エピローグ
桜も散り、以前よりも薄着で過ごせるようになってきた四月の終わり。
花見なんていうイベントも一部では行われたみたいだけど、残念ながら根暗なコミュ障野郎には声が掛からなかった。まあそうだろう、全校生徒で俺を知っているのは二〇人程度だったんだから。てか誘われたところで断っているんだけど。
人と関わりを持たないってのは怖いね。存在を忘れられちゃうんだから。
「おはよう。あれ、髪切ったの?」
「う、うん」
「いいじゃない。そのほうが爽やかだし、似合うよ君には。やっぱり男の子は短い髪が合ってる」
「あ、ありがとう。赤月さん」
そんな俺なんかに校門前で声を掛けてくれたのは、誰にでも明るい人気者、赤月さんだ。
以前の赤月さんのアドバイス通り、少し長かったツーブロックの髪をバッサリと切った。爽やかになったかどうかは知らないけど、自分では結構気に入っている。ちなみに切ってくれたのは二号さんだ。
「おはよ緋音。あれ、君は……」
「お、おはよう」
「へー、かなり印象違う。こっちのがいいじゃん」
髪型というのは人の印象をこんなにも変えるものなんだろうか。一度も話したことのないクラスメイトが話しかけてきた。
「あ、そういや緋音、あんた今日の朝生徒会の仕事あるって言ってなかった?」
「わ、そうだ! まずい大統領に怒られる……。一号くん、じゃあまた教室で!」
そう言って赤月さんたちは足早に去っていった。生徒会の仕事、忙しそうだな。
あのストッキング相撲のあと一体なにが起こったのか。
簡潔に言えば、無効である。まあ当然だ。
大統領が継続して生徒会長に。そして赤月さんは次期生徒会長に早々と任命され、その準備段階として庶務という形で生徒会に入ることになった。庶務のほぼ雑用的な仕事内容を聞いて本人は愕然としていたが、俺はそれによって彼女の怠け精神が治されることを願っている。
せっかく来たテレビもお倉入り。局の方から校長に、「モザイクかけてもいいから放送させてください」とせがまれたそうだけど、あの結末じゃそれも難しいよそりゃ。せっかくいい画が撮れたはずなのにね。
それで気になるであろう、ストッキング事件の容疑者として連行された、国籍不明のクリア・ランスセール姫の話だが、案の定手続き上の問題で、開放されるのに時間がかかるということだった。
パスポートを持たない純外国人風少女。住所不定であり、わかるのは名前と年齢、イ・オンモール王国という訳のわからない名の出身国。もちろん異世界にいる親との連絡が取れるわけもなく、おっさんも困惑していると赤月さんから聞いた。
罪については、姫さまの証言をもとに調べ直しているようだけど、調べたところで証拠はおっさんとかに隠蔽されたわけで出てくるはずもなかった。出てきたとしたらそれは姫さま関連というより、犯行に使われたストッキングの入手経路とかだろうから、俺とか赤月さんがとてもマズイことになる。
てなわけで事件は迷宮入りだ。こうやって警察の力で事件がもみ消されていくのかと思うと恐ろしい。
今日で姫さまが警察に行って一週間経つわけだが、俺の部屋がどうにも寂しい。狭いはずの六畳間が広く感じるんだ。二号さんは姫さまの帰りを待つためにまだ俺の部屋に住んでいるけど、昼間はいつもどこかに行っている。
別に姫さまに早く戻ってきてくれと思っているわけじゃない。久々に開放されてすごく清々しい気分だ。うん。
「――んじゃもう時間だな。次は三五ページからだから予習しとけよー」
四限が終わるチャイムが鳴る。もう昼休みか。
購買でパンを買い、いつものように階段を上る。目指すは屋上だ。
相変わらず背の低いフェンスに背中を預け、缶コーヒーを一口。
あれからここに来る度に、いろいろあったなと思い返すのがマイブームだ。あの時もし俺が授業をサボっていなかったら。もし赤月さんが落ちたときに俺が手を伸ばさなかったら、一体どうなっていたんだろう。そんな妄想が楽しかったりする。相変わらず俺はここで授業をサボっていただろうし、姫さまが俺に興味を持って家に来ることなんてなかっただろう。
「……」
缶の成分表示を無意味に見て、春風に当たって青春を感じる。これも楽しい。
だが虚しい。
