第2話 これはペットですか? いいえ、翼の生えた人間です

「ありがとう約束ね。よかったわ。不良でもいい人はいるのね」


 それに、生憎俺は秘密を気軽に話しちゃうような人間には育てられていない。

 てゆーか、今この人――。


「ご、ごめん、ひとつ聞いていい、かな」


 赤月さんは俺からの発言に驚きを見せながら、小さく「どうぞ」と質問を促した。そして俺は緊張しながら声を出した。


「俺は、ふふっふふ不りょうに見え――?」


「……は? もっとハッキリ喋って」


「お、おれは不良に見える……かな」


 世界から音が消えた。そう感じるほどの見事な沈黙が続く。だが俺が五回ほど瞬きをすると、赤月さんは首をかしげてこう言った。


「なにを言ってるの? 不良でしょ? 授業サボってるし、変なふうに髪の毛刈り上げて、オールバックだし眉毛薄いし無愛想だし……」


「あ、あ所じぇmうございます!」


「ひぃっ」


 俺はその答えにひどく感動し、頭を下げればいいだけなのになぜか額を地面に擦りつけながらの美しい土下座をかましていた。


「しかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれなら俺はなぜモテないしかしそれ――」


「な、なんなのよ一体っ。怖い! 気持ち悪いんだけどおおお!」


 叫びながら一気に赤月さんは俺との距離を空け、目に涙を浮かべて身体を震わせていた。


 嬉しいのは当然だ。

 だって俺の好きな子はいつもそうだった。不良と付き合ってたんだ。

 だから俺は中学までの自分を捨て、高校では不良として〝生まれ変わること〟を決意した。地元を離れて俺のことを知ってる人がいないここまで来て。そうすれば絶対にモテると信じて……。でもなぜかそんな気配が全く……ないんだよ。


「この髪はつ、ツーブロックって言って、都会では流行っているるるんだけども!」

「は、はあ。そうなの? 知らなかったわ……」


「この町ではリーゼントとかパンチパーマとか、そっちのほうが格好良く、見えるのかな」


「いつの時代のヤンキーよ……」


 そうかわかった。田舎と少し都会の地元では価値観的なものが違うのであれば、モテないのは当然だ。だから今話しかけることに成功した赤月さんとの会話を十二分に活用して、今後に繋げていかなければ。


「……髪型は、その人によって似合う似合わないがあるものよ。とりあえず君のそのツーブロック? ってやつは似合ってないわ。それだけはハッキリ言ってあげる」


「おお……!」


「ちなみにわたしは短くて爽やかな感じの髪型が……ってなに言わせてんのよ!」


「おお!」


 メモだメモ! 一字一句聞き逃すなよ俺。


 赤月さんの述べたモテる極意を、必死にポケットティッシュの中に入っていた広告の裏に書き綴った。


「君、馬鹿な人なの?」


 赤月さんがジト目で俺のことを見ているが気にしない。もっと情報を聞き出さなければ。


「そそそ、それで――」


「んじゃ、妾はこれで帰るからの」


 今まで黙っていた銀髪少女は小さく手を振り、翼を広げて助走し始めた。


「まてい!」


「ぐえー」


 飛び立とうとしていた銀髪少女にドロップキックをかます赤月さん。かなり効いたのか、倒れ込んだ銀髪少女は翼を痙攣させながら地面を這っている。


「ちょっと君こっち来て手伝ってくれない?」


 どこに隠していたのか、赤月さんはガムテープを取り出すと銀髪少女の脚に巻きつけ始めた。


「押さえといて」


「え、どうするの?」


「ここで飼うのよ。向こうに倉庫があるから、そこでね」


 ペット感覚!


「嫌じゃ嫌じゃ! 妾には大事な目的があるんじゃあああ。ああああっ! 貴様の犬になぞなりとうないんじゃあ」


「こら逃げるな」


 イモムシのような動きで必死に逃げようとする銀髪少女。


「ほら押さえてよ、逃げられちゃう」


「え、でも」


 この俺に女の子の身体を触れと申すか。しかし困った。身体のラインが強調されたドレスだ。どこを押さえればいいんだろう。

 よくよく見るとこの銀髪少女、顔がいいだけではなく素晴らしいスタイルをお持ちで、脚もほとんどが露出されている。どこに触れてもいろいろな感触を楽しめそうだ。


「どこ見てるんじゃ貴様」


「はひっ! すみません」


 下心が見透かされたと思って、俺は肩を抑えようとした手を引っ込めた。すると銀髪少女はニヤリと笑い、脚を押さえていた赤月さんの顎を蹴り上げる。


「ごふぁッ!」


「へいへい阿呆ー。油断しおったな阿呆めー」


「この……!」


「捕まえられるものなら捕まえてみるがよい」


 足首にだけガムテープが巻きつけられたまま飛ぶ銀髪少女は、赤月さんを煽りながら屋上を大きく旋回する。

 蹴られた顎を不気味な笑顔でさすりながら、赤月さんは銀髪少女を睨みつけた。


「我が猛き風の刃に燃やされたいのか有翼種族よ」


 今なんつった? なんか痛々しい言葉が聞こえたけど、相当怒ってるよなこれ。


「お、落ち着くのじゃ目が死んでおるぞ――っておああああっ」


 赤月さんは屋上の壁を利用し、軽々と数メートル上空に跳躍。そのまま逃げ遅れた銀髪少女の足首に掴まることに成功する。

 ゆらゆらと上空で揺れる赤月さん。銀髪少女は喚きながら必死に赤月さんを振りほどこうとしている。


「ええい、離せ離せ!」


「君、わたしごと引っ張って!」


「あ! はい! ってぱぱ、ぱんつ――ごファぁ!」


 日光に邪魔されながらも、俺は目の前に映ったパンツという布(白)を赤月さんが丸見えにしていることを紳士的に教えてあげたのだが、その瞬間顔面に衝撃が襲った。


 吹き出す鼻血は、女子に向かってパンツという発言をした罪なのだと瞬時に悟った。

 同時に、赤月さんが小さく叫んだ。


 俺を蹴った反動で、銀髪少女の足から赤月さんの手が離れたのだ。

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