっちんぐ! とか」

「どうして私が貴方ごときに見られて恥じらいを感じなければいけないのかしら」

「いやあ、やっぱこう、なんてーの? それって、嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつ?」

「嫌ではないわ、連児君。好きの反対、。貴方、石ころの前で裸になって恥ずかしいと思う?」

「だよな、そうだよな! よし、じゃあガン見すっから着替えてくれ! ブラもぱんつも脱いで、いつものエロめかしいドレスに着替えてくれ!」

「……昴」


 いつものように冥夜は、潔く全裸になる。

 しかし、その淡雪のように白い肌を見る間もなく、「はい」と返事をした長身痩躯が立ちはだかった。昴を見上げて、連児は内心またかと思った。

 そして、昴が「すけべ」と短く言葉を切る。

 同時に差し出された手でデコピンされた瞬間、連児の世界は暗転した。


「あーもぉ、スナック感覚で殺すなっての。……俺じゃなかったら大惨事だぜ?」


 次の瞬間にはもう、

 勿論もちろん、昴のデコピンで絶命した連児は跡形もなく消えていた。

 そして、そのことに誰も驚かない……何故なら、それが彼の能力だから。

 その名も、【残気天翔エクステンダー】……連児には、命のストックがあるのだ。死ぬ度に減るが、代わりに時間が巻き戻った過去に復活する。連児は今、数分前に巻き戻って、そこから駆けつけたのだ。

 記憶はそのまま、死ぬことで過去からやり直せる。

 ただし、命のストックには限りがある。

 そして……その名の通り、過度の興奮や感動、大きな感情の起伏でエクステンド、1UPワンアップするのだ。因みに今、昴に殺されたので残りのストックは3である。


「見ろ、残り3だ! この手を見ろ!」


 連児は、既に着替えを終えつつある冥夜へと、右の手の甲を突き出す。

 そこには、英数字で『03』と書かれている。

 因みに過去、最高で14まで増やしたことがあった。

 ただ、その能力を買われてアトラクシアでバイトをしているので……冥夜ことエンプレス・ドリームの召使みたいなことをしているので、急激に減ることもある。

 冥夜は連児が数字を見せても、「あらそう」と素っ気ない。

 そうこうしていると、カメラのスタンバイが終わった真璃瑠が飛んできた。


「オッケーだよーっ! ん? ありゃりゃ、連児! 数字、昨日より減ってるよ!」

「今、昴にデコピンで殺された。俺はただ、冥夜の裸が見たいだけなのに。きっと、絶対猛烈な性的興奮で1UPすると思うんだよ。それに、こう、なんというか」

「そっかそっか、残念だったね連児。あたしの胸、揉む?」

「気持ちだけ受け取っとくわ。お前、揉むほどねぇし、ロリコンは犯罪だし」

「そなんだ」


 そして、冥夜は黒いドレスで眼帯を取る。

 黒い左目とは全く違う、血のように真っ赤な瞳が顕になった。そのくれないに光る視線が、汚いものを見るような侮蔑ぶべつ軽蔑けいべつの目で連児を一瞥した。

 最高だ。

 たまらない。

 ご褒美である。

 だが、残念ながら1UPする気配はない……毎日寿司を食べていれば、その感動が薄れるのと同じだ。つまり、常にさげすまれてあざけりを受けているので、常態化してしまったのだ。


「冥夜、マンネリは夫婦生活の墓場だぞ? もっと俺を踏むとか殴るとか、その乳で挟むとかしたらどうなんだ!」

「昴」

「はい」

「あ、いや、なんでもない! 正直スマンカッタ!」


 そして、冥夜はしどけなく玉座に座ると、真璃瑠にカメラのチェックをうながす。小さな小さな真璃瑠がカメラを回し始めると、物憂げな夢幻の女皇帝は、世の悪を総て従える怜悧れいり玲瓏れいろうな無表情を凍らせた。

 彼女はカメラに向かって、はっきりとよく通る声で宣言した。


「この放送を見ている、あるいは聴いている全ての自称ヒーローに通達するわ。私たちアトラクシアは、あらゆる国家、地域、そして別次元の平行世界や未来の世界、あらゆる世界で貴方たちを抹殺します。……


 それは、今日予定されていたビデオメッセージの収録だ。

 あとは組織の力で、あらゆる場所で電波ジャックされて放送される筈である。アトラクシアは巨大な組織で、中心であるエンプレス・ドリームこと冥夜しかその全てを把握していない。連児など、一番冥夜にちかしい一人(自称)なのに、規模も資金力も知らないのだ。どこでなにをしてるかもわからない。ただ、ある日突然世界で不幸が起こって、ヒーローが死ぬことがある。それが全て、アトラクシアの仕業だとあとから知るのだ。