静寂に包まれたこの空間が、当たり前だった。
一人でいることが、当たり前だったのに。
わざわざ家を離れて遠い町にやってきた夢見る少年だった俺は、やはりここでも一人ぼっちで、彼女はおろか友人の一人もできやしないダメなやつで。
でも俺に変わるきっかけを与えてくれた人がいた。
その人も俺と同じだった。いや、俺よりも難しい立場にいた。それでも行動力で俺を導いてくれた。あの人は別に俺を導いたつもりはないんだろうが、感謝してる。
ありがとう。と、そのうち伝えたい。そう思ってる。
そして今度は俺の番だ。俺の暗黒に包まれた過去を洗いざらい話すのだ。
中学の時は友達が一人しかいなくて、そいつがいないとなにもできなかったこととか。その唯一の友達と卒業式以来音信不通だということとか。高校入ってモテるために不良になろうとしたのに、結局ぼっちだったこととか。
「うう……」
涙が出るねこんちくしょう。
でも。
なにか、変われた気がするから。
なにか、始まった気がするから、それでいい。
でも前科持ちの主人に今後も仕えていくのはどうなんだろう……正直すごく嫌かもしれん。でも従僕契約を交わしてしまったからには、付いていくしかあるまい。前途多難だ、俺。
「寝よ」
昼休みの終わりまでの残り二〇分。スマホでタイマーをセットして俺は仰向けになった。
目をつむっていると、ふわりと俺の口になにかが乗った。そして口の中に少し入る。
掴むとそれは艶のある黒い羽。
「ぐえっ。カラスの羽!?」
けっこうカラスってバイ菌持ってるよね。ヤバくね俺。
「ペッ、ペッ」
寝てる場合じゃねえ。口をゆすぎに……。
「待て貴様」
「え」
ドアノブへ手をかけた瞬間、背後から声がした。
それは高くも低くもない中性的な心地よい声。
カツカツカツという、こちらに向かうローファーの音。
俺は振り返る。そこに誰がいるのか、わかっている。
「悪かったのう。妾の羽が汚なくて」
バチコーン、と左頬に衝撃が走る。プルシェ○コもびっくりの五回転半ジャンプを披露し転倒したあと、俺はピントがまだ合わない目で暴力を振るった相手を見た。
腕を組み、いつものように偉そうな態度で立つこの人は、若干微笑み、俺を抱きしめた。
「ひ、姫……さま?」
「帰ったぞ。一号」
「おお、お勤め、ご苦労様です」
「うむ」
そのまま両腕へし折られるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。
羽の件、もう怒ってませんか?
俺、あなたの羽なら全部ペロペロできます。
「もう、いいんですか?」
「ああ、二号が身分証明書を手に入れてきてくれたのじゃ。これで妾は立派なジャパニーズじゃ」
「そう、ですか」
え、日本人になるんですかこの人。てゆーか二号さんすげえ、今度はいくら積んだの?
「そうだ……」
「どうした、暗い顔をして」
「ひ、姫さまは、残念なことに、会長にはなれません」
「ああ、聞いた。しかし妾がそれで諦める女に見えるかの」
「い、いえ」
「そうであろう」
姫さまは俺から離れると、両腕を腰にやって、自信満々の笑顔を見せた。
「面白いな、この世界は。この地だけでこんなにも楽しいことがある」
「俺も、そう思います」
人生なにがあるかわからないと言うものだけど、俺の人生、割と早い段階で面白いことになってきたようだ。
「髪の毛、よいではないか」
「そう、ですか?」
「ああ、貴様の情けない顔がよく見える」
姫さまの潤った二つの手が、俺の頬を包む。
角度によって色が変わる二つの瞳が、俺を捕縛する。
「一号よ」
「はい」
「貴様露出狂の下僕一号という名を心底嫌っておったの」
「え、や、はい」
「妾に忠実に仕えた褒美じゃ。少し、変えてやろう」
これほどまで、春の風が心地よいものだと感じたのは人生初だろう。
極限まで高まった鼓動を鎮めるのと同時に、今にも爆発しそうに赤くなった顔を冷やしてくれる。
それでも完全に冷えないこの不思議な感覚。
ああそうか、俺はきっとこの瞬間、この人に恋をしたんだ。
「妾の友、一号。というのはどうじゃ?」
おしまい!
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