「我こそはという者があれば、立ち向かってきなさい。貴方のなけなしの勇気を、私が捻り潰してあげましょう。貴方を希望と信じる全ての人間に、貴方の死で絶望を与えましょう。これより私たちアトラクシアは、全てのヒーローに宣戦を布告……いえ、抹殺を宣言します。例外なく全て、一片の容赦もなく総滅そうめつ鏖殺おうさつします」


 ぞっとするほどに恐ろしく、そして恐ろしい程に美しい。

 見ている連児は、身震いが背筋を駆け上るのを感じる程だ。

 そして、その都度自分を奮い立たせる。

 学校では冴えない平凡無個性なモブ男子。家では優秀な兄と小悪魔な妹の間でサンドイッチな肩身の狭さ。だが、この場所では……冥夜の前でだけは、違う。

 連児は冥夜に恋をしていた。

 初恋、そして一目惚れだ。


「……以上。では、ヒーローを自称する愚か者たち……せいぜい足掻あが藻掻もがいて、私を楽しませなさい。私は貴方たちを、絶対に許さない。覚えておくのね……私こそが世界の敵、エンプレス・ドリーム。私の能力、【創滅与奪ジェネサイド】が選ぶ唯一の未来に……貴方たちは一人も生かしておかないわ」

「はーい、オッケーだよぉ! 撮影完了でーす」


 真璃瑠の黄色い声が弾んで、冥夜が小さな安堵の溜息を吐く。その横に、忠実な番犬のように昴が直立不動で立っていた。

 そして、揉み手をしながら卑屈丸出しにヘコヘコと、連児は冥夜の前へと進み出た。


「で、冥夜。今日はなにをすんだ? なんでも俺に言えよな!」

「とりあえず、私の視界に入らないでくれるかしら」

「よっしゃ、任せろ! 今すぐお前の足元に寝そべり、おおっとこれじゃぱんつが見えt」

「昴」

「はい」

「ま、待て! お前最近俺を殺し過ぎだぞ! ……わかった、わかったよ。どーせ俺はこのアトラクシアじゃ、しがない戦闘員だよ、雑魚キャラだよ」


 連児は我ながら、自分でも無様だと思う。好いた異性に対して、あまりにもアプローチが下手なのだ。そんな自分がちょっとカワイイと思うくらいには馬鹿なのが、真逆連児という少年なのだが。

 だが、彼は懲りるということを知らないポジティブスケベだった。

 そうこうしていると、「あ!」と真璃瑠が元気な声をあげる。


「ねえねえ、冥夜ちゃん! ごめん! ……カメラにテープ、入ってなかった」


 エヘヘ、と頭をかく真璃瑠が、ほがらかに笑う。

 玉座の肘掛けに身をもたげながら、冥夜は少し考え込む素振りを見せた。そして、小さく頷くと喋り出す。優雅な声音で、まるで音楽のような言葉が流れた。


「いいわ、撮り直しましょう。気にしなくていいのよ、真璃瑠」

「エンプレス・ドリーム様、この後の要件が立て込んでおります。幹部会にも顔を出さねばなりませんし、会計や監査の方でも決済を待っているとの話が」

「……忙しいのよね、悪のラスボスも。忙しくて死にそうだわ」

「申し訳ありません、エンプレス・ドリーム様」


 そこですかさず、連児は懲りずに媚びつつしゃしゃり出る。


「な、なあ、冥夜! だったらこう……気晴らしに俺と、で、でっ、でで、出かけないか?」

「どうして?」

「えっと……いやあ、今、あれだろ? どうして気晴らしになるのか、とか、どうして俺と一緒なのかとか」

「いえ、どうしてそう死にたがるのかしらと思って。昴」

「はい」

「ちょ、ちょっと待て! もう残りライフが3しかねぇ!」

「延々カメでも踏んでれば増えるんじゃないかしら」

「俺は髭男ひげおとこ配管工はいかんこうじゃねえ!」


 こうして今日も、悪の組織が闇の胎動で世界を揺るがす。雑用係の連児に、道化のような真璃瑠と警護役の昴。そして、世界の敵こと冥夜の四人……この少年少女たちが、アトラクシアの頂点に君臨するエンプレス・ドリームとその下僕たちなのだった。

 そして、成就確率0%の恋が今……恐るべき野望と共に始まろうとしているのだった。

